第8話 大きな壁?
衝撃的な発言を聞いた翌日の朝。
熱が少し引いた感覚とぐっすり眠れたという安心感で目を覚ます。とはいえ、昨晩のお母さんの暴走を考えると眠らずに反撃しておけば良かった。
「……だいぶ楽になったかも」
枕元の体温計で熱を測ると37.3℃。
今日まで休んで正解だったかもしれない。時刻は朝の9時でお母さんが休みの連絡をしてくれると言っていた。なので安心してベッドから起き上がる。
「……お腹すいた」
昨日食べたお粥も結局どこに入ったのか分からなかった。私は友達の間ではよく食べる方だと思う。ハナちゃんが残した菓子パンも別の子が残したおかずも全部私の胃袋へと消えていく。
「お腹すいた」
想像しただけでお腹の虫が暴れだしそうなので階段をゆっくりと降りてリビングへ。
「お母さんおはよう。お腹すいた」
開口一番扉を開けながら口にするけど、ここで違和感に気づく。
「あれ? お父さん? おはよう?」
疑問符3段活用をしてしまうけど、父親がこの時間に家に居るのはありえないのだ。
「
「え? あーうん。マシになった」
さっき測った体温を告げるとうんうんと頷くお父さん。
「お父さん、会社に行かなくていいの? この時間だと遅刻じゃない?」
やっと我に返る私は時計を指差して急かす。
「うん……あ〜。アレなんだよ……今日は……その」
何か言い淀む父親に私はジト目を向ける。
「何か隠してるよね?」
こういう時のお父さんってわかりやすい。私がずいずいと迫って行くと堪らず新聞で顔を隠す。
「うふふ……お父さんはね」
「なにお母さん」
それを見兼ねたお母さんが衝撃発言を投下する。
「今日、有給取ったんだって」
「……はい? 有給? なんで?」
疑問符3段活用がここでも活かされる。
もしかして私が具合悪いから? でも有給って昨日の今日で簡単に取れるものなの?
教えてサラリーマン!
「なんでって、それは決まってるじゃない」
「ん〜と……ごめんわかんない」
決まってるのはお父さんのビシッと着込んだスーツだけだと思う。
「雛の恋人に会うためよ〜」
んもぅ〜、それくらい察してよ〜というような母親のくねくねした姿。
「……もう一度、寝てきていいかな?」
どうやら私はまだ夢の中にいるらしい。
どこの親が娘の同級生(好きな人)に会う為に有給取って朝からスーツをパリッと着こなしているのか。
「それで、その……
――私の父親だった。
呆れてものが言えないとよく耳にするけど、身内に使う事になるとは思わなかった。
「お父さん。今日平日。鴒くん学校。来るの夕方」
単語で区切るぐらい私の頭の中は疲れ果てていた。
「それで……そんなお母さんは何してるの?」
さっきからキッチンで物凄い音を立てながら何かをしているらしい母親。
「今日の晩餐会に向けてローストビーフを仕込んでおこうかと思いまして……てへっ」
包丁を見せながらうふっと片目ウインクで愛嬌を振り撒く母親を見て諦めが先に来てしまう。
「お願いだから……大人しくしておいて」
私の願いは虚しく、朝から学校が終わる時間まで父親と母親による鴒くん歓迎会の準備がハイテンションで進められた。そんな私は途中から頭が痛くなったので昼寝した。
この頭痛は決して風邪のせいじゃない。
――――――
――――
――
「母さん。わたしの格好は変じゃないかい?」
「スーツが似合うダンディさんよ」
私は玄関で何を見せられているだろうか。
事前に夕方の5時に伺いますと言われたらしいお母さんはお父さんと並んで玄関で待つ。
ピンポーン
「来たみたいだな」
「うん……開けるわね」
「頼む」
なんで私より緊張してるのよ。しかもお父さんが前にいるせいで私が見えないじゃん!
お父さんの腕を広げてその隙間から玄関を覗く。
あっ! 鴒くんだ〜!
「初めまして、
「こんにちは、想良羽鴒です」
お母様と一緒に深々と腰を折る鴒くんは学校の制服を着ていた。お母様は上品なスカートとジャケットを羽織っている。
「このたびは息子のせいで娘さんに……」
心さんが申し訳なさそうに謝罪を口にしようとする所をお母さんがすかさず遮る。
「そんな事は気にしないでください。子供は風の子って言いますし。ささっ、どうぞ中へ」
流石コミニュケーションお化け。
町内会の麒麟児と陰で言われているだけある。
「あっ、いえいえ今日は挨拶だけと……」
遠慮する心さんの腕を優しく包んで強引に引っ張る。
どんな芸当かと思うけど私の目にはそう見えた。しかしここにはもう1人……具体的にはもう2人居るのだけど。
「は、初めまして! 水玉雛さんのクラスメイトの想良羽鴒です。水玉さんには昔からお世話になってて……」
鴒くんがいち早くお父さんに挨拶する。どことなく緊張した声なのは気の所為じゃない。
「お、おおおお……おおぅ。雛のちちち……父親をやらせてもらっています。水玉
訂正……お父さんの方が100倍緊張してた。
なによ父親やらせてもらってるって、初めて聞いたわ。
「私も自己紹介がまだでしたね。雛の母の
「それであの……水玉さん……えっと、雛さんの体調はどんな感じですか?」
あれ? 私はここにいるよ? もしかして見えてないのかな?
鴒くんは私がいる事に気づかずに続ける。
「雛さん、昨日の朝からずっと顔が赤くて……もしかしたら
待って待って待って!
もう一度言うけど、私はここにいるんだよ!
そんな事お構い無しに鴒くんは続ける。
「雛さんいつも全力で頑張ってて、去年初めて同じクラスになってから少し挨拶するようになって……修学旅行の時とか道に迷ってる所助けて貰って、体育で怪我した時も保健室まで付き添ってくれて……あの、えっと……ごめんなさい。何言ってるんだろう」
やめて! 雛のライフはもうゼロよ!
しどろもどろになりながらそれでも続ける。
「だからその……もし雛さんに何かあったら……心配というかですね……あの」
不謹慎かもしれないけど、クラスで見せる落ち着いた雰囲気とは裏腹にしょんぼりとしていく所がめちゃくちゃ可愛いかった。
「まぁまぁ、立ち話もなんですし……」
上手い具合に言いくるめられた鴒くん達を家へ招き入れる。
「……私の事見えてない感じ?」
どうやら父親という大きな壁が鴒くんの視界から私を消したみたい。
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