コンビニとRX8
終業のチャイムと共に会社を出る。特に急ぐ用事は無いが、会社に仕事が残っているわけでもない。ならばさっさと帰るのが吉だ。この時間帯はまだ空いているが、あと20分もすれば周辺のラッシュで混雑する。別にゆっくり帰るのが嫌いではないが、緩い渋滞に捕まるのが好きというわけでもない。
そういえば今日は新作のコンビニスイーツの発売日だったような。
思い立ったが吉日。早速最寄りのコンビニへ駐車すると、西日で街並みが赤く染まりだし、車の群れがノロノロと行列を成す所だった。
悠々と新作スイーツを堪能していると、けたたましいエンジン音を掻き鳴らしながら、スポーツカーがやってきて、俺の車の隣にピッタリと止めた。つい昔はよく聞いた、最近はあまり聞かないアクセルとブレーキを踏み間違ってコンビニに突っ込むミサイルのような勢いで駐車するもんだから悲鳴を上げそうになった。帰宅前に警察の事情聴取で拘束されるのは心臓に悪いぞ。と、恨むような視線を向けると、運転手と目が合った。
後輩じゃねぇか。
「先輩、早いっすね」
「新作スイーツの発売日だったからな」
2人してコンビニ脇の喫煙所に立って雑談と洒落込む。
「へぇー美味しいんすか?」
「……ユニーク」
「ははっ」
ユウは快活に笑うと自前のタバコに火を付けた。
「おまえはよくここ来るのか?」
「っぷはーそうっすね。私の憩いの場っす」
「タバコ吸いに?」
「タバコ吸いに」
気怠げに吹かす姿はえらく堂に入っているが、身長だけがアンバランスに小さい。職質とかされないのこの子?
「そーいや、すげぇ勢いで駐車してくるからびびったぞ」
「いや、ノロノロ駐車されるより良くないですか?混む時間ですし、キビキビ動いた方が逆に事故らないっすよ」
「そんな事言ってると、そのうち事故るぞ」
「その時はその時です」
翌日この後輩がコンビニに突っ込んだ話を会社で聞く事になる想像をすると笑えない。
「おまえはもう立派な戦力なんだから、怪我とかすんなよ?」
「わー心配してくれてるんですかー?やさしくてすてきー」
明らかに棒読みなのは、余計なお世話だとかうるせーとかいうニュアンスを含ませているからだろう。
「しかし良い車だな。エンジン音が……、」
「わかりますか!?」
うるさい、と言おうとしたら、目を輝かせたユウに遮られた。
「ロータリーエンジン特有の重厚な音、たまんないですよねぇ!より良い音になるようにマフラー改造してるんすよ」
なによりこのデザイン!と、下手すれば道路に接地しそうなほどの位置に取り付けられた排気口を指差し聞いてもない機能をベラベラ話し出す。この子、こんなに喋る子だったの……?
「深夜の高速道路とかたまんないですよ」
「あ、へぇーそうなん」
熱の篭った話が終わった所で適当に相槌を打つ。出来るだけ興味が無さそうに。
「良かったら休日ドライブしませんか?オレンジとか旧本坂トンネルとか案内しますよ」
「オレンジってどこ?トンネルは別に良い」
「先輩、オレンジロード知らないんすか?Winding Roadっすよ」
「その先にいくつもの小さな光が待ってる的な?」
「待っているのはひたすら急カーブっす!あと終端にコンビニもあるっす!さぁ先輩!休日ドライブ行きましょう!土曜が空いてますか?日曜が良いですか?」
「え、じゃあ土曜かな……」
ユウのゴリ押しに負けて、次の土曜日はドライブする事になった。
おまけ
「こうやってエイトの窓に手をかけるとカッコよくないっすか?」
サングラスをどこからか取り出してタバコを咥えるユウ。
「ああ、なんかDQNっぽくてウケるな」
「ウケを狙ったつもりはありませんが……」
一度車に乗ったのに、わざわざ降りてきて、喫煙所の灰皿にタバコを突き刺すようにして捨てると、ユウは再び車に乗りながらこちらを見る。
「それじゃあ、土曜日、忘れないでくださいよー」
「はいはい」
やかましいエンジン音を掻き立てて、ユウは颯爽と去っていった。
ヘビースモーカー後輩女史と社畜先輩 柊ハク @Yuukiyukiyuki892
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