第3話 桐谷のお願いとご褒美

 桐谷に一緒に帰ろうと言われ、連れられて来たのは、大型ショッピングモールだった。


「えっ、桐谷の家って……ここ?」

「んなわけねーじゃん、バカっ!」


 ですよね。


 でも、学校帰りの2人がショッピングモールって……普通は——放課後デートだよね? 


「ていうことはさ桐谷……もしかしてこれって「あ、デートとかじゃないから」」


 最後まで言い切ることなく否定されてしまった。


「なんで、明梨あかり先輩をオカズにしてるようなヤツと、ウチがデートしなきゃなんないのよっ!」


 ぐふっ……ごもっともです。

 だけど、オカズの件は早く口止めしないと、精神的ダメージが大きすぎる。


「あんさ、アンタさ、今日、明梨先輩と話してた、キーボードあるじゃん」


 あの話、聞いてたんだ。


「ウチもね、前から気になってたんだけど、いっぱいあるじゃん」

「そうだな、新製品もどんどん出るしな」

「だからさ……ウチに選んでくれないかな」


 なるほど、だからショッピングモールか。ここなら大型量販店も入ってるから、色々選べそうだな。


「オッケー、分かったいいよ」

「やった! ありがとう!」


 そういうと桐谷は俺の手を掴んできた。

 そして、俺の腕が桐谷の胸に触れた。

 

「あっ、ごめん……つい」


 ご褒美をいただいたのに謝られた。きっと反射的な行動だったのだろう。


「大丈夫……気にしてない」

「何が気にしてないよ! アンタにとってはご褒美でしょうが!」


 おっしゃる通りです。

 でも、なんで、怒られるんだ。

 無言でやり過ごせば良かったのか!?


 まあ、そんなこんなで俺たちは早速売り場に移動した。


「うわ〜マジでいっぱいあるね!」

「うん」

 

 ここまでワイヤレスキーボードが揃ってるとはちょっと意外だった。

 スマホでも使えるから結構売れるのかな?


「やっぱ、いっぱいあり過ぎて選べね〜」


 桐谷の気持ちはよく分かる。

 多分性能的にも大差ないだろうし、ぶっちゃけ用件さえ満たしていれば何でもいいと思う。


 ん……そっか。


「桐谷……見た目で選べばいいんじゃね?」

「え、見た目?」

「うん、多分性能的にはどれも大差ないだろうし、見た目気に入ったやつを選んでくれたら、俺がどんなことできるか教えるよ」

「う〜ん」

「難しく考えるなって、好きな見た目のを何個か選んで」

「見た目だけでいいのね?」

「うん」

「分かった!」


 桐谷はキーボードを吟味し始めた。

 見た目で選ぶだけだって言うのにそこは女の子、キーボードを選ぶのにも時間が掛かっていた。


 そして選んだキーボードは。

 なんかピンク色だった。


「これどう! 可愛いっしょ!」


 キーボードに可愛いって表現を使う事に違和感を感じなくもなかったが、桐谷のスマホに対応していて、複数の端末とペアリング出来て、切り替えができるタイプだったので、機能的には全く問題ない。


「機能的には問題ないよ、桐谷がこれでいいならこれにするのがいいと思う」


「ありがとう! じゃあこれにする」


 来栖先輩よりも先に桐谷がキーボードをお買い上げになった。


「あんさぁ、相馬、これの設定とかってお願いできる?」

「別にいいけど……」

「じゃぁ、今から家くる?」


 え……家。

 桐谷家にお邪魔してもいいってこと?


「でも、こんな時間からじゃ、ご家族に迷惑かかるんじゃ」

「あ〜っ、それは気にしなくていいよ、うちの家族帰り遅いから」


 な……なんですと!?


「桐谷がいいなら俺はいいぞ!」


 こんな棚ぼたチャンス。そうそうあるもんじゃない。


「何言ってんだよ相馬、本当は嬉しいんだろ? 正直に言ってみ?」

「嬉しいです!」


 俺は即答した。

 桐谷は少し驚いたような顔をしていた。


「どうした?」

「いや……流石にオカズにしてたことを自白するだけあって、いさぎいいな〜っておもって」

「あ〜〜〜〜〜〜〜っ、やめて! あの時の俺は『私は君が欲しい』とか言われて、どうにかしてたんだよ!」

「そうなん? でも、実際オカズにしてんでしょ?」

「…………」

「して……ない」

「ハイ嘘、ブーっ」

「なんで、嘘なんだよ!」

「だって、目が泳いでたじゃん」

「え」


 まじか……目は口程にものを言うとかいうもんな。


「まあ、これから色々お世話になるだろうから……アンタが明梨先輩をオカズにしてるのは内緒にしといてあげるよ」

「ありがとうございます! 非常に助かります!」


 拝礼の理想的なお辞儀、45度のお辞儀をしてやった。


「なんか、相馬……必死すぎるよね」

「そ、そうか普通だぞ」


 そりゃ、桐谷相手に話してんだから、必死になるのが逆に普通だろ。


「相馬、あと一つ聞きたかったんだけど」

「なんだ? 何でも聞いてくれよ」

「アンタさウチのことオカズにしてないよね?」


 この時俺は、重大な失態を犯した。


『するわけないじゃん! やだなぁ〜』的に流せばよかったものを、俺は少し考え込んでしまった。


 この間がマズかった。


「あ——っ、信じられない! したのねっ! ウチをオカズにしたのねっ!」


 オカズの本人バレは、思ったよりも精神にくる。

 クラスメイトはおかずにしちゃいけない。

 俺を反面教師にしてくれると嬉しい。



 *



「……おじゃまします」


 桐谷の部屋は、とにかくめっちゃいい匂いだった。この部屋に、1時間も居たら頭がおかしくなりそうなレベルだ。


 本棚は……物書きの割にはあっさりしてた。

 ラノベが数冊有る程度だ。


「なに物色してんのよ」

「えっ」

「『えっ』じゃないわよ……部屋見すぎだって」

「そんなつもりじゃ」

「視姦するのは、人だけにしなよ」

「どういう意味だよ!」

「だって、ウチの事も視姦してんでしょ?」

「しっ、してないよ!」

「オカズにはするのに?」


 うっ……本人に蔑まれるとか、最初は結構精神にきたけど、だんだんと甘美な背徳感に変わっていくのが分かる。


「それと、これとは別だよっ!」

「あはは、必死すぎだって、ウケる」


 そりゃ必死だ。

 これ以上、蔑まれたら新しい世界に目覚めてしまうかもしれないからな。


「桐谷、とりあえず設定するから、開封してよ」

「りょ」


 リアルで『りょ』って言われるとちょっと寂しいな。


 製品が日本製だったからマニュアルも日本製で、あっという間に設定は完了した。


「終わったよ」

「えっ、もう終わったの」

「うん」

「そう……じゃ、帰っていいわよ」


 え、マジか。

 そんな、あっさりしてるものなの?


 ……まあ、それ目だし、そんなもんか。


「分かった……おじゃましました」


 桐谷の言葉に従い、素直に帰ろうとすると。


「ちょっと、冗談よ、お茶ぐらい出すから、待ちなって」


 冗談か。

 でも、ぶっちゃけ夕食時だしな、いくらご家族の帰りが遅いとはいえ、用が済んだのに居続けるのは、流石に気がひける。


「いや、桐谷そろそろ夕食時だろ」

「あ〜じゃぁ、なんか作ろうか?」

「……えっ」


 いま桐谷なんて言った?

 作ろうかって言わなかったけ?


「今日のお礼だよ、めっちゃ嬉しいっしょ!」


 うん……これは、めちゃヤバい。


「めっちゃ嬉しいよ! 桐谷!」


 俺は思わず桐谷の手を取り、涙を流して喜んだ。


「あ……あっそう」


 桐谷は若干引き気味だった。


 初めての女の子の手作り料理は、ロコモコだった。

 

 部活といい、今の状況といい。

 今朝起きた時、こんな夢のようなシチュエーションが訪れるとは思ってもみなかった。


 生きててよかったと、心から思った1日だ。

 

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私は君が欲しい〜憧れの先輩はどうやら俺の身体を御所望のようです〜 逢坂こひる @minaiosaka

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