【六場】

中幕に海が映し出され、夜の海が広がっている。

みをが中央に一人立っている。


みを 「あなた、あんまりです。私を一人置いていって。私から魂を奪って。あなたが居なくなってから、私はただの人形のように毎日を過ごしていました。私は私の魂を取り戻す方法を、ずっと考えていたんですよ。でも、今日、あなたとよく似た姿をした方をお見かけして、やっぱり私の魂はあなたのもとに行かなければ戻ることはないと、そうわかったのです。(波の中へ入っていって)今、そちらへ向かいます。」


角兵衛が上手から走りこんでくる。


角兵衛 「待ってください、お母さん!」

みを 「どなたです?」

角兵衛 「あなたの息子の……角兵衛です!」

みを 「そんな息子、居たかしら?」

角兵衛 「いいえ、でもあなたをこっちに連れて帰ることができるのは息子だけだと思ったから、あなたの息子に『なった』んです。」

みを 「よくわからないわ。」

角兵衛 「帰りましょう、お母さん。あなた、別にあの男のために命をかけるほど好きだったわけじゃないですか。ただあの男が死んだ罪悪感と、今の暮らしがうまくいかないのがごちゃまぜになって、あの人がいないからうまくいかないっていうことにしたいだけなんじゃないですか?」

みを 「わかったようなこと言わないで! あなたになにがわかるの? あなたが見ていたのは、四角い画面越しの映像みたいなものよ。そこに魂なんてない。私の魂を知らずに、あんなもの見たって、命の通ってない人形を見ているようなものよ!」

角兵衛 「でも、それは俺だって同じことです。身体だけ動かして、何も感じてない振りをしていました。魂なんてどこにもない。そう思わなければ耐えることなんてできませんでした。もう一度、戻りましょう。俺たちの、魂が生きている場所へ。画面越しじゃない、魂の声が聞こえる場所へ。」


みをが角兵衛につかみかかる。


みを 「あんたはいらない。あの人を寄こしなさい!」

角兵衛 「いらないのは今のその『役割』のほうでしょう? 思い出してください! あなたの魂がなくなる『役割』じゃなくて、あなたの魂が生きるほうの『役割』を!」

みを 「一度失ったものが、返ってくるわけない! 私は生きている限り苦しむしかないんだ!」

角兵衛 「違います、お母さん。玉脇さん。玉脇みをさん! いや、そのどれもが適切な『役割』ではないのかもしれない。その役に囚われないでください! その先に俺たちの生きられる場所があるはずなんです!」

みを 「私の……生きられる場所?」

角兵衛 「そうです! あなたが今の役に縛り付ける、これが邪魔だというならいっそ切ってしまいましょう。三、二、一!」


中幕が切れて落ち、素の舞台が現れる。みをと角兵衛、ストップモーション。

下手から現れが散策子にスポット。


散策子 「泉鏡花『春昼』、『春昼後刻』の主人公、散策子です。散策子というのは『役割』の名前であって、名前ではありません。『春昼』の続きとなる『春昼後刻』は玉脇みをと角兵衛の遺体が海で発見されるところで終わります。しかし、私は思うのです。遺体でみつかったのは、彼女たちの『役割』がそこで終わったからではないか、と。役の上での死は現実での死を意味するものではありません。彼女たちの魂はむしろ、別の『役割』を得たから、あの物語のなかで死を迎えたのではないでしょうか。え? なんです? それでも死は寂しいし、怖い? そう思うのであれば、また来てくださいよ。彼女たちの魂が生きる、この四角い箱の中に。少々喋りすぎました。私もそろそろ眠りにつかなければならない時間のようです。それでは。またここで会いましょう。」


散策子がポケットから拳銃を取り出し、頭に当てる。

暗転の後、銃声。


(幕)

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□にいっぱいの私の魂 花苑 @Blumengarten

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