第3話…会話




前髪を上げるのは苦手。


表情がよく見えてしまうと。


全てを見透かされてる気がするから。


でも、不思議と。


君なら、許せた。




3……会話




『正人くん。…ですよね?1年A組の。』


「え?…あぁ、まぁ…。」


『ち、違うんです!あ、あの……手紙がバサーってなってて……。』



違うんです、と言ったのは、


俺が苦い顔をした一瞬を、見逃さなかったからで。


俺の名前を知ってる=ファン。


と、捉えられることへの抵抗だったのかな、って。


バサー!って言いながら、彼女の両手がヒラヒラ手紙が落ちていく仕草を見つめていた。



「…………。」



だから、次の言葉が出てこなくて。



『……すごく戸惑ってる顔してたから。困ってる訳じゃないんだけど、どうしてあげればいいの?って顔してるの見ちゃって。』



取り繕うように、発した彼女の言葉が。


『戸惑う』だったことに、びっくりして。


「どうしてあげればいいの?って。……確かに思ってた。」


『アイドルの追っかけされてるみたいな?』


「ファン心理。」


『アイドルは皆に夢を見させてあげるけど、俺にそれ求めないでくれー。アイドルじゃないから、夢なんて見させてやれねぇぞー!』


「……!!」


大好きなバンドの爆音で、抱えていた感情を誤魔化してきたけど。


その感情に名前をつけてもらったような、


的確な表現すぎて。


思わず、俺は彼女をじっと見つめた。


『ご、ごめんなさい…面白がってる訳じゃなくて。なんか……。』


「なんか?」


『きっと…あれこれ考えちゃって、無責任なこと出来なくて、そんな自分が嫌なのかなぁ、って。手紙、バサーの瞬間、そんな顔してたから。』


「そんな……図星つかれるとさ。」


『しんどいですよね?ごめんなさい。』


「しんどいんだけど。」って言いかけた瞬間。


頭の上から降ってきたのは、全く同じ台詞で。


フワッと逸らされた彼女の視線が、


ユラユラと揺れるのを見て。


彼女へのちょっとした抵抗。


「あのさー、そっちだけ俺の名前知ってるの、ズルくない?名前、教えてよ。」


『すみません。……まりな。』


「まりな…ちゃん…。」


『はい。』


「何年何組ですか。」


先生になったかの様に質問すれば。


『それは言えません。』


生徒になったかのように言葉をくれて。


「?!なんでよ、ずりぃなー。」


『ファンって怖いの知ってますか?』


「知らない、知らない。」


『私、正人くんに学校で話しかけられたら、ザっ!って(笑)』


彼女の突き出した拳には、


明らかにナイフを握っていて。



「こわっ、女の子ってそんなんなの……?」


『そうですよー、だから、クラスは言いません(笑)私、まだ死にたくないので。』


「じゃあ、学校で絶対に見つけてやる。そしたら……。」


『そしたら?』


言おうとした言葉は、


もっと勢いがあれば伝えられるのかもしれなくて。



「スゲェでっかい声で名前呼んでやろー。まーりーなーちゃーーーーーん!って(笑)」


『?!……それはダメですって!絶対!ダメ!』



LINE教えてよ、って。


皆、簡単に聞いてるのをよく見かけてたけど。


こんなに力がいるもんなんだ、って。


俺が臆病だからダメなのか。


拒否される先を考えてしまう、自分の想像力を恨んだりして。


でも、LINEよりも、


やっぱり俺は手紙のがいい。


筆圧や行間や言葉の使い方で、


その人が分かる方が好き。


『じゃあ……私を見つけられたら、ファンレター書きます。正人くんへ、って。』


「………!!」


『正人くんって、結局、メールの無機質さより、手紙のが好きそうだから。』


「手紙だと山に埋もれるよ?ファンレターの山にバサーって。」


『でも、ちゃんと読んでくれそうだから。メールとかLINEに関心なさそうだもん。』


一瞬一瞬の表情の変化に、ひどく敏感で。


手に取るように相手の気持ちを汲み取るのが得意で。


小さく笑うとき、少しだけ伏し目がちになって。


憂い帯びたその笑顔が、


何だか心地よかった。


『日が沈むよ?ほら。ハッピーバレンタインー。』


「……うん。」


イベントのふわふわしちゃう感じは好き。


列を作っちゃう女の子の想いに、


応えてあげる方法を知らない俺は嫌い。


だけど。


初めてバレンタインが重くなかった。


過度の緊張感を纏うような、


そんな重さがない1日になった。


二人で夕陽が落ちていくのを見たあと。


誰もいない道を1人歩いて帰りながら。


そんなことを思った。



***



「うわっ………!!!」


ちゃんと気合いを入れて机の中を見たはずだったのに。


案の定、手紙が雪崩のように落ちてきた。


思わず、周りをキョロキョロする。



[正人〜!すげぇな、相変わらず(笑)昨日のバレンタインの恨み辛みの山が…(笑)]


「なんだよ……シゲかよ……。」


[悪かったなぁ、俺で。なに?誰か待ってんの?(笑)]


「いや…別に。」



手紙を拾い上げて、自分の席に座る。


別にまりなちゃんを見つけられるかも、って。


そう想った訳じゃない。


でも。


手紙の山がバサー!ってなったから。


バサー!って、柔らかそうな華奢な手が、


ヒラヒラ落ちていくのを思い出した訳じゃない。


でも。


彼女が俺を知ったきっかけになった同じ光景だったから。



♬♬♬〜〜



頭の中は常にぐちゃぐちゃ。


授業を聞きながら、片方の耳のイヤホンでロックを聞くのも。


俺にとっては何一つ変わらない日常で。


シャープペンシルを握りながら、


中指で刻んだドラムのリズムを、


忘れないように、と。


ノートの端くれに書いた。


最近、組んだバンド。


ほぼ、大好きなバンドのコピーばかりだったけども。


オリジナル曲、作ってみたくなった。


でも、それも。


決して彼女が与えてくれた心境の変化ではない。


そう想わないと、ダメな気がして。



***




あれから何日もほぼ同じ時間にあの高台の神社に行く。


期待してる訳じゃないけど。


あの日の空気感を欲してしまって。


なんだか、高台から思いっきり空気を吸い込みたいような。


そんな感覚に囚われてる。



♬♬ーーーー!!!!



『それ、Fコード?』



ジャカジャーーーーン!って、


感情のまま、かき鳴らしたテレキャスター。


その後ろから、彼女の声がした。


数日経ってるだけなのに、とても懐かしい。


「ちょっと違う。」


『当てずっぽうで言ってみた。知ったかぶりしようと思ったけど無理だった。』


言いながら、座った俺の隣。


その距離感を味方につけられるほど、


俺は器用ではなくて。


「Fは、こう。」


今度は柔らかくFコードを弾く。


『へぇ、難しいね。指つりそう…(笑)』


弦を押える俺の手をマネして、はにかんで。


視界の端っこに映る彼女の笑顔を、


直視なんて出来ないから。


手元のギターの弦を見つめた。


『あ、あれ!見て!虹!』


「え?どこ?」


『だからー、あそこの煙突の横から出てる!』


「分かりづらいって。」


視界の上に被るように残る俺の前髪が邪魔で。


思わず、前髪を手で上げて。


立ち上がって、少し前に出て視野を広げて見る。


煙突、…の横。


「あー、あれか。虹、曲がってんなー、あれ。」


『………!//』


背後からの視線を感じて、振り返ると、


取り繕うように、視線を逃すから。


「………!え、どうかした……?」


聞き返すと、彼女は言った。


『正人くん、前髪上げると印象変わるのに。』


「えぇ……?!余計なお世話だよ……っ!//」


前髪をワシャワシャして直して。


また横に座れば、小さく息を吐いて。


『でも、前髪重い方が安心するんだよね?きっと。』


そして、また見透かしたヒトコト。


「あのさー、まりなちゃん、どこいんの?どのクラス見ても居ないんだけど。」


『よく見てないんじゃない?前髪上げて見たら見えるかも。』


「あー、それは面白がってる発言ですねー。」


『でも、ファンがキャーキャーいうから止めた方がいいか、それは(笑)』


「なんだよ、それ。」


『クラスで探すより、もう少し視野を広く、かな?よく行く場所とか?』


「よく行く場所??えー?どこ??」


『虹が曲がる、とか。』


「え?」


『さっき正人くん、言ったでしょ?虹が曲がる、って。』


「虹が曲がる?」


『そういうとこだと思うんだよねー?』


「なにが?」


『言わない(笑)』


「なんなんだよー、俺ばっかり見透かされててイヤなんだけど。」


『私だって、Fコード分からなくて悔しいんだけど(笑)』


話てる時、はにかんで笑う瞬間。


少しだけ声のトーンが高くなる。


その音を知りたくて、その笑い声を聞きたくて。


帰ってから、部屋で1人、コードを耳に残る声に当ててたのは秘密。


そんなんしてるから。


唯一無二、なんてことになるのに。


そんなこと、あの日の俺は知らなかった。




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