大切な一歩(終)
翌朝。
「ーーーー」
何か聞こえて、
「シュン君」
「……ん?」
「朝だよ? 遅刻するよ?」
「……」
目を開けるとそこには
一瞬、自分の置かれている状況がわからなくなる。
辺りを見渡し、自分の部屋なのを確認した。
「どうしたの?」
「ここ、俺の部屋だよね?」
「うん」
「お前んちじゃないよね?」
「うん」
「なんでいるの?」
「迎えにきたらおばさんが昔みたいに起こしていいからって。で、上げてもらった」
「……」
駿河はため息を吐く。
確かに久々の光景だ。小学校以来だろうか。
「もう、相変わらずなんだから。それともまた、面倒くさがりが出たとか?」
「いや、ちゃんと来てただろ?」
「でも昨日は寝坊したじゃん?」
「……」
昨日は仕方ないじゃないか、と言おうとしたが、何言っても返される気がして、結局諦めた。
「……着替えるから部屋出てよ」
「あ、うん、わかった」
駿河が言うと慧理はほんのり顔を染めて答えた。
「……ん?」
駿河が体を起こすとまだ慧理がいる。
ジッと駿河を見つめ、まるで何かを待っている。
「な、何?」
「ん」
薄っすらと目を閉じて、顔を近づける。
駿河はなんとなく察して考えた後、慧理の頭を撫でて横に
「むぅ、なんで?」
「だからもうちょい待って」
「……シュン君、私のことき」
「嫌いだったら断ってるだろ?」
「……いや断れなかっただけかなって」
確かにあの雰囲気では断れなかっただろう。どうやら慧理もそこに不安があったようだ。
駿河はベッドから下りて背伸びをする。
そして振り返って言った。
「好きだよ。だからもうちょい、ね? ほら、段階ふんでさ、もう少し仲深めてさ……?」
言っていて恥ずかしくなる。
言葉を紡ぐほど、顔は火照り、目が泳ぐ。まともに慧理が見れなくなる。
「う、うん」
それは慧理も同じのようだった。
真っ正面から言われたことに恥ずかしくなって、顔を赤くし目を逸らしている。
「……」
「……」
互いに沈黙し、この空気をどうしようかと迷っていると、ノックがした。
静かにガチャリと
「二人ともぉ、早くしないと遅刻するぞぉ。イチャついてないで、早よ降りてこーい」
「あ、兄貴! い、イチャついてなんて……」
「あはは……じゃあ私、下で待っとくね?」
「あ、うん」
慧理はそう言うとドアを完全に開けて相河の横をすり抜けた。
「……」
相河が駿河をチラリと見て、そしてニヤける。
「な、なんだよ?」
「彼女、否定しなかったな?」
「?!」
相河はそう一言だけ言うとクククッと笑いながら、部屋を離れて行った。
「……」
別に関係を隠すつもりではないが、今の段階で話すつもりもなかった。
話したところでまだそこまで発展していないので、質問攻めにあっても困るからだ。
しかし慧理の久々の訪問と今の反応で、ある程度察せられたのではないだろうか。
(ま、遅かれ早かれ、おじさんから話聞くだろうしなぁ)
まぁこれからだしいいか、と開き直って、駿河は着替えるのだった。
いつものように朝食を取り、いつものように登校。
晴天の青空の中の当たり前の日常だが、今日から少し変化したように思える。
それは二人の関係が “ただの幼馴染” から “幼馴染で恋人” に変化したからだろうか。
「……」
「……」
あんなに気軽に話せたのに今は何を話題にしていいかわからない。
だが、こうやってただ歩いているだけだというのにどことなく居心地が良かった。
結局二人は一言も発せないまま学校に近づき、騒がれても面倒なのでお互い時間をずらして登校した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
駿河が教室に着けば、ざわざわといつも以上に騒がしかった。
見れば慧理の元に虫が群がるように同級生達が群がっている。
「慧理ちゃん昨日大丈夫だった?」
「早退したよね。たしか」
「うん、ごめんね。大丈夫だよ」
「ところで早退の時、誰かと帰ってたよね?」
「へ?」
「あれってさぁーー」
昨日の事について慧理が質問攻めにあっていた。
主に女子からで、男子はそれに聞き耳を立てている感じだ。
駿河はこれはしばらく大変だな、と席に着きながら他人行儀に思った。
しかしそんなのも束の間。
「おい、真宮!」
ダンっと駿河の机を叩くのは慧理ファンの同級生。
「お前昨日、朝いなかったけど、学校には来てただろ? そんで
「えーなんのこと?」
「しらばっくれんなよ!」
「別にけい……紅里が誰と帰ったってよくね?」
「よくない!」
このファンからは嫉妬のオーラが
(予想通りだったな)
昨日多くの生徒が見ている前での下校だ。
ただでさえ、ファンの男子生徒達からは高嶺の花として熱い眼差しを受けている慧理が異性とくっついて歩いているのだ。
嫉妬狂って当然だろう。
だから駿河はある程度は覚悟していた。
同じクラスならば後ろ姿で誰なのかある程度はわかるだろうから。
何やらワーワーと叫ばれているのを駿河は鬱陶しいが流して聞いていた。
ふと、慧理を見ると彼女も相変わらず質問攻めにあっているが、こちらをチラチラ見ていた。
そして目が合うとちょっと困ったように、けれど嬉しそうに笑った。
それが可愛くて釣られて駿河も笑う。
「あぁ! 真宮ぁ!」
「え?!」
どうやら今のを見られたらしく女子はキャッキャっと笑い、男子はさらに怒りの嫉妬を
ファンの男子が駿河に食ってかかろうとした時、ダンっと教室のドアが開く。
その強い音に教室内が静かになる。
入って来たのは
「なぁんか今日はより一層うっさくね?」
その言葉に返す人は誰もいない。
「あ、紅里さんはざまーす!」
「あ、うん。おはよう、劔木君」
劔木はそのまま教室の奥に行き、妙に群がっている男子生徒達の方へ向かう。
「おい、どけ。邪魔」
「ひっ、はい! すいません!」
そそくさと男子生徒が退き、そこに劔木が代わりに立つ。
つまり駿河の真ん前である。
他の生徒達は息を飲んで、駿河と劔木を見ていた。
「よう、おはよう駿河君!」
「ああ、おはようケンちゃん」
「昨日さぁ、来ないっつってたのに来てたよな?」
「あー……屋上から見てた? ごめんな」
「いや、いいよ。それより紅里さん大丈夫だった?」
「おう、そこにいるじゃん? 元気そうだろ?」
「おう! よかったよかった」
劔木は慧理を見て満足して頷き、「ところで」と駿河に向き直る。
机に頬杖ついて妙にニヤケている。
「駿河君さ、紅里さんと付き合ってんの?」
「ブフッ?!」
駿河はそのど真ん中ストレートに思わず吹いてしまった。
見れば慧理も顔が真っ赤だ。
クラスもざわざわと騒ぎ出す。
「ちょ、直球だね?!」
「こんなん誤魔化してもなー。で、どうよ?」
「どうって……ケンちゃん恨む?」
「いや?」
劔木は否定する。
だが告白しているほどだ。そして今でも慧理に対して挨拶は欠かさない。
まだ好きなのだろう。
少し罪悪感を持ちながら迷い、彼女の手前否定するのもなと思う。
「あー、うん、まぁそうだね」
曖昧だが肯定する。
答えた瞬間、女子がより一層キャッキャッと騒ぎ出す。
慧理もさらに顔を赤くして、固まっていた。
「あはは、そうか!」
当の劔木は軽く笑っていた。
「なんか、ごめんな?」
「謝んなよぉ。俺じゃなくて君が選ばれた、それだけさ」
「あー……ははは」
遠慮気味に笑う駿河に劔木はニカッと笑う。
「今日の紅里さんいつも以上に可愛いじゃん。きっと君といられるからだろうなぁ。応援してんぜ?」
次に駿河だけに聞こえるように声を潜めて続ける。
「ぶっちゃけまだ好きだけどさ、いつも君といる時が一番可愛いんだよな。んで、今日はまた一段と可愛い。だったら君といた方がいつでも可愛い紅里さん見れるんだわ。だから応援する」
「ケンちゃん……」
応援すると言っているが、遠回しに私利私欲が出ている。
だが、それはありがたいことだった。
もし劔木が敵に回ってしまったら自分はどうしたらいいんだと思っていたところだ。
「おーいファンの奴ら聞けよ?」
劔木は立ち上がり、周囲を見渡す。
「二人になんかしてみろ。俺がおめぇらをボコってやっから。覚悟しろよ?」
「ひぃっ」
ファン達は思いっきり縮みこみ、駿河から距離を取った。
「なんかあったら言えよ。助けに行くから」
「ああ、ありがとうケンちゃん。マジ心づえぇ」
「へへへ。んじゃ、サボるか。屋上行こうぜぇ」
「おう!」
駿河と劔木、それから取り巻き達が動き出す。
みんなビビってしまい、慌てて道を開ける。
「あ、シュン君、授業サボっちゃ……」
慧理が慌てて止めるが、駿河はひらひらと手を振るだけだった。
「はぁ、もうー……」
結局止められなかったことにため息を吐くのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
放課後。
劔木が応援宣言したのが効いたのか、あれ以降ファンから攻撃されることはなかった。
「じゃあな、駿河君!」
「ああ、じゃあなケンちゃん」
劔木と別れた駿河は一人校庭を歩く。
ふと周りを見るとちらほら他の生徒達がいる。だがみんな、何やら校門の方を見ていた。
駿河がそこを見てみると慧理いた。
(どこにいたって目立つんだなぁ)
ならばいっその事
堂々としてた方がいいような気がしてきた。
「慧理」
「あ、シュン君!」
「待ってたのか? わざわざ?」
「うん……一緒に帰りたくて」
「ああ、そうか」
二人は一緒に歩き出す。
前まではたまに一緒に帰ったって距離を取っていたおかげか、そんなに目立っていたわけじゃなかった。
しかし今朝の事で二人のことはすでに広まっていて、注目度が上がった。
好奇の目に晒されてしまっているが、むしろ知られているからこそ堂々と一緒に歩くことが出来るようになっていた。
「劔木君、いい人なんだね。てっきり不良だから怖い人かと思った」
「怒らせたら怖いけどな。でも友達としてはマジ心強くていい奴さ」
夕日の中、静かに歩いて行く二人。
いつもの光景で、けれど一昨日とは違う。
登校の時と同じように居心地のいい沈黙が訪れる。
「……?」
駿河はふと引っ張られた気がして横目で見ると、慧理が駿河の上着の裾を
それがなんとも可愛らしくて、思わずニヤけてしまう。
「慧理」
駿河は手のひらを慧理に向けて差し出す。
慧理は一度チラリと駿河を見て、それから嬉しそうにその手をとった。
まだ恥ずかしくて軽く握るだけの手。
けれど、それが二人にとっての大切な一歩だった。
穢れた太陽を受け入れて 江口龍未 @doramo
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