第6話…コントラスト
違う、そうじゃなくて。
消えてしまわないように。
ただただ、必死だっただけ。
6……コントラスト
「んで?やめんの?……あの先輩」
『もうちょっと頑張る。』
「何でだよ、今の俺の男の意見聞いてた?(笑)」
『甘いもの食べたら元気出てきた。頑張れそう、好きな気持ちが消えるまで。』
「……ったく!まぁな…でも、そんだけ人を好きになれることも、人生そうそう無いからな。やめろって誰かに言われても、自分の心は自分が1番分かるしな。」
何でだよ、って。
咄嗟に口をついて出てきた自分の言葉に。
俺はアイツを忘れて欲しかったんだ、って。
そう思ってしまって。
かと言って、この感情を伝えることが、
今、このタイミングではないとも思って。
俺ですら、この気持ちが「恋」なのかも曖昧だし。
結局、彼女の背中を押してしまっていた。
女の子ってデザートは別腹!って聞いていたけど。
元気になったり、勇気が湧いちゃったり。
そんな類のもんでもあったことを、
この時、初めて知った。
彼女は感情的になったりしないし。
女の子特有のキャーキャーみたいな。
可愛いー!ってよく分からないテンションになることも殆どない。
でも、女の子らしくない訳じゃなくて。
好きな人の前では、ちゃんと。
その人にしか見せない表情を持っているし。
キャーキャー!っていうより、
ふわふわって平仮名で形容した方がピッタリで。
そんなことを考えていたから。
だから。
『……まだベタベタする?ごめん。』
そう彼女にティッシュを差し出されたとき。
意味がよく分からなくて。
不思議そうに彼女を見ると。
『手、ずっとこうやってるから。』
親指と人差し指、中指を塩を摘むみたいに擦り合わせて。
その仕草を見ても、まだ。
何のことか分からなくて。
『さっき取ってくれたチョコ、まだ残ってる?』
「あぁ、そういうこと。全然?お手拭きで取ったし。キレイだよ?うん。」
自分の手をヒラヒラさせると、
『そっか、よかった。』
納得したように、彼女はカフェラテを飲んだ。
そんなんじゃなくて。
彼女の言ってたこととは全く別の意味で。
無意識だった。
でも、無意識の行動だからこそ、余計に。
俺の気持ちをどんどん自覚してしまって。
まいったなー、ホント。
そんなんじゃないんだよ。
彼女の唇の端に触れたときの、
感触、だとか、
温度、だとか。
消えてしまわないように。
いつでも思い出せるように。
その感覚が残るように。
3本の指先を擦り合わせてただけで。
その自分の必死さに苦笑した。
ホントに人のことをよく見ていて。
それでその人が困ってんじゃないか、とか。
それを想像出来てしまう力もあって。
だから、泣いてしまうんだろうけど。
そんな彼女だから、きっと。
俺は気になってしまうのかな。
『あ、ねぇねぇ、知ってた?これ。』
「結構、蕾ついてんだね。知らなかった。」
『でしょ?この前、気づいたの。春はもうすぐだね。2年生になっちゃうよ。』
彼女は立ち上がって、そこに立つ桜の木を指差して。
その先には、暖かくなってくるのを待つ桜の蕾があった。
皆、咲いてる瞬間には夢中になるけど。
蕾のときはイヤというほど無関心で。
そんなとこに関心がある彼女に、
たまらなくなった。
感情が大きくなるにつれて、
彼女の仕草とか、言葉とか。
そんなんに無関心ではいられなくて。
だから、思わず。
……………カシャッ!
桜の蕾に手を伸ばす彼女の横顔を、
撮ってしまって。
『え、なに?』
「コントラストがいいから。ほら。」
彼女の指先のツメには、
淡いピンクのマニキュアが乗っていて。
それと届きそうな蕾が、すごく似合っていて。
ケータイを見せると。
『私じゃないみたい(笑)』
なんて、俺のごまかしに付き合ってくれるから。
ほんの少しだけ、
力を出せそうだった。
「送ろうか?LINE教えて。」
『ホント?ありがと。』
「ツメ、桜色?それ。」
彼女がケータイでLINEを開く間。
間を持たせるための無意味な言葉たちにも。
『お、気づいた?男の人、なかなか気づかないのに。もうすぐ春だしねー?気分上げたくて。』
指を折り曲げて、ツメを見せてくれて。
華奢な指先に触れてみたいけれど。
『はい、QRコード。』
こんな単純な作業にも、力を使う俺には、
彼女の手に触れるのはハードルが高くて。
写真を添付して、送信しながら、また。
自分の指先を擦り合わせた。
指先に残る彼女の温度を、
忘れてしまわないように。
消えてしまわないように。
***
『今日はごちそうさまでした。』
「いや、あんなんで良かったか分かんないけど。」
二人して石段を下りる頃には、
すっかり辺りは暗くなっていて。
『でも、……うん。正人くん居てくれて良かった。』
一瞬、あの瞬間の痛みを思い出したのか、
彼女は伏し目がちに俯いて。
その後、何事も無かったかの様に笑った。
「いいよ、無理しなくて。……そんな下手くそな顔して笑わなくても。」
『………。』
「あそこでなら、泣けるでしょ?ちゃんと。……それに今更、俺に気ぃ使うことないし。」
『無理はしてないよ。』
「じゃあ……バカヤロー!!!って、LINEとか?俺にしてくれてもいいし。」
『えぇー?(笑)』
「まぁ、そもそもそんなにケータイ見ないんだけどね。」
『知ってる。』
何でもない会話が重なっていくことに、
意味を見つけてしまえたら。
その先を期待出来るけど。
『じゃあ……また。』
その華奢で柔らかそうな手に、
触れることさえ出来ない俺は、
距離感を近づけるその術を、
知らなすぎるから。
「じゃ……また。気をつけてね。」
彼女の背中を見送って、チャリンコに跨った。
すっかり暗くなった道のりに、
多少の身体の重さを感じながら。
***
「やべぇ……。」
自分の部屋に戻った途端、
一気に心拍数が復活して。
ニヤケそうになる口許を両手で隠して。
ケータイのロック画面を光らせた。
ケータイを操作して、LINEを開く。
そこには、ちゃんと彼女の名前があって。
思わず、指で撫でた。
ひとつ小さく息を吐いて。
繋がりが切れないように、
部屋のベッドに頭を預けて、言葉を考える。
(無事に帰れた?
これしか浮かばなかったから。
やっぱり送って行けば良かった、とか。
今なら分かるのに、あの瞬間の自分を反省して。
暫く、既読にならない画面をぼんやり見つめた。
♫♫♫〜〜
ギターを取り出して、
頭の中を空っぽにするように、
紙にコードを書き入れていく。
オリジナル曲、とはいったものの、
ド素人が作る曲なんて響く訳なくて。
ただ、今はそんな曲でも、
返事を待ってねぇぞー、って。
そんな感じは出せるから役立ちそうで。
(無事に帰れたよ、ありがとう😊
数分で来た返事には、
女の子らしい絵文字とスタンプが重なって。
「んーーーーっ!!」
力を抜くように伸びをして、
ふわふわしてしまいそうになる自分を
押し殺すように、
声にならない声を抑えて、ギターをギュッと抱えた。
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