エピローグ  今日はもうおしまい、それではごきげんよう



 空の端から、鮮やかな紺青色が滲みだしていた。ヘルクレイアの塔の外壁に絡みついていた花々に火が灯る。


 赤や青や黄色にと、昼間とはまた違った趣で塔を飾っていた。


 もうすぐ夜がやってくる。



 「いやー、今日もいい話ばかりだったな。世界は本当に面白い。はるばる来た甲斐があったというものだ!」


 「だから、お前は最初から招いていないと言っている。我が物顔をするな」


 「いいじゃないか、ケチな男は嫌われるぜ?」



 パチッとウインクをすれば、小さなハートが弾けてクロースターへ飛んでいった。が、あえなくたたき落とされてしまった。



 「……君、絶対モテないだろ」


 「お前からもらっても気持ち悪いだけだ」


 「ふむ、たしかにな」



 ヴェルメイユはあっさりと手のひらを返して頷いた。



 「あら? じゃあ、わたしからだったら受け取ってくれるのかしら」



 パチンッとヴェネトの長い睫毛がはねて、流れ星の残滓のような光が舞った。



 「ヴェネト……。こいつの粋狂にいちいち付き合わないでくれ」



 クロースターは頭痛をこらえるように額に手をあて、ヴェルメイユはずいぶんな言われようにも関わらず、何が楽しいのか腹を抱えて笑っていた。



 「うふふ。そういうところがあなたの可愛いところよね」


 「……」



 口では勝てぬと悟ったクロースターは、無言で指を鳴らした。すると塔の中から、彼らの腰にも満たない高さの何かが出てきた。


 二足歩行する樹という表現が正しい生き物で、人でいうところの髪にあたる茂った葉の上に、丁寧にラッピングされた箱を乗せていた。



 「まあ、かわいい使い魔たち」


 「ところがどっこい、見た目に騙されるなよ、ヴェネト。前に抱き上げて口に指を入れてみたら、食いちぎられそうになったんだ」


 「自衛本能が正しく働いた結果だ」



 クロースターは使い魔から箱を受け取ると、それぞれヴェネトとヴェルメイユに差し出した。



 「……コホン。今日は私の茶会に来てくれて礼を言う。ささやかだが土産を用意したので、よければ受け取ってほしい」



 くるりと器用に椅子から立ち上がったヴェルメイユが両手を広げた。



 「ああ、もちろんだ、親愛なる我が友クロースター。君と君の娘たちに、佳き夢と驚きと愛があるように」



 箱を受け取る手とは反対の手を開くと、溢れんばかりの大きな花束がそこにはあった。



 「君の娘の結婚を、心から祝福しよう」


 「伝えておこう」



 彼の気障な振る舞いに苦笑がこぼれる。


 続いて、優雅な足取りでヴェネトがクロースターに近づき、頬に軽くキスをした。



 「こちらこそ、お招きいただいて光栄だわ。おかげで楽しい時間だった。あなたたちの道行きが、明るいものであるように」



 ヴェネトの祝福は、彼女の持つ燭台からこぼれる光そのもの。



 「あなたの娘と婿殿に、正しき叡智の導きを」


 「ああ、感謝する」



 そして三人の神々は一礼した。



 『それではごきげんよう、また会う日まで』











 書記官の少女は静かに機械の蓋を閉じた。 


 これから推敲と清書、印刷と製本の作業が始まる。楽なことではないが、少女の唇は微笑みを象っていた。



 「いつかこれを読み返したとき、今日の日を思い出せますように」



 そんな願いを込められる、誇り高い仕事だったから。


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第××回綺譚鼎談〜知られざる世界の御伽噺〜 一庶民、タイピングの腕を買われて神の書記官になる 霧ヶ原 悠 @haruka-k

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