最終話 雛鳥と鶺鴒
雨が降った後のアスファルトの匂い、木々の隙間から差し込む光、足元の水たまりを見れば空色の靴を履いているみたい。
「ふん、ふふ〜ん♪」
気温も丁度いい具合に暖かく正に今日がデート日和。鼻歌を口ずさみながら愛しの彼を待っている。
「ふふふっ。まさか
鼻歌と並行した思考には数日前の自宅での晩餐会を思い出していた。
――――――
「私とデートして」
あの一言で落ち込みムードだった空気が変わっていったのが私でも分かった。
「えっ? あ、あの……えっ?」
自宅に来てからの鴒くんは驚いてばかりいる。学校での態度とは違っているのでアレが素なんだと思う。
私にだけ見せる素顔の鴒くん。
いやんっ、他の人には見せちゃダメだぞ?
なんだい、嫉妬してるのか?
そりゃあするよ。他の女の人の前では見せないで。
いいぜ。その代わり……
その代わり?
キスしてくれよ?
いやんっ、もう……ここではダメだってばっ。
「ぐふふっ、ぬふふふふっ……れ、鴒きゅん」
「……お待たせ
「――っ!!?」
フリーズ
時が止まる
静止する
「……もしかして、僕が到着遅くなったから怒ってる? なんか魔女が呪いをかけるみたいな笑い方してたけど……」
フリーズ
時が止まる
静止する
「……み、見てた?」
静止した世界でなんとか最後の反論を試みる。
「うん。学校でもよくそんな笑い方してるよね。僕好きなんだその表情」
私の事が好き。
よし、じゃあ付き合おう!
「待ち受けにしたいけど、流石にそれは失礼だよね……ごめん」
「いやいやいやいや、是非に! どうぞ!」
「え? えぇ?」
お互い混乱して何を喋っているのかわからないけど、初デートの待ち合わせはとても奇妙なものになった。そして鴒くんの弱点というのは……
「雛さん。これどうやって扱うの? えっと、確かメニューから起動して……」
「ここのアイコンがカメラになってて……ほら起動した」
「おおっ! 雛さん凄い、これが噂の女子力ってヤツかぁ」
うん……全然違います。
ネット社会の現代を生きていく上で無くてはならないスキルかと。
「あのさ雛さん。雛さんから教えて貰ったアプリの写真なんだけど……」
「写真……あぁ、このアイコンね」
「雛鳥って可愛いよね」
鴒くんの弱点。
それはめちゃくちゃ機械音痴な所なのだ。
今だって私がインストールしたチャットアプリを開いて私のアイコンの雛鳥の写真を見てキャッキャと笑い声をあげる。それを見て私はポツリと同じ言葉を口にする。
「……可愛い」
「だよね、雛鳥って可愛いよね」
鴒くんがとてもとても……愛おしい。
「って、ごめんね僕ばっかり。雛さんが機械に強くて良かったよ」
「なんでも聞いてね鴒くん。私にできる範囲は全部教えるから」
「うん、雛さんに聞くよ」
テンションが高い鴒くんは少しだけ無理をしているように見えた。だけどそれは私の勘違いかもしれない。ここ1週間でグッと距離が近くなった男の子は本来の調子を取り戻したのかもしれない。
「えっと……雛さん」
「ん? どうしたの鴒くん」
スマホをポケットに入れて私の方をじっと見る。いつかの脱衣場を思わせるようなリンゴのような顔。
「今日の雛さん……別人みたいだ」
「おふぅ……それって」
良かった。
「凄く……すごく綺麗です」
「あり、ありありあり……ありがとごじゃい」
良くなかった。
なんで最後に噛むかなぁ……
「普段着の鴒くんも……カッコイイよ」
「ありがとごじゃい」
良かった。
私の事を優しく受け止めてくれる彼で。
「ぷっ」
「あはっ」
デートの始まりは笑顔が咲く。
そして願わくば、最後まで笑顔で。
――――――
「鴒くん、ここ行った事ある?」
「どこ? いや僕は無いかな。友達が凄いオススメしてたけど……どんな感じなんだろう」
「気になる所にどんどん行こー!」
「お、おぉ!」
デートに誘った手前、プランニングは私に任せてほしいと強気に出た。まぁその後、ハナちゃんに全力でケーキを奢ったのは内緒。
最初に来たのは商業施設内にある最近流行りの体験型ゲーム。
「お化け屋敷みたいなものかな?」
「う〜ん。結構頭使ったりするかも」
「勉強は苦手なんだよなぁ」
「鴒くんにも苦手なものあるんだ」
鴒くんの苦手は私の得意でカバーできる。
うふふっ。これもうパートナーやん!
「本来なら男の僕がビシッと決めたいんだけど……」
「得意不得意あるからね。でも、私を助けてくれた鴒くんは男らしかったよ?」
それに脱衣場で見た体だって……
「それに脱衣場で見た体だって……」
「えっ?」
「んんっ!?」
静まれ私の心の声よ!
まだ出る時ではないわっ!
だけどきっともう遅い。
その後のゲームは私と鴒くんの共同作業で楽しく乗り越えた。ここでも意外だったのが、鴒くんは戦国武将が好きだと言う事。武士のような生き方に憧れがあるらしい。
「いやぁ……白熱したね」
「凄かったね。初めて来たけどめちゃくちゃ楽しかったよ。ありがと雛さん」
「うんうんっ」
子供のようにはしゃぐ彼を見ていると、鴒くんとの間にもし子供ができたらと想像してしまう。
お父さんになった鴒くんは、こんな風に子供と一緒に遊ぶんだろう。
「……いいね」
「ん?」
キョトンとした顔の彼を見て私は思い出す。
「さぁ、どんどん行くよー!」
「おぉ!」
今日の終着点はここじゃない。
私だけが満足してたらダメなんだ。
彼の心の雨を止める為に。
――――――
脱出ゲームをした後の私達はとにかく行きたい場所に気ままに行く。プラン通りにいかないのもいいかもしれない。
「いやぁ、お腹いっぱいになったよ」
「あんなに量があるとは思わなかったね」
「それに店長さん? が凄かったね」
「私……初めて見たかも」
ふと気になったお店に入ったのだけど、そこの店長さんの格好が凄かった。何がとは言わないけど凄かった。
「店員さんも素敵な人達だったし、料理は美味しかったし、また行きたいな」
「うん、また行こうね……ふたりで」
最後の言葉は聞こえないように呟く。
喫茶店オーシャンレイン。
いい仕事をしてくれてありがとう。
「さて、行きますか」
「うん。次で最後の所なんだっけ?」
少し遅めの昼食を済ませて向かうのはあの場所。
「鴒くんにとって、その……行きたくない場所かもしれないけど」
その一言で彼も理解したらしく。
「……乗り越えなきゃいけないよね」
濡れたアスファルトの上を進む歩がほんの少しだけ遅く感じた。
「ふぅ……すぅーはぁー」
「……大丈夫?」
神社の入口の階段下で呼吸を整える彼。
時刻はもうすぐ夕方の5時。
「……鴒くん」
「…………」
私が連れて来たのだ。ならば最後まで彼の隣に寄り添おう。
ギュッ
「雛……さん?」
「大丈夫。私がついてる」
震える彼の手を握って一段目に足をかける。
――――トン、ドキドキ、トントン
少し前に登った時とは違う音色が聞こえる。これはきっとお猫様が私にくれた感情だ。
汗でシャツが肌に張りつく感覚も、ローファーに少し染み込む水も、梅雨が終わる独特のこの匂いも……私は大好き。
そして今は隣に大好きな人がいる。
神社に続く石段を上りながら私は思う。
色とりどりの紫陽花が私の恋を応援しているみたい。
「……よっと」
石段の頂上に到着するとくるりと振り返り住み慣れた町を見る。
「鴒くんは、ここに何度も来たんだね」
「うん……もう来ないと思っていたけど。雛さんとなら登ってこられた」
オレンジに染まる空から溢れた光が降り注ぎ心の洗濯をしてくれる。恋の洗剤を入れすぎたなら何度だって来ればいい。
「じゃあ、行こっか」
「うん」
そして私は境内を散策した後、確信めいたものを感じていた。
「……お猫様はやっぱりいないか」
「お猫様?」
鴒くんの質問に私は無言の微笑みを返すだけ。
「私も一緒にお祈りしていい?」
「うん。隣にいてくれたら凄く嬉しい」
これはもうアレだね。
恋愛脳の私じゃなくてもいくしかない。
手水舎で清めた手を彼と私のハンカチでお互い拭き合う。それから手を繋いで誰もいない本殿へと進む。
ジャリジャリジャリ……
「ここに毎日来てたんだね」
「懐かしいよ……あぁ懐かしい」
もう一度違う角度から問いかける。そして答えた鴒くんの言葉の裏には数え切れない葛藤が見え隠れする。
「じゃあ……五円を」
「はい」
お互いの五円玉を交換して私の左手、彼の右手に持つ。そして反対の手は自然と繋がっていた。
「「せーのっ!」」
チャリンと響く五円の音はきっと想い人に届くだろう。
「…………」
男の人が泣いてるのを見るのは2度目。
それが最愛の人なら私は一緒に泣くだろう。だけどそれは今じゃない。
私は目を見開き、大きく息を吸い肺いっぱいに空気を溜める。そして今こそ心の声を解放する時。
すうーっ。
「鴒くんの事はっ、私が幸せにするから! だからっ、だからもう心配しなくていいよ」
隣の鴒くんはどんな顔をしてるかな?
見るのがとても楽しみだ。
言葉にしなきゃ伝えられない事ってあるよね。だから私はこのまま進むよ。
私の右手に触れた彼の手が夕日よりも温かい。
「……雛さん」
「鴒くん。私、雛鳥を卒業するから。だから一緒に空を目指そう」
「雛さんっ」
私の頬に夕日よりも温かい彼の熱が伝わる。
「今はこれで精一杯だから許して雛さん」
「うふふっ。十分だよ鴒くん」
ねぇ、見てるお猫様。私は彼と彼の家族を幸せにするから……安心していいんだよ?
もう、大丈夫だよ? だからゆっくり休んで……
一羽じゃ飛べない空も、二羽ならどこまでも飛んで行ける。
『ありがとう』
梅雨が終わる五月雨の季節。
水色の雛鳥は想い人と鶺鴒になり、大空へと羽ばたいてゆく。
お猫様が喋りまして恋愛相談してみました
❀おしまい❀
お猫様が喋りまして恋愛相談してみました トン之助 @Tonnosuke
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