第47話 最終決戦

 翌日。


「これが最後の予言です。あなたたちは、リサ・ヴェルクマイスター一人に殺されて死にます。ま、私の望む派手な破滅としては申し分ないでしょう」


「ちょっと待て。それってどういう……」


「バルタザールは相応の現金さえ支払えば、どんな魔法でも撃ってくれる【魔術神】。加えてリサは世界一の資産家です。有り余る現金を魔力代わりにして様々な大規模魔法や超魔法を撃ってきます。攻略法は一つ。奴の現金が尽きるまでどうにか凌ぎ、反撃すること。もっとも、それまで五体満足でいられればの話ですがね、キシシ」


 ガスパールは愉快そうに笑う。


「それと、メルキオールの権能は世界最強の力です。触れたものを全て等価の現金に換えます。触れるものすべてが黄金に変わってしまったという、憐れなミダス王のように」


「どおりでリサ社長が欲しがるわけね」


「そうだ。喉から手が出るほど欲しい」


 刹那、響き渡った声に反応し、俺と玲香さんはすぐさま飛び退いた。


 いつ現れた?


 全く気配を感じなかったぞ。


「リサ・ヴェルクマイスター。相手にとって不足はないわね」


「誰に向かってものを言っている?」


 リサ社長はゆっくりと歩を進めてくる。部下は連れていない。余程自信があるのか。


「もう誰も私を止めることはできない。パシフィック社の異世界資産1兆ベルと、現世資産1京円は私の支配下にある。これが即換金可能になれば、もはやどんな超大国も私には敵わない。世界は私の支配下に降る」


 リサ社長はまるで別人のような雰囲気を纏っている。それは俺を守ってくれた女社長というより、覇王のものだった。


「そのうえで、メルキオールの権能は必要だ。対し、私以外が換金の権能を持っていると非常に邪魔だ。だからそこの少女は殺す」


「キシシ、これは滑稽。たとえ現金を手にしたからってなんだというのでしょう?」


「なぜって、現金があれば、何でも手に入る。いかなる超大国も、これだけの資金を投入すればハイパーインフレでたちまち瓦解する。我々が支配し、その他はひれ伏す。私が両世界を統べる日が、来たということだ」


 世界平和という大仰な目標が暴走している。この女は、今や世界をまたぐ独裁者に成り果てようとしている。


 だが、そんな勝利宣言を聞いてなお、ガスパールは不敵に笑う。


「愚かですねぇ。金など幻想にすぎないというのに。所有など空虚な概念に過ぎないのに。神など、妄想に過ぎないというのに」


 ガスパールはさも愉快そうに笑う。


「なにがおかしい?」


「何がって、何もかもですよ。ただの紙切れに価値があるかのように崇め、誰かが誰かを支配するなどという意味不明なことをやり始め、神などというものが実在するかのように振る舞う。これがおかしくないわけもないでしょう」


「お前の言うことは矛盾している。お前は神で、藤堂英治に支配されていて、しかも金にまつわる権能を持っている。なのになぜそんなことが言える?」


「私たちは人間の妄想から生まれるのです。空虚な幻影にすぎません。あらゆる物事に実体などないのです。人も、世界も、神さえも! 色即是空。すべては虚ろで無常なもの。金? 神? 力? そんなくだらないものに価値を置いている時点で、器の底が知れるというものです。リサ・ヴェルクマイスター」


「その減らず口もいずれ叩けなくなるぞ。【複利の女神】」


「おぉ、怖い怖い。あなた、以前よりよっぽど厄介な女になりましたねぇ。ま、私には関係ないのでこれで失礼」


 ガスパールは透明化した。


 煽るだけ煽って退散とは。相変わらず話をややこしくしてくれるな。


 対するリサはすぐに怒りを鎮め、玲香さんの方へ向き直った。


「今ならまだ間に合う。私の飼い犬に戻れ。谷川玲香」


 自らの腹心を『飼い犬』と呼んで憚らないあたり、よほど自信があると見える。


「あなたの好きなようにはさせない。あなたのやろうとしていることは、世界平和の実現ではなく世界征服」


「世界征服と世界平和はほぼ同義だよ。それと、大罪人たる君に私を詰る資格があるとでも?」


「違うな」


 玲香さんは邪悪な笑みを浮かべる。


「別に私は世界征服を悪いことだとは思わない。だが、両世界を征服するのは私であってあなたではない。だから止める。それだけだ」


「ほう。さすがは魔妃だな。で、そこの少年はなぜ私と戦う?」


「レヴァを守るためです」


「ほう。単純で良いな。されど言うは易く、行うは難し。信念を貫くつもりなら行動と結果で示せ」


「言われずとも! 黒雷四式……」


 俺は黒の稲妻を召喚する。


「【裂空】」


「天上魔法【座天使の防城】」


 極太の雷撃は、突如として現れた翡翠色の城塞によって防がれた。下手したら魔王城よりデカいんじゃいないかというレベルの建物が、リサを守っている。黒の魔力は弾かれ、円盤状に拡散する。城塞は半透明。魔力で張ったシールドの類か。


「バルタザール。今のはいくらだ?」


「天上魔法ですので。おおよそ100兆円ほどになります」


「問題ないな。天上魔法……」


 リサは更なる詠唱を始める。これだけの大魔術を使っておいて、全く疲れている気配がない。


「【守護天使の軍勢】」


 剣と盾で武装した天使たちが複数現れる。いや、複数なんてレベルじゃない。何百人単位でいるぞ。


「全力で突破するわよ。でないと死ぬ」


「了解、黒雷八式【死棘】」


 黒の大樹が聳え立ち、無数の枝を生やして天使を次々と刺し貫いていく。


 玲香さんの方も、目にも留まらぬ速さでレディレイを振り回し、天使たちを斬り捨てていく。


「よし、これなら行け……」


 俺が勝機を感じ始めていたとき、急に天地がひっくり返った。


「な、」


 さらに鳩尾に蹴りを叩き込まれ、投げ飛ばされる。


 見上げると、リサの足元だった。


 思い切り頭を踏みつけられ、顔を上げることすらできない。


「あくまで私の前に立ちはだかるか。藤堂英治」


 倒れ伏した俺を見下し、リサは問いかけてくる。


 立ちはだかれてねぇけどな。


 そう言おうとしたが、血がこみあげてきて何も喋れない。


「ならばここで消え去れ。聖魔法【巨星天墜】」


 巨大な光弾がリサの指先に形成される。あんなの食らったら灰すら残らないだろうな。


 玲香さんも手一杯な今、頼れるのはガスパールの権能のみ。一つ賭けてみるか。


 俺は地面に指で【ぎゃく】とだけ書く。


 すると傷はもとに戻り、光弾はリサのもとへ吸い寄せられていく。


「神域魔法【絶対固定】」


 リサがそう唱えると、光弾は突如として停止した。


「【逆行】対策を何もしていないとでも?」


「していると思ってましたよ。ですが、」


「2000兆円です」


 バルタザールが宣告する。


「フフッ、随分と現金を食うようで」


 ガスパールはしたり顔で煽った。


「チッ、」


 リサは悔しげに舌打ちする。


 そうか。逆行自体は無効化されても、相手の現金を削ることはできる。これでリサの現金が尽きるのを待つしかないか。


「【逆行】」

「【絶対固定】」

「【逆行】」

「【絶対固定】」

「【逆行】」

「【絶対固定】」

「【逆行】」

「【絶対固定】」


 不毛な応酬が続く。だがリサの資産を確実に削るにはこれしかない。


「天上魔法【力天使の偉力】」


「【暴王の剛腕】」


 リサと玲香さんの拳がぶつかり合う。


 お互い凄まじい量の魔力を纏っている。衝撃波が吹き荒れ、地に伏せっている俺は目も開けていられない。


 だが、今こそがチャンス。


 バルタザールは同時に複数の魔法を使えない。【力天使の偉力】で肉弾戦に突入した時点で、二対一の利点を活かせる。


「黒雷一式【迅雷】」


 俺は全身に黒の魔力を纏わせ、突進した。手には魔力が集束し、禍々しい剣を形づくる。


 行ける!


 このスピードなら、行ける!


 そう確信した俺は、トップスピードでリサの右腕を斬り落とした。


「ぐっ」


 痛みに狼狽えたところへ、完全魔人化した玲香さんの掌底が迫る。


 顎への一撃。


 リサのネックレスに付属する、大粒の宝珠がひとつ、砕け散る。


 この宝珠はまさか、頭部などの急所への攻撃を無効化しているのか?


 さすがはリサ。何重にも保険をかけているというわけか。


 だが残り九つの宝珠も、玲香さんの目にも留まらぬ殴打のラッシュで瞬時に砕け散った。


「天上魔法……」


「黒雷六式【遠雷】。完成!」


「なっ、」


 俺の予め仕込んでいた時間差攻撃が直撃し、リサの全身は硬直した。


「「ぶっ飛べ!」」


 俺たち二人の拳が顔面に直撃し、リサは遂に気絶した。


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