第2話

「痛っ……。」


 目が覚めた。


 身体中が痛い。


 ぼんやりと目を開けると、眼の前には木の床。


 潮の香り。


 波の音。


 夜なのだろう。


 当たりは暗くて、でも少し明るい。


 なんとか首だけを動かすと、満月が見えた。


 起き上がろうとすると、手が動かない。


 私は、身体の後ろで、手を拘束されている様だ。


「ここは……。」


「目が覚めたかい?」


 声のする方を見ると、そこには黒髪の少年がいた。


「はじめまして。俺の名前はエドワード。」


「エドワード?」


「そう。はじめまして。メアリー。」


「……なぜ私の名前を?!」


「さて。なぜでしょうか?」


 身体が拘束されていて動けない。


 それでも私は、エドワードをキッと睨んだ。


「威勢がいいお嬢さんだ。ますます気に入ったよ。」


「とりあえずこの拘束を外しなさいっ!」


「メアリー。お前は自分がどんな立場にいるかわかっているのかね?」


「貴方みたいな子供!拘束されてなかったら、襟元掴んで放り投げてやるんだから!」


「ハハハッ。それはご勘弁を。」


 エドワードが私に近付いてきた。


 よく見ると黒髪の整った顔立ちだった。


 昔、私に愛を誓ってくれた人がいた。


 その人の面影を、何故かエドワードから感じた。


 そして、皮肉にも、その愛を誓ってくれた人の名は……彼と同じ“エドワード”だった。


ーーーーー


 私は、十六歳の時に結婚した。


 当時、あの誰もが恐れ、名前を知らない者はいない大海賊“黒髪”と。


 黒髪で、黒くて濃い髭。ガッチリした身体。


 とても怖かった。


 年上の、酒臭くて横暴で、残酷で、冷酷で、最低な男性と結婚しなくちゃいけないだなんて。


 でも、国のためだった。


 海賊の命令に逆らえば、もっと人は殺される。


 私は、国に売られた様なものなのだ。


 両親も拘束され、私はただ一人、自分の部屋に取り残されていた。



……バンッ!


 扉が乱暴に開けられ、黒髪が現れた。


 私は、これから自分が何をされるのか、何をしなくてはいけないのか、なんとなく理解していた。


 それでも、恐怖と拒否反応が出てしまう。


 好きな人が、今までいたわけでもない。


 それでも、結婚や、初めての事は、自分が心から愛した人としたかった。


「お前がメアリーか?」


「はい。黒髪様。」


「ハハハッ。おいおい。俺たち結婚するんだぜ?他人行儀はやめてくれよ。」


「……。」


 流石は大海賊。


 よく見るといい服や帽子を身に纏っている。


 腰に下げてる刀や銃も、細工が細かくて美しい模様だった。


「お?刀や銃に興味あるのか?」


「いえ、別に。」


「いや。この細工。美しいよな。性能もピカイチだが、やはり造り手は、単なる“人を殺めるもの”ではない、何かを込めてると思うんだ。」


「人を……殺めるもの、ではない?」


「そりゃ、人を殺したりする武器だ。でも、どんな思いで、そんな物作ってんだろうな。」


 黒髪は、銃を腰から抜き、繁々と見ていた。

 

 次は、腰から刀を抜いて、鞘を外す。


「この刀は、刃物にまで模様が彫られている。」


 私は、思わず彼に近付いて、その模様を見た。


「なんて……繊細で美しいの。」


「だろ?初めて手にした時は気にしなかった。でも戦いの中で、この刀で人を殺した時に、この模様を血が伝ったんだ。

 それを見た時に、こんなに綺麗な細工だったんだって気付いた。

 殺される奴への弔いや誠意なのか。単なる造り手の趣味なのかは、わからねぇが……本当に綺麗なもんだ。」


 なんだか、不思議と黒髪が、悪い人に感じなくなってきた。


 私が、さっきまで見ていた他の海賊達は、酒臭くて、横暴で乱暴で残酷だった。


 きっと、彼もそう。

 

「ねぇ。なぜ貴方は海賊になったの?」


「なんでだろうなぁ。産まれたら海賊だったからな。」


「農民とか、そういうのになりたい、と思った事はないの?」


「農民?ハハハッ。考えたこともなかったな。俺は、海賊として産まれて、海賊として育ってきたから。」


 たまたま、海賊で……“黒髪”だっただけ?


「私は、貴方と結婚する。でも、それって、貴方が“黒髪”だから?なぜ、私なの?」


「なんでだろうな?国一の美人を頼むって言った。そしたら、この家を教えられた。そして、お前がいた。」


 なにそれ?


「じゃあ、私じゃなくても良かったんじゃない?」


「かもな。」


 ……酷い。私は、何もかもをこの人に捧げなくちゃいけないのに。


 結婚ってそういう事なんでしょ?


 初めても、私の人生全ても。


「貴方は……結婚したかったの?」


「結婚……というより、子供がほしかったのかもな。」


「子供?」


「そりゃ、色んな女を抱いてきた。女のお前にこんな事を話すのもあれだが、無理矢理抱いて殺した女もいるし、売り飛ばした女もいる。命乞いの為に、夫や子供の目の前で犯した女もいる。」


 ……なんて酷い話。


 想像しただけで、心がズタズタに引き裂かれる様な気持ちになった。


「きっと……、どこがで俺の子供はいると思う。だが、正式に誰かを愛したり、その子供に会えた事はない。」


「会いに行けばいいじゃない。」


「ハハハッ。俺は黒髪だぜ?またそこへ行ってみろ。皆が怯えちまう。……それに。」


「……それに?」


「大海賊“黒髪”の子孫を……周りが許すと思うか?」


「……え?」


「身籠ってても、もし産んだとしても、その子供は殺されるだろ。本当に、俺が誰かを愛してみろ。その女だけじゃない。家族、子孫、ずーっと呪いみたいに“黒髪の血”と、後ろ指刺されるだろうよ。」


 もしかして、この人は自分で自分の運命を呪っている?


「お前はいいのか?俺と結婚したら……国の為とはいえ、国が守ってくれるとはいえ……ずっと、“黒髪”が取り憑くぞ。」


「そりゃあ……嫌だし。本当は、とっても怖い。でも……この刀と銃を、ただ殺さす為だけの物じゃないとか……この細工の美しさに気付いた。

 ……なんでだろう。貴方が、本当にあの“黒髪”に感じないの。」


 黒髪は、目を見開いてパチクリさせてから豪快に笑った。


「ハハハッ!本当にお前は面白い女だ。」


 本当によく豪快に笑う男だ。


「女って言っても、まだまだ子供じゃねぇか。胸も色気もねぇ。俺は実はな、少しふくよかで乳がデカくて下がってる年増の女の方が好みなんだよ。こんな子供相手にしてもなぁ……。」


「失礼ね!」


「お前とは、結婚する。でも子供は作らねぇよ。」


「え?」


「お前がもっといい女になってからな。」


 正直、怖かったから安心した。


 ……でも。


「黒髪さん。名前は?」


「エドワード。」


「エドワードさん。」


 私は、エドワードの隣に座り身体を預けた。


「本当に色気ないな。ちっともムラっとしないぜ。」


「いい女になったら……抱いてくれる?」


「……は?」


「おかしいのは解ってる。初めて会ったのに……ましてや、あの“黒髪”なのに。……きっと今私、エドワードさん。貴方が好き。」


 エドワードさんが、頭を撫でてくれた。


ーーーーー


 そんな昔の事をぼんやり思い出していると、エドワードが近付いてきた。


 身体を起こされてキスをされそうになった。


 とっさに首を背ける。


「なぜ拒む?」


「貴方みたいな子供は、趣味じゃないし……それに。」


 私は、今も待ち続けてる。


 “黒髪”……エドワードさんを。


 エドワードさん。


 私も少しは大人になれたかな?


 あの後……、貴方があのオクラーク島の戦いで破れてから……貴方の首が、メイナードの船のマストにぶら下げられていると聞いた時、胸が張りさせる思いでした。


 もう会えない。


 会えないだけじゃない。


 今まで散々な事をして来たのは事実。


 でも、そんな仕打ちを本当に受けなければならない人だったのでしょうか?


 エドワードさん。


「なんだ?惚れた男でもいるのか?」


「えぇ。貴方と同じ“エドワード”って名前の…黒髪で黒髪の大きな身体の……心は、繊細な人だった。」


 私は、いつの間にか泣いていた。


 エドワードさん。


 私は、貴方を待ち続けて、貴方の言ってた年増の女になりました。


「メアリー。年はとっても細くて色気がねぇな。」


「……え?」


 満月が、エドワードを照らした時、エドワードの半身が照らし出された。


 金色に照らされたその半身は、骨が透けてキラキラと輝いた。


……もしかして。


「……エドワードさん?」


「……メアリー。」


「嘘でしょ?!だってもう、殺されて……。もし生きていたって……。」


「あぁ。かなりのジジィだったろうよ。でもな、俺はあの後、航海を続け、禁じられた島にたどり着いた。そして、夢物みたいな話だが、不老不死になれると言われている宝を見つけた。それに触れた瞬間……宝も島も無くなった。

 そして、俺は戦いに破れ殺された。

 体は、何十箇所も刺され、首を切り落とされ、首から下も捨てられた。

 彼方此方に見世物や見せしめとして、俺の首は回された。

 でも、当然の報いだ。

 そして、ある日死んだはずだったのに目が覚めた。そしたら今度は、日に日に若返っていくんだ。

 俺は気が付いた。

 ……不老不死の呪いだと。」


「不老不死の呪い?」

「あぁ!だからメアリー。これからはお前とやっと一緒にいられる!誰も俺達を知らない。二人で生きていこう。」


 あの豪快に笑う癖。


 目の色。話し方。


 本当に、エドワードさんだ。


 でも……。


「貴方とは……ずっと一緒にはいられない。」

「何故だ?」

「貴方は、若返っていく。そして死なない。でも私は、老いていく。貴方を待ち続けて……待ち過ぎすぎて……もう子供は授からない身体になったのよ?」

「子供なんていいじゃないか!メアリー。ただお前が居てくれればそれでいいんだ!」

「私は、そうじゃない。待ち続けてる間に、何度も他の人を想ったか……。でも“黒髭の妻”というものが私には背負いきれなかったけど、振り切れなかった。だから私は、“黒髪の妻”として誇らしくもあり、孤独だった。」


 これから私は、どうなりたいのだろう。


 そう……生きていてもひとり。


 “黒髪”が付いて生きてきた。


 いつ逆恨みや見せしめで、私も何かされるのではないか……と、生きた心地はしないまま生きてきた。


 エドワードとの再会。


 私は、もう若くも美しくもない。


 それでも……。


 エドワードの腰には、あの時の刀も銃もない。


「メアリー。若くなくても……この目のしわさえ美しいよ。」

「あの刀や銃の細工よりも?」

「より繊細で美しい。」


 私は、目を瞑った。


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カリブの約束 あやえる @ayael

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