第46話 資本主義という名の宗教

「じゃ、かけるわよ」


「はい、お願いします」


 玲香さんがスマホでリサ・ヴェルクマイスターを呼び出す。


 メルキオールが去り、管理者人格を封じたことを連絡しようとしているのだ。


 通話が終わり、玲香さんが口を開く。


「戦いは避けられそうにない」


「やはりそうですか」


 話を聞くと、リサ社長は、レーヴァテイン自体が危険な存在であること、メルキオールの権能を奪取したいことから、なんとしてもレーヴァテインを殺したいのだそうだ。


「手段を選ばない人ですね」


「昔からそうだったから。とりあえず異世界に戻って、作戦会議しましょう」


 というわけで今後の予定が決まり、俺たちはゲートを開いて異世界に戻った。だがサルーテはもう深夜だったので、もう寝ることにした。幸い、ミーティアの屋敷を間借りさせてもらえることになった。気まずいのか、玲香さんは野宿すると言って城壁の外へ去っていった。


 どうにも眠れず散歩していると、ガスパールもついてきた。何か理由をつけて煽られる前に、俺はかねてより考えていた仮説を確かめてみることにした。


「ガスパール、お前、本当は人間を信じたいんじゃないか?」


 俺が問いかけると、ガスパールは意外そうな顔をした。


「まさか。私は人間を信じたくないですし、信じてもいません。ただ派手に破滅する愚かな人間が見たいだけです。幸福の絶頂から転落していく哀れな人間の末路が、見たいだけです」


「虚勢を張っているな」


「そう見えますか?」


 ガスパールはなおも余裕の笑みを崩さない。


「お前、本当はその権能で人を幸せにしたかったんじゃないか?」


「私の権能を利用して、幸せになりたければなればいい。でも殆どの人はできない。そこを弁えているだけですよ。人間とは不幸になるようにできていると、思い知っているだけです」


 何というか、ガスパールの展開する持論には、諦めの感情が微かに感じられた。なんだか、全てを投げ出したくなって、自暴自棄になって、極論に突っ走った。そんなかんじがした。


「じゃあ俺は、例外になってやるよ。宝くじに当たった奴全員が破滅するわけでもないしな」


「そう簡単にいくでしょうか? 幸せは、手に入らないからこそ幸せなんですよ?」


「分かっているよ」


「で、そろそろお前の正体について知りたいんだが」


 俺は核心に迫る。前々から気になって仕方なかったからだ。


「そうですね、ヒントを上げましょう。まず前提として、宗教がなければ神など発生しません。だって神なんて、人間の妄想に過ぎないんですもの」


 そこまで言い切るか。


 というか、どうせはぐらかされるかと思ったが、意外に乗り気だな。


「ダゴンがキリスト教で語られる悪魔であるように、私も宗教に紐付く神です」


「お前みたいな神を祀る宗教は聞いたことがない」


「いいえ。絶対に聞いたことがあるはずです。世界宗教たるキリスト教をも越える巨大宗教なのですから。その宗教の名は、資本主義です」


「資本主義か」


 確かに。今や資本主義経済は人類全体の根本概念となっている。


「あなた方人類は、利息という概念を生み出してしまいました。私が誕生したのはまさにこのときです。借りた金を返すときは利息をつけて返さなければならない。例えば、1000億円の流通するコミュニティがあったとして、とある住人が100万円借りたとします。利息は一年で10%。つまり、一年後には110万円返さなくてはならない。となると、ですよ?」


 ガスパールはここからが重要なのだというように一呼吸置いた。


「そのコミュニティでは一年後、100億10万円の金が流通していなければならない。つまり、経済が成長していなければならない。利息とは資本主義経済にかけられた、永久に成長し続けなければならない呪いのようなものなのです」


「呪い……」


 利息をそんな風に考えたことはなかったな。


「止まることの出来ない列車に乗ってしまったようなものです。あなた方は。止まれば爆発して全員死ぬような列車にね。憐れな運命です。果たしてあなたに、その運命を変えることができますか? 紙切れに神聖な意味を与え、人々に利息という呪いをかけた世界宗教、資本主義を、根底から覆すことができますか?」


「それは……」


 できない。できるはずもない。


 たかだか45億円程度の金では。何も変えられない。


「私のような疫病神を消したいですか? ですが私を消したいのなら。永久に満たされることのない私の渇きを癒したいのなら。この世からお金を消し去ってください。我ら【資本主義の三女神】は、そうならないかぎり、不滅なのです」


「それでも俺は……」


「おっと。私を救いたいとか言うのはナシですよ? 人を不幸にすることしかできない私には、救われる資格なんてないですから。せいぜい誰かに消し去ってもらうのを待つのみです」


「その人物こそがリサだと?」


「どうでしょうね」


「ガスパール。やっぱりお前、本当はすごく傷ついているんじゃないか?」


「え?」


 ガスパールは意外そうな顔をした。


「私は破滅していく人間を高みから見物して愉しむ享楽の神。傷つくもなにもありませんよ」


「そうかな? お前は本当は、誰かに幸せになって欲しかったんじゃないのか? 俺はお前が、虚勢を張っているうちに自分の本当の気持ちを見失っているようにしか見えないんだ」


「そ、それは……」


「俺はレヴァだけじゃなく、お前も救いたい」


「だーかーら! 無理だって言ってるじゃないですか。資本主義経済ぶっ壊さないと私は救えません。共産主義勢力はそれをやろうとして失敗しました。他に有力候補はありません。無理なんですよ」


「神としてのお前を、じゃない。女の子が苦しんでいて、自分では苦しんでいることにさえ気づいていなかったら、助けないわけにもいかないだろ」


「キシシ、アッハッハッハ! トチ狂いましたか? 藤堂英治さん? 私を人間と同列にして語らないで頂けます?」


「じゃあなんでお前、泣いているんだ?」


「え?」


 ガスパールの瞳からは、大粒の涙が零れ落ちていた。ガスパールは慌てて涙を拭う。だが何度拭いても次々と涙があふれ出てくる。


「あれ、おかしいな。私、全然悲しくなんかないのに。嬉しくも、悔しくもありません。なのになぜ……」


「だから言っただろ。お前は知らないうちに傷ついていたんだ。本当は誰かの幸せを願っていた。けれども叶わなくて、自暴自棄になって、自分は破滅を見て愉しむ神だと自分に嘘をついた。それだけのことだろ」


「ちがっ……」


「違わないだろ」


 俺はガスパールをまっすぐ見つめる。


 対するガスパールは、俺の視線に気圧されているようだ。


「たまには好きなだけ泣いてもいいんじゃないか?」


「うぐっ、フッ、ここで好きなだけ泣ければ、どんなにいいことか……」


 ガスパールは悲しげな顔をした。だがその双眸に宿るのは、溟渤のように深い諦観。一体何が、彼女にこんな表情をさせているというのだろうか?


「私は結局、誰一人幸せにできなかった出来損ないの女神なんですよ。私に優しくしないでください。そんな資格、ありませんから」


 ガスパールは去ってしまった。


 相変わらず謎の多い女だが、完全な邪神というわけでもなさそうだ。

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