【一場】

奥に一段高く白い丘。その中央に黒い二畳ばかりの正方形の黒い枠が置かれている。手前にはPCのディスプレイに見立てた横長の黒い枠が上手・下手にそれぞれ置かれている。客人は下手側の黒枠の後ろ、朱鷺色のワンピースを着たみをは上手側の黒枠の後ろに正座して座り、ビデオチャットをしている。


みを (口を動かしているが、声はしない)

客人 「みをさん、音声ミュートになってますよ。」


みをが慌てて手元でマウスをクリックする。


みを 「ごめんなさい、いつのまにかボタンを押してしまっていたみたい。これで聞こえます?」

客人 「はい、聞こえます。(画面の向こうのみをを熱っぽい視線で見つめながら)さっきもありましたね、こんなこと。」

みを 「あら、そうでした?」

客人 「ただし、さっきのは逆でした。みをさんはミュートになってると思ってたんでしょうけど、私には聞こえました。『どんなに離れていても、あなたの声が聞こえるくらい、想ってますよ。私は今夜、寝ないでお待ちします。夢で会いましょう』って。そう言ってましたよね?」

みを 「やだ、ミュートになっていなかったのね、恥ずかしいわ。……まさかあなた、それでこんな夜中に私を呼び出したんじゃないでしょうね?」

客人 (にやにや笑って答えない)

みを 「(ため息をついて)あなた、私を好いてるの? こんな四角い画面越しの私しか知らずに、好きも嫌いもありはしないでしょう。」

客人 「そうとは限りませんよ。恋というのは『乞う』、つまり飢える感情からくるものです。あなたをよく知らないけれど、もっと知りたい。その気持ちを『恋しい』と表現するのは、別に珍しいことじゃないでしょう。」

みを 「私の背中すら、あなたは知らないのに。」

客人 「おや、いけませんか? みをさん、あなたは美しい。あなたと体を重ねたいと邪な願いを抱く男も多いでしょう。そんな男よりもこの四角い箱の中に映る姿だけであなたを愛せる男のほうがよっぽど信用できませんか?」


いつのまにか、中央の正方形の黒枠の後ろに角兵衛、飛獅子、歩が角兵衛獅子の格好で正座している。歩が立ち上がり、持っている太鼓をお囃子のリズムで鳴らす。角兵衛は正座したまま手招きしている。


みを 「(中央の黒枠のほうを振り返って)聞こえます? お囃子かしら? こんな時間に……。」


みをは立ち上がると中央の正方形の黒枠の後ろに行き、正面に背を向けた姿勢で座る。


客人 「(同じく中央の黒枠のほうを振り返って)え? そっちも? 私もすぐ後ろから……。」


歩が太鼓を鳴らすのをやめる。飛獅子が止め柝を打つ。

中央の正方形の黒枠の後ろに散策子が現れる。客人は散策子とよく似た格好をしている。

みをと散策子は背中合わせに座る。散策子が客人を見据える。客人は散策子と目が合い、驚く。


客人 「あれは……私?」


散策子はみをのほうに体を曲げ、みをの背中に△を描く。


客人 「三角……。」


散策子がみをの背中に□を描く。


客人 「四角……。」


散策子がみをの背中に○を描く。


客人 「丸……。」


突然、薄紅の花びらが激しく舞う。

みをは散策子に膝枕し、客人のほうを艶めかしく見つめる。

客人はPCのディスプレイに見立ててあった横長の黒枠を倒し、下手へ逃げ去る。


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