第5話…理由



その場所に来る理由は、


人それぞれ。


大事な場所かどうかも、


人それぞれ。




5……理由




最近組んだバンドは、


休みの日しか動けないから。


月から金は学校とバイトで、


土日はバンド練習。


俺の日常はそんな風に過ぎていたから。


「モテてるのが羨ましい」とか言われても。


実際に直接告られたのが2回だけしかない俺には、


モテることの意味がよく分からない。


俺に付随する「モテる」は、


俺の周りのごく狭い世界での話であって。


本当に「モテる」人ってのは、


告白とかバンバンされちゃって。


彼女とか途切れたことありません!みたいな。


そういう人のことを言うんだと思う。


バンド練習を終えて、ギター背中に背負って。


チャリンコかっ飛ばして坂を下りる。


目指すは坂の下のCDショップ。


ドハマリしてるバンドの新譜が出たから。


ペダルを漕いでた足が、


朝に比べて少しくらい重くたって気にならなかった。


俺の憧れのフロントマンは、


どんな音を鳴らしてくれるんだろう、って。


ワクワクしていた。


CDショップの駐車場の脇のスペースに自転車を停めて。


鍵をガチャっとかけた。


リュックを前に背負って、背中のギターと身体をサンドウィッチして。


鍵をズボンのポケットに入れて。



「………。」



ふと視線を上げた店の入り口。


ちょうど、まりなちゃんと男が一緒に店内に入る瞬間だった。


それは、常に彼女の視線の先にいたあの人で。


俺がこの前呟いてた「最終的にモテるのはー」云々のあの人。


足早に二人の後を追って店内に入った。


辺りをキョロキョロして、さっきの記憶と同じカップルを探す。


…………居たっ。


二人で仲良くCD選んで。


時々、彼の方に視線を向ける彼女の、


初めて見るその表情に。


小さく息を飲んだ。


仲良く選んだCDを持って、二人はレジに向かって。


俺は思わず、興味もない演歌のCDを物色するフリをして背を向けた。


『今日、これ一緒に聞こうよ。』


[悪りぃ!今日、これから予定あるんだよね。]


耳に届いてしまった、二人の会話。


土曜日の夕方以降の用事、ってなんだよ……っ!


心の中で小さく突っ込む。


「あ………。」


俺は慌てて店を出る。


目的だったはずの大好きなバンドより、


好奇心揺さぶられたのは。


彼女がその人にどんな声で話すのか。


彼女がその人にどんな表情見せるのか。


って、ことで。


店を出て、チャリンコの鍵を解錠するのに手間取ってるうちに。


二人はちょうどちょっと先の角を曲がるとこ。


二人の背中が角に消えそうなタイミングで。


「消えんな………っ!」


足をこれでもか!ってくらい漕ぐと。


チャリンコはそれに合わせてスピードを上げる。



『じゃあ…ここで。』


「ん、またな?学校で。」


彼女の頭に何の躊躇いもなく乗せられたそいつの手が、


親密さを表すには充分すぎて。


咄嗟に視線を近くの信号機に逃した。


俺はトコトン弱虫でしかない。


二人はバイバイをして別々の道へ歩いていった。


バイバイの前の、何の迷いもない男の仕草は、


2才しか年が違わないのに、ものすごく大人に感じて。


先輩風吹かすそいつに向けられた、


彼女の視線、だとか。


それに乗っかる彼女の想い、だとか。


何だかものすごく不快感に近い。


それと同時に。


俺はなにストーカーしちゃってんだろう、って。


そんな自分に心底驚いて。


ストーカーって何が楽しいのか分からない。


結局、今みたいに見たくないもんに、


遭遇する可能性のが高いはずなのに。


好奇心って感情は、時にものすごく都合がいい。


そんなことを思いながら。


俺はさっきのCDショップに戻ろうと、


チャリンコで引き返した。



「は?え……?嘘だろ……?!」



思わず、心の声が出てしまったのは。


思わず、折角買った大好きなバンドの新譜を落としそうになったのは。


目の前の光景が、さっきまでの記憶に上手く繋がらなさ過ぎて。


これを見たのが俺で良かった、と。


余計なことを考えてしまった。


こんなとこにドッペルゲンガーがいるとすれば、


俺は宇宙人と交信出来てしまうだろうし。


なんて、そんなこと思ってる場合ではなくて。


道路脇に停まった車に乗り込んだのは。


さっきまで、彼女の視線を独り占めしてたヤツで。


先輩風吹かして、親密そうに彼女の頭に手を置いていたそいつで。


周りを警戒するくらいなら、


そんなことしなきゃいいだろ、って。


頭ん中がグルグルして、何だか気持ちが悪い。


それと同時に。


さっきの彼女と二人でいたあの空気に対する、


何とも言えない不快感の理由が、


彼女に愛されてるそいつに対してだったこと。


俺は気づいてしまったから、余計にたちが悪い。


彼女に愛される人が羨ましい。


嫉みだ、これは。


彼女がこの光景を見てしまったら、


どうなっていただろう。


俺は彼女が心配になった。


俺はチャリンコに跨がると、彼女が歩いていった



この道とは真逆の方向に自転車を走らせた。



***



「まりなちゃん……!」


『………っ!正人くん。』



神社の境内に向かう石段の前。


小さな背中を見つけた瞬間。


びっくりするほど、大きな声が出た。


自転車を停めて、慌てて駆け寄ったのは。


まりなちゃんにどうか笑っていて欲しかったから。


でも。


『……ご、ごめん…っ』


震える声と同時に、


目から零れ落ちそうになる涙が光って見えてしまって。


「………。あ……あの……えっとさ…」



また言葉を用意してなかった。


言葉に詰まるくらいなら、何で声なんてかけたんだろう。


『……ごめんなさい…っ』


涙が溢れる瞬間を見せたくないから。


彼女はきつく手の甲で目を擦って。


石段を駆け上がっていった。


その背中を見つめて。


行くべきか、やめるべきか。


俺はあの先輩みたいにズバッとは決められなくて。


ふと何かを考えるようにチャリンコをかっ飛ばした。



***



「はい、どっちがいい?」


『え……?』


「エクレアとミニイチゴパフェ。どっちがいい?」


女の子が好きなもんなんて。


全く分からないから。


コンビニに行ったものの、迷いに迷って。


結局、前に居た二人組の女の子と同じものを買って。


それは、彼女の涙が乾くには、


きっと充分な時間だったはずで。


案の定。


『じゃあ……エクレアで。』


そう言いながら、彼女は小さくはにかんだ。


「あと、カフェラテ。」


ベンチの横にカツッ!とカフェラテを置いて。


彼女の横にドカッと座った。


カフェラテにストローぶっ刺して。


一口だけ口に含んだ。


次に言うべき言葉を探しながら。


ふと隣の彼女を見ると。


「あのなー……子どもかよっ(笑)」


口の端にほんの少しだけチョコレート付けて。


エクレアと格闘してるから。


俺は思わず、口の端っこのチョコレートを、


自分の親指で拭った。


『…………っ!///だってさー、見てよ、これ。カスタード多いんだもん。』


「だったらこっちのイチゴパフェにすりゃ良かったじゃんか。」


『え?くれるの?』


「あーげーなーいー。ちゃんと選ばせてやっただろ?」


『イチゴ1個だけくれてもいいじゃん。』


俺からイチゴパフェを奪おうとするから。


「仕方ねぇなー。このちっさいやつな?」


『ありがと。』


嬉しそうに笑って、ひと粒イチゴを頬張った。


でも、アイツに向けてた表情とは、


やっぱりちょっと違ってて。


「うわっ…あっま……っ!無理…これやる。」


もうヒトツ、イチゴあげたら。


違う表情くれんの?って。


ことのほか、甘かったイチゴパフェを彼女にあげた。


暫くの間。


彼女はエクレアとミニイチゴパフェを食べるのに忙しくて。


俺はぼんやりカフェラテを飲みながら、高台から夕陽が落ちるのを見ていた。



『……なんか。』


不意に彼女が話し始めた。


ん?って聞き返すと、彼女は丁寧にコンビニ袋にゴミを入れて。


『……男運ってさ。どうやったら上がんのかな?』


「それ、俺に聞く?」


『ダメって分かってるのに嫌いにはなれなくて。』


「………。」


『視野広いのも考えもんで。見えちゃうんだよねー、見なくていいもんまで。』


「……見えちゃった?さっき。」


なに言ってんだ、俺。


俺がさっき見てしまった光景と、


同じもんを彼女が見てしまっていたと。


さっきの涙や、今の言葉で分かってしまって。


また心臓がいてぇ。


『2番でもいいとか思っちゃうし。引き留めて困らせてやることも出来なくて。結局さ、先に惚れた弱みだよね。』


2番でもいい、って。


そこまで彼女の想いを貰えるあの人は、


きっと俺よりもっとずっと器用だろうし。


「例えばさ。本命がいるのに、浮気出来ちゃうのは、きちんと気持ち半分こなのかな?本命に逢えない寂しさを埋めるための浮気ならさ。その時間…本命への気持ちはゼロなのかな?」


『うー……ん、正人くんってさ。』


「ん?」


『真面目にあれこれ考えまくってて、無口そうに見えてるけど、話してみると無口ではないよね(笑)』


「なんだよ……人が折角……(笑)!要するに気持ち半分に出来ちゃうのは、器用だけど…どっちにも本気じゃないよね、ってこと。」


『あぁ…そういうことか……。』


「俺はある意味羨ましいけど。」


『器用な人が?』


「男はさ、色気とかおっぱいとか…そんなんに弱い訳よ。どんなに理性で抑えても、女の子から良い匂いしたら一切合切関係ないってのも、男としてはよく分かるし。」


『浮気容認してる?それ。』


「でもさ、好きな人の涙ほど焦るもん無いというか。俺は浮気に使った時間で、好きな人が泣くような、そんな時間の使い方はしたくねぇなーって。」


ちょっとロジックぶちかました、って。


隣からの彼女の痛い視線を感じて。


ふと我に返って。


今までの流れ、完全に彼女無視してたこと。


急に焦ってしまって。


チラッと彼女を見ると、薄く目に涙の膜が張りそうで。


「お、俺はそんな器用じゃないからさ。」


取り繕うように言葉を探してると。


『正人くんは器用じゃなくていいよ。不器用な方がいい。』


「え?」


『そうやって頭の中とか心の中で、いっぱい考えてるの、不器用だからこそで。だから…優しいんだろうなって。』


優しい、って。


俺を買い被らないで欲しい。


優しい、の根拠が、


俺の中にはきちんと存在してるし。


さっき言ったばかりなのに。


器用は憧れるけど、器用にはなり切れない。


俺は誰にでも優しく出来るほど。


器用じゃないし、優しくもないよ。


だって、今この瞬間だって。


彼女がアイツに見せた表情以上のもんがなくて。


心のどっかでムシャクシャしてるから。


『あ、そうだ。』


彼女は何かを思い出したかの様に、


肩からかけていたカバンを漁って。


『これ、あげる。』


小さな四角の紙切れに、丁寧に書かれた文字。


戸惑うように受け取ると、


一気に心拍数が上がるのが分かった。


顔赤くなってねぇかな、俺。


『約束してたから。あたしを見つけられたらファンレター書くって。』


開くとキレイに1列に並んだ文字。



ーーー今度正人くんのバンドの曲聞かせてください。ーーー



「ファンレター初めて貰った。」


『バンド、頑張ってるみたいだから。』


「山に埋もれなかったな。」


『埋もれない様に直接渡す作戦です。』



初めて彼女をこの場所で見た時。


夕陽のせいにしていたけど。


彼女の表情がよく分からなかったのは。


この場所は彼女の涙が溜まっていく場所で。


それを彼女が見せたくなかったから。


だから、表情が何だか見えにくかったんだ。


彼女がここに来る理由が。


何だか急に腑に落ちた。




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