第五十話 続編と改良
ベルリオ達と別れて島を後にした。彼らはクロレリア島にしばらく滞在した後、自分たちの判断で目的地であるセントレイトを目指す。つまりこれにて彼らからの道案内の依頼は終わった。
自宅に帰ってくるなり、なんとなく自室の机に向かう。真っ白な紙を取り出して軽くイラストを描いた。描かれたのはミミ、ジュナ、スプラといった最近具現化したキャラクター達だ。忘れてはいけない、忘れるわけにはいかない。そういった思いもあってか、自然とペンを持つ手が動いた。
「新作も中途半端なままだったっけ・・・」
芸術屋としての仕事をしながらとなるとなかなか漫画を描く時間が捻出できない。それに最近は外出の頻度も高まっている気がする。
「なかなかじっくり描けないんだよな」
芸術屋の仕事の納期もある。しかしここ最近行った複数回の具現化によって原稿が白紙に戻ってしまっているものもある。自らの手で描いたキャラクターが現実のものとなって動いてくれるのはありがたいが、白紙の原稿が増えていく一方ではいずれ何も描いていないのと同じような状況になってしまう。
「続きも描きたいし新作も中途半端だし、でも仕事もしなきゃならない・・・時間が全然」足りないな」
イラストはひとまず引き出しにしまって、優先順位として生活がかかっていることから芸術屋の仕事を最優先にする。しかし今日のこの心境では芸術屋の仕事に集中できるとは思えない。
言い訳じみた理由をつけて、一番大きな引き出しに入っている大量の原稿の中でも最も多くの話数を描いた作品の続きを描く。前世の頃から描き続け、生まれ変わってからはもう一度最初から描き直した。クオリティが上がった傑作と言って良いだろう。
「トーマ! ちょっと良い?」
自室の扉をノック無しで全開にするローナ。前世の頃ならばいきなり部屋の扉を開かれれば起こったことだろう。特に思春期の年齢であれば隠したいことも多いため間違いない。しかしすでに一生を終えている身だ。部屋の扉が開いたくらいでは動揺すらしない。
「どうした?」
「具現化装置を改良しようと思って、ちょっと意見を聞きたいんだけど・・・」
扉を全開にしただけでは飽き足らず、部屋の主の了承を得る前にズカズカと踏み入ってくる。
「意見?」
「うん、原稿を持ち運ぶのが面倒じゃないかなって思ってさ」
原稿と言えば紙の束だ。持ち運ぶのは当然重いし、風場って邪魔だと思うこともある。データ化という方法が無いわけではないが、具現化装置のシステム的にデータ化してしまうと具現化したときのクオリティに影響が出そうだ。
「データ化とかか?」
「違うよ。遠隔具現化」
「遠隔?」
遠隔と聞いて思い浮かぶのはリモートでのロボット操作みたいなものだが、それと具現化装置がどうかみ合うのかはわからなかった。
「そうそう、原稿が自宅にありながら出先で具現化が可能になる、って感じかな」
「そんなことできるのか?」
「わからないけど、できるかもしれないからやってみようかなって」
原稿を持ち運ばなくて良いのであればかなり楽になる。
「具現化装置の新作って感じかな。原稿ごとに入れる場所を作って、外で具現化装置を操作して指定した原稿からキャラクターを具現化する・・・っていうのが構想なんだけどね」
「へぇ、いいんじゃないか?」
出先で具現化しなければならないタイミングというのは今後も必ず来るだろう。それを楽に行える方法があるのであれば、あるに越したことはない。
「じゃあオッケーって事で、図面はこんな感じなんだけど・・・」
こちらが了承する前提ですでに準備が進められていた。
「なんだか異様にここだけ大きくないか?」
原稿を収める場所があるのだが、一カ所だけ明らかに原稿どころかフィギュアやちょっとした造形物が入る大きさが用意されていた。
「だってすっごい大作があるでしょ?」
「え?」
「あれも入れられる大きさってなるとこれくらい無いとダメだよね」
引き出しの中に前世から引き続き描いている大作があることを知られている。そしてそれを必要であれば具現化装置で使おうというところまで考えているようだ。
「いや、あれはダメだからな」
「えー、どうしてよ」
「ダメだ、絶対ダメだからな」
「いいじゃん、どうせ引き出しの中から出てこないんだから」
ぐさっと胸に鋭利な刃物が突き刺さったような感覚があった。どれだけ大作を描いても、どれだけ新作を生み出しても、売れるという見込みが立っていない以上はローナにとって具現化装置にかける作品という位置づけになるようだ。
俺の漫画は異世界でも売れない 猫乃手借太 @nekonote-karita
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