第45話 救済

 ちなみに、搭乗した飛行機は当然のごとくハイジャックされた。相手は三人の男だ。


「案の定ですね」


 犯人に気づかれないよう、玲香さんに囁く。


「さっさと制圧してくるわぁ」


 ゆっくりと立ち上がり、玲香さんは犯人の一人に歩み寄る。だがは犯人たちは、玲香さんの放つ殺気など気にも留めず、ガスパールに向かって話しかけた。


 こいつら、ガスパールの姿が見えているのか? 異世界人でもないのになぜ?


「ガスパールちゃん、また俺と契約しておくれよ。会社の資金繰りに困っててさ」


「俺も闇金に追われててさ。臓器売らなきゃならないかもなんだ。なぁ、また日利5%で俺の金を殖やしてくれよ」


 こいつら、過去にガスパールと契約していた人間なのか。ガスパールに憑りつかれると例外なく破滅するというのは、あながち嘘ではなかったらしい。


 ガスパール被害者の会といたっところか。


 そんな境遇の人間に、飛行機に乗る余裕があるとは思えない。


 リサか、あるいはパシフィック社が焚き付けたのだろう。ガスパールへの怨恨を利用して、俺たち……いや、俺を殺させるつもりだ。


「剣技【紫電三閃】」


 玲香さんが剣を振るうと、三か所同時に稲妻が走り、たちまち犯人たちを昏倒させた。


「くだらない妨害工作ね。何がしたかったのか」


 確かに。玲香さんの力を前にしては、時間稼ぎにもならない。ガスパールに罪悪感を抱かせるためなのか? あるいは俺に、破産する恐怖を与えるため? あいにく両名とも、そんなに繊細なメンタルの持ち主ではないが。


               ◇


 ハイジャックの事情聴取などで手間取ったが、俺たちはようやくズルツァー氏との対面を果たした。


 ズルツァー氏は、レヴァについての問診を始めようとはせず、いきなり頭に電極を繋ぎ始めた。


「あの、問診票書いたりとかしないんですか?」


「そんなことよりこっちの方が早い」


 しばらくモニターを見つめてから、ズルツァー氏が口を開く。


「治療はできるが、治療に成功すると君の言うレヴァという第二人格は消えることになる。それでもいいかね?」


「それはダメです」


 管理者人格、つまりダリア・フォン・ルーラオム本人の人格は邪悪そのもの。レヴァの人格を生かせなければ意味がない。


「ふむ、では本人の人格を鬱状態にするということが考えられる。倫理的には問題しかないがね。だが私は闇医者のようなもの。金を積むのであれば応じなくもない」


「考えたねぇ」


 遂に管理者人格が顕現した。


「私を倒せるの? 母さん。ま、育ての親の仇な以上、私は躊躇なく殺せるけどね」


 俺は心配になって玲香さんの方を見やる。だが、その顔、佇まいに一切の迷いはなかった。


「何度でも言ってやる。私は魔王の妃。私の血族は我らが軍勢をより強固にするためのみに存在する。そこに人の親のような無償の愛など、存在しない」


 そこまで言い切るか。玲香さん、いくらなんでも覚悟決めすぎなんじゃないか? とも思ったが、自らの子孫たる元老たちを何の迷いもなく殺すあたり、本当にこの人はそう考えるに至ったのだろう。


 それがいつなのかは知らないが。


「メルキオール。結界を」


 メルキオールとやらの姿は見えないが、奴は攻撃を紙幣に変える。能力の詳細は分からないが、起こった現象だけ見るとそういうことになる。


 実際、電極も紙幣と化して舞い散った。


「剣技【テンペスタ】」


 斬撃の数々が嵐のようにレーヴァテインを襲う。


 だが、紙幣が舞い散るだけで、なんらダメージは与えられていない。


「土魔法【尖塔穿旋】」


「無駄だって。足元にも結界は張ってある」


 玲香さんの魔法は不発に終わったようだ。おおかた、地面を隆起させて結界の外に放り出そうとしたのだろう。確かに、もし本当に全てを換金できるのなら、当然無意味な攻撃となる。


 いや、待てよ。


 本当に無意味なのか?


 玲香さんの土魔法が防がれたということは、今レーヴァテインは札束の上に立っていることになる。


「極大魔法【煌炎爆砕】」


 地面に手を当てたまま、玲香さんは詠唱する。


「だから無駄だっ……うわっ」


 地下からせり上がってきた火球を換金してしまったせいで、こんどこそレーヴァテインの足場は札束の山だけになった。


 しかも、【煌炎爆砕】が削り取った地面の体積より、札束の体積の方が少ない。落とし穴が作られたようなものだ。


 体勢を崩し、落下するレーヴァテインを空中で捕まえ、玲香さんは思い切り眼前へ引き寄せる。


「これで終わりね、ダリア」


 玲香さんの強烈な平手打ちが炸裂し、レーヴァテインは気絶した。


「鼓膜が破れてないか、後で確認しないとね」


 いや、鼓膜というか、脳震盪起こしてないか心配なレベルの一撃だったんですが。


「英治くん、早く抑鬱剤を!」


「はい!」


「水魔法【澪鏡水】」


 玲香さんは魔法で冷水を浴びせかけ、レーヴァテインの意識を回復させた。

 それと同時に俺は首筋に注射を打ち、投薬を終える。


「やってくれたな、谷川玲香。貴様らもろとも……」


 と言い腕を伸ばしかけた途端、レーヴァテインは急に脱力した。


「うそ、私、こんなにも多くの人を殺して……うっぷ、ぐぇ、」


 レーヴァテインは嘔吐し始めた。


 そこへ、金色のティアラをつけた少女が歩み寄る。


 まさか、こいつがメルキオール?


「罪の意識に圧し潰されましたか。あっけない。ではあなたの第二人格に乗り換えます。パズズには死んでもらいましょう。スリルを味わえないのなら、あなたとの契約を続行する必要もありませんしね」


 メルキオールは冷酷に宣言する。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、私は、一体なんてことを……死んで償います」


 研究所を飛び出そうとしたところで、レーヴァテインの足が止まる。


「あなたに死ぬ権利はない。私と一緒に、生きて罪を償うの」


 このかんじ、レヴァか。


「レヴァ!」


「英治さん!」


 レヴァは引き返し、こちらに向き直る。


「私、生きたいです! 英治さんが私を楽にするために殺そうとした気持ち、今ならすごくよく分かります。でも、私は生きたい! 破壊と殺戮を繰り返して、挙句の果てに悪魔に食われてしまった他人格の分まで、私はこの世界を生きたいです!」


 そんなレヴァの魂の叫びに、俺は感動しかけていた。レヴァは、罪悪感を担う覚悟を決めたのだ。そして、克服したのだ。自分の運命すらも。


「よく言った! さすがはレヴァだ!」


 俺は全力でレヴァを抱きしめた。


「おや、メルキオール。久しぶりですねぇ。相変わらずスリリングな人生を観察する悪趣味は続けているのですか?」


 ガスパールが顕現し、メルキオールに語りかける。


 全く、感動の再会場面に割り込んでくるとは、相変わらず面倒な女神だ。


「あなたほどの悪趣味ではないと思いますがねぇ。私が見たいのは乱高下。ジェットコースターのようにスリリングな資産の増減を見たいのです」


「私の趣味趣向と似たようなものじゃないですか」


「断じて似ていません。一緒にしないでください」


 俺からすれば、二人ともド畜生女神に変わりないがな。

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