Ⅵ.覚悟を決めていざ「デート」の時間

 カズキとの約束の時間である午後五時前。

 ヘアメイクが終わってからの着付けに思った以上の時間がかかってしまい、結果、予定より一本遅れて電車に乗るというギリギリのスケジュールになってしまった。

 電車を出ると、日が少しずつ沈む時間だというのに、湿しめり気を含んだ温かい空気が少しだけ汗の残る肌にまとわりつく。

 着慣れていない浴衣での移動は何ともぎこちなく、若干気が滅入めいりながらも、待ち合わせの場所である駅と商業施設との連結ポイントである大きなエスカレーター前に到着する。

 きょろきょろと辺りを見回すのは、ここに集まる多くの男女も同じだ。

 何となく気恥ずかしさを覚えながらも、アタシの脳裏にその全裸姿がくっきりと刻まれたカズキを探すと。


 ――居た。


 彼は当然のことながら全裸ではなく、カジュアルな服を着て、壁を背にしながら端末片手にのんびりとした雰囲気で待っていた。

 アタシが駆け寄ると、彼はすぐ気づき、軽く手を挙げて応える。


「お、お待たせ」

「……あ、うん」


 例の事件のこともあり、彼の顔を直視出来ないアタシだったが、カズキのほうも、視線が何度も浴衣とアタシの顔を行き来しており、明らかに戸惑とまどっている感じであった。

 アタシはこめかみから頬へと冷たい汗がすべり落ちる。


 もしかして、似合ってないのだろうか。


 というか、アタシだって二十五歳にもなって、こんな浴衣を着るなんて思いもよらなかった。

 色も白地に、黄色と紅色べにいろの花を散りばめた実に若々しいデザインで、着付けの時は途中から店にやって来た専門のスタッフさんにひたすらめちぎられ、自分でもちょっとテンションが上がってしまった結果、このがらに決めてしまったが、よくよく考えたら年齢的に攻めすぎた感は否めない。

 そもそもが十年ぶりくらいの大きな挑戦だ。

 アタシの「記憶」では、最後に和服めいたものを着たのは成人式で、卒業式はスーツで参加したりと、こういった具合のものは敬遠していたわけで。

 でも、私がお膳立てしたのだから無下にはしたくないし……。

 と、思考が堂々巡りで段々と俯きがちになるアタシに、カズキはあわてて声をかける。


「あ、ごめん。いつもみたいな服で来ると思っていたから。――すごく、可愛いよ」


 私、というやつはおそらく、その一言が聞きたかったのだろう。

 そしてお恥ずかしいことに、アタシもそうだったようだ。

 気が付くと、胃に感じていた陰鬱いんうつな重たさは消えて無くなり、外から吹き込む生ぬるい風も、そんなには気にならなくなっていた。



 花火大会の会場は、駅から10分ほど歩いた先にある。

 こうして少し凹凸おうとつのある歩道を歩いてみると良く分かるのだけど、浴衣は勿論のこと、初めての履物はきもので歩くのは思った以上に辛い。

 辺りも随分と薄暗くなり、街灯があっても一つ間違えれば突っかかってこけてしまいそうな危険をはらんでいる。

 アタシはそそっかしいところもあるから、油断大敵だ。

 というわけで会話の一つもひねり出せず、形相ぎょうそうを見るからに苦戦しているのが丸わかりだったのだろう、カズキが思わず声をかける。


「大丈夫? 手、貸そうか?」

「あ、え、うん、えーと、うん」


 手を貸す、つまり手をつなぐということだ。

 大したことじゃない。アタシとカズキはカップルだ。

 目的地が同じであろう、周りを歩いている男女もそうしている。

 目の前を歩いているアタシ達より一回り若そうなカップルも、腕を組んで顔を寄せあいながら、より分かりやすく言えばイチャつきながら仲睦なかむつまじく歩いている。

 何一つ変なことではない、でも。


「その、手汗べちゃべちゃだから」


 我ながら断る理由が酷すぎて悲しくなってくる。

 実際のところ、緊張と戸惑い、気恥ずかしさと不安が一緒くたになった感情によって、確かにぬめりとして表れているので嘘ではないのだけど、もうちょっといい返しが出来ないものか、余裕の無さに反省会が始まりそうになる。


「そっか、ごめん、ハンカチとかなくて」

「ううん、いいよいいよ、多分夜になったら収まると思うし」

 

 彼の自然な気遣いが嬉しくて、胸元が熱くなる。

 本当にそうなってくれればいいな、とアタシは心底思うのだった。

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