【三場】

二場の終わりと変わらない光景だが、散策子が客人と入れ替わっている。客人の膝の上にはノートPC。


客人 「お堂で仕事、というのもいいものですね。こういう時でなければ体験できません。」


出家が距離を保ちながら客人の背後からPCの画面を覗く。


出家 「本当にお仕事されてるんですか? 先ほどは南国の海にいる人とお話していたようですが……。」

客人 「あれは自分のいる場所を隠すための偽の背景ですよ。本当に海にいるわけじゃありません。」

出家 「そうですか……。よくわかりませんね。」

客人 「じゃあ、今度教えますよ。便利ですよ、場所にとらわれないというのは。和尚さんだってお盆の時期に檀家さんを回るのは大変でしょう。こんなご時世じゃ、実際に会うことこそ煙たがられるかもしれませんよ。」

出家 「たしかにそうですね。方法として、一考の価値があるかもしれません。」

客人 「私はこういう仕事のやり方でなければ出会えない人にたくさん会いました。その中には私の人生を変えてしまう出会いもありました。旅行などしなかった私がその方を求めて彼の地まで来ることになるなんて思いもしなかったことです。」

出家 「恋をしていらっしゃるのですね。」

客人 「和尚さんにこういう話をするなんて、見当違いにも程がありますよね。でも、本当に綺麗な方なんです。朱鷺色の服がとても似合っていて、背景の偽物の波が織りなす青と白も、彼女の美しさを引き立てているようだった。」


出家にスポット。


出家 「このときの私は客人の恋心をほほえましく眺めておりました。しかし、後になって考えてみれば、画面越しにしか出会ったことのない相手を求めて現実へ押しかけるなど、ただならぬことです。そして、それはだんだんと強度を増していったのです。」


照明、元に戻ると、PCのディスプレイに見立てた横長の黒い枠が上手・下手にそれぞれ置かれており、中央の正方形の黒枠も起こされている。上手、下手にはそれぞれ荒物屋と親仁が座っている。中央の正方形の黒枠の後ろにはみをが座っている。みをの周りにはみをの子A・B・Cがいる。


荒物屋 「本日はお集まりいただきありがとうございます。こうして全国から普段なら一緒に仕事できない人々が集まりましたので、親睦をかねてオンライン上ではありますが飲み会を企画しました。ミュートはずっと切っていただいて結構ですので、ざっくばらんにお話いただければと思います。」

親仁 「ごめん、荒ちゃん。今日さ、青龍戦の行方が気になっちゃって。中継見ながら参加してもいい?」

荒物屋 「青龍戦って将棋のですか? 僕も気になってるんですよ。それぞれやりたいことやりながら参加できるのもオンライン飲みの醍醐味だと思うんで構わないですよ。僕も見ますし。」

みを 「ごめんなさい、私も子供たちと一緒で……結構うるさくしてしまうかもしれません。」

荒物屋 「大丈夫です。こんな大きいお子さんいらっしゃったんですね! 正直、びっくりしてます。」

みを 「私、後妻なんですよ。子供は夫と前妻の間の子で。」

荒物屋 「なるほど! ごめんなさい、変なこと聞いちゃいましたね。」

みを 「いいんです、気にしてませんから。」

親仁 「荒ちゃん、あいつ大丈夫?」

客人 「(なにかにとり憑かれたような表情)……。」

荒物屋 「……。なにかと気がかりなことが多いご時世ですからね。では、一度乾杯しましょう。かんぱーい。」


親仁とみをは手元の缶飲料を掲げる。


親仁 「荒ちゃん、戦局が動いたぞ。角交換だ。」

荒物屋 「角交換ですか? 前回もそれで負けたのに、強気ですね。 」

みをの子B 「角交換ってなに?」

みを 「お母さんもよく知らないの。だからうるさくしないで、ね?」


スマートフォンの着信音に振り返るみを。


みを 「ごめんなさい、ちょっと離席します。(電話に出て)もしもし。あなた、あんまりじゃない。どうして都合つけてくれなかったの? 怨んでますよ。私は一人、夜も寝られなかったのよ。そうね、夜中に電車は動いでないでしょうけど。それでも今からでもね、来て下さりはしないかと思って。私のほうはね、もうね。どんなに離れていても、あなたの声が聞こえるくらい、想ってますよ。通話してなくたって聞こえるぐらい。あなたにはどうせわからないでしょうよ。いえ、お義父さんやお義母さんに、不義理をしろとは言いませんよ。私のほうこそ伺えなくて申し訳なく思ってるんです。けれど、ね。私は今夜、寝ないでお待ちします。ええ、ええ、いくらでも言ってください、どうせ寝られないんですから、変わりはしません。怨みますよ。せめて夢で、会いたいです。いいえ、待ってられません。……みいちゃん、さようなら、夢で会いましょう。」

客人 「(声に聞きほれながら)……はい!」


出家にスポット。


出家 「もちろん、それは客人に向けた言葉ではありませんでした。しかし、客人はその日、えらく元気で……。すでに人のものである方への叶わない恋心もこうまできますと病といっていいでしょう。想い死にでもするんじゃないかと私はひやひやしておりました。夜に客人の部屋をのぞくと、客人は一人でなにやらずっと喋っておりました。」


上手の横長の黒枠の後ろにみを、下手の横長の黒枠の後ろに客人が座っている(一場と同じ場面)。


客人 「みをさんはミュートになってると思ってたんでしょうけど、私には聞こえました。『どんなに離れていても、あなたの声が聞こえるくらい、想ってますよ。私は今夜、寝ないでお待ちします。夢で会いましょう。』って。そう言ってましたよね?」

みを 「やだ、ミュートになっていなかったのね、恥ずかしいわ。……まさかあなた、それでこんな夜中に私を呼び出したんじゃないでしょうね?」

客人 (にやにや笑って答えない)

みを 「(ため息をついて)あなた、私を好いてるの? こんな四角い画面越しの私しか知らずに、好きも嫌いもありはしないでしょう。」


出家にスポット。そこへ客人が走りこみ、出家の足にすがる。


客人 「本当なら、そこで死ななければならんのでした。」

出家 「客人はそう言って歎息して、真っ青になりました。二人で話していたところに突然現れたもう一つの四角い枠。そこでは客人がみをという女性と背中合わせに座っていたそうです。すると、そのもう一人の自分はみをの背中に△、□、○と書いたといいます。気が付くと、画面の四角い枠は四つか五つも増えて客人を見つめていたそうです。客人と背中合わせに座るもう一人のみをはそのとき、こぼれかかったつややかなおくれ毛を透いて、ひとしお美しくなったと思うと、口許でにっこりと笑って、もう一人の客人の膝に枕したそうです。黒髪が、ずるずると仰向いて、まっしろな胸があらわれた。その重みでもう一人の客人も倒れた。観客はどんどん増えて、もう一人のみをと客人のいるマスはどんどん小さくなっていく。客人はそこから夢中で逃げて。」

客人 「水を下さい。」

出家 「と言い、私を起こしました。それから客人は一晩かけて、なにが起こったのかを語りました。明くる日、客人は一日寝ておりました。私も油断なく見張っていたのですが、少し目を離しました間に姿を消しました。客人はまたその晩のような『自分が主役の映画』が見たくなったのでしょう。死骸は客人の持っていたPCとともに海で見つかりました。」


雨の降る音。


出家 「降ってきましたな。」

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