Ⅶ.その瞳に映る「ヒト」は

 会場となる公園は、既に大量の人でにぎわっていた。

 道沿いに屋台が所狭ところせましと並び、肉や魚介類の焼けるこうばしいけむり鼻腔びくうをくすぐる。

 アタシの頑強がんきょうな胃袋はそれを受け、帯の圧迫に逆らい、いてきた小腹を埋めよと熱烈に要求してくる。

 そんな豪快ごうかいな音をカズキに聞かれ顔が真っ赤になったしまったアタシに、彼は笑いかけると「ちょっと待ってて」と屋台へと向かい、すぐに美味しそうな匂いのする串二本と共に戻ってきた。

 アタシの好みど真ん中のネギま串で、見事に好みをつかまれていることを痛感させられてしまう。さすがは、私の彼氏だ。

 浴衣を汚さないように注意深く、けれど勢いよくかぶりつき、咀嚼そしゃくしていると、横に居る彼は時折何度もアタシを見つめてくる。

 彼の視線に素知らぬ表情をし続けていたが、内心では冷や汗をかいていた。

 まだ、私の彼氏であるカズキ。

 当然ながら、どういうくせがあるのかとか、どういう反応をするのか、なんてものは出たとこ勝負で、文字でのやり取りはさかのぼれるだけ確認はしたのだけれど、生身じゃないと分からないことなんて山ほどある。

 ということを、今更ながら思い知ってしまった。


 けれど、やるべきことは一つ。


 このデートを無事成功させること。

 そして、一見すると気にしてなさそうではあるのだけど、をどこかのタイミングでうまいこと弁明しなくては。

 

「さーちゃん、大丈夫?」

「ひゃっ?! あ、うん。大丈夫大丈夫」


 考え込み過ぎていたのか、気が付くと目の前にあったカズキの顔に慌てながら、アタシは食べ終わった串を屋台横にある青いポリバケツに入れた。


     *


 そのまま歩いていくと、アタシ達は目の前に大きなわんが広がる、花火を見るための観覧スポットへ到着する。

 芝生のあちこちでは既に多くの人がひしめき合って座り、その大半がカップルだった。

 ちょうど少しだけ空いたスペースにカズキがシートをき、ようやく一息つく。

 赤く染め上げられていた水平線は徐々に暗くなり、場に満ちるうわついた雰囲気と人のざわめきが生ぬるい潮風でさらに温まり、どこかから聞こえてくる祭囃子まつりばやしの音楽が、祭りの前の高揚こうようとなって満ちていた。


「……」

「……」


 正直なところ、アタシはここまでの時間をうまく使えていなかった。

 気の利いた会話の一つも出てこず、かといってデートらしい雰囲気もうまくかもし出せずにいる。

 そもそも、そんなに会話の切り出しがうまい人間でもないし、色々考えながら異性と付き合うより、気の置けない同性で遊んだほうがはるかに楽しいと思ってしまうような性分だ。

 だから、まともな恋愛経験もないし、そういうしているうちに少しだけあせりを感じるような歳になってしまった。

 今日の始まりだって、耐性があればなんてことはないはずなのに。

 ちらりとカズキを見ると、ちょうどあっちもこちらを向いたタイミングだった。

 目が合い、慌てて顔をらしてしまう。

 周りの仲睦なかむまじい様子が、いやおうでも目に飛び込んでくるので、段々と情けなくなってくる。

 ここまでの準備を見ればわかる。

 この瞬間は、本当の私にとって、とても大事なひと時のはずなのに。

 ――分かってるよ。

 もうこれ以上、私の恋路の邪魔をしない。

 アタシは深呼吸一つして、恐る恐る、手汗がようやく収まった自分の震える右手を、カズキの左手にほんの少し重ねる。それに対してカズキは、ゆっくりと手をからめてくる。

 それはアタシにとって初めてのはずなのに、身体は当たり前のように自然とフィットしていて、不思議な安心感があった。


「なんだか、初めてデートした時みたいだね」

「そう……、だね」

「さーちゃん、覚えてる? 三年前のこと」

「えっ、三年前……」

「うん、僕達が二度目に出会った時のこと」

「あはは、えーと」


 アタシと私「達」は四年以上前に分岐して、違う人生を送っている。

 だから、それ以降に起こった出来事となると、何一つ分からなくなる。

 アプリでのやり取りもごく最近のものだけで、あまり昔には遡れないため、三年前ともなると絶望的だ。

 でも、これはチャンスだとも思った。カズキと「今回」の過去の私との間に何があったのか知ることはとても大事なことだ。

 もし、この日々から解放されたら、今後の恋愛の参考になりそうだし。


「ほら、バイト先が一緒で、さーちゃんが少し先輩で、僕の教育係になって――」


 話を聞くと、あまりにもありふれた内容で拍子ひょうし抜けしてしまったというのが正直なところだった。

 同じ大学の、学部こそ違えど同じ学年であったアタシ達は、たまたまバイト先で知り合うことになる。そこでは先輩と後輩という関係で、それが次第に深まり、少し時間はかかったみたいだけど愛情へと変わり、大事な存在になった。

 もう既に二年の付き合いになるみたいだけど、何気に花火大会は避けられていたらしい。だからこそ、今日一緒に居られることがとても幸せだと、優しくはにかみながら「私」に言った。


 ……むう。


 アタシも多分そんな感じで過去に付き合ったケースがあったはずだ。記憶がおぼろげだけれど。

 どうしてこうもイイ感じ人とめぐり会えるのか。

 アタシの本質と言うべきか、大事なところをともすればアタシ以上に理解もしているカズキを前にして、段々とアタシは私に嫉妬しっとしてしまっていた。

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ガラスの靴で踊って、廻って 南方 華 @minakataharu

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