第38話 大聖女と元老悪魔

 目が覚めると、白い部屋に寝かされていた。


「気が付きましたか?」


 青髪の女性が近くに座っていた。神官服のようなものを着ている。


「あなたは?」


「紹介するわ。こちら、ミーティア・デ・アルギュロス。私のかつての仲間、レギアの子孫よ」


 レギア……勇者パーティにいたという神官レギアか。器用貧乏とかなんとかディスっていた気がするが。


「藤堂英治です。助けて頂き、ありがとうございます」


「お気になさらず。私は人を助けるのが仕事ですしね。それより、」


 ミーティアは振り返り、背後に目をやる。


 レヴァが口に布を突っ込まれた状態で白目をむいて気絶していた。


「あの子、意識を取り戻す度に舌を噛んで自殺しようとするんです。どうにかなりませんか?」


 話を聞いてみると、何度か昏睡魔法で強制的に気絶させているらしいが、ふとした隙に目を覚まし、舌を噛み切ろうとするのだという。


「よほど罪の意識に苛まれているのでしょうね。可哀想に」


 いや、それだけではない。俺はあの時間違いなく、管理者人格もろともレヴァを殺そうとしたのだ。俺に裏切られたレヴァの絶望は、計り知れない。


「ミーティア。とりあえず一ヶ月。この子の意識が戻らないよう封印してくれない? その間に解決策を見つけてくる」


「本来であれば、あなたのような歴史的大罪人の頼みなど聞くべきではないのですが……あくまでこの少女を救うためであれば、協力いたします」


「ありがとうございます!」


 俺は玲香さんより早く頭を下げていた。


 一方、玲香さんは感謝の言葉すら口にしない。


「玲香さん、どうしました?」


「隠れてないで出てきなさい」


「おや、見つかってしまいましたか」


 長身痩躯の紳士が立っていた。その顔は死人のように青白い。


「私はデネブ・フォン・ルーラオム。魔王アラキエル様の諮問委員が一人。まぁ、相談役みたいなものです。元老と呼ばれることもありますがね」


「極大魔法……」


 ミーティアが巨大な魔法陣を展開し、何やら大魔法を発動しようとする。


「おっと、今はそういうのはナシで」


 展開された魔法陣にデネブが紋様を書き足すと、急速に魔力が拡散していき、極大魔法は不発に終わった。


「この悪魔め……よくもぬけぬけと大聖女たる私の前に出て来れたわね」


「我々は確かに悪魔ですが、悪魔らしさという点ではそこの魔妃さまには到底及びませんよ」


 デネブは何事もなかったかのように続ける。


「アラキエルのような純血でもないキメラを魔王に据えて良いのか、我々元老の間でも意見が割れていましてね」


 てっきりアラキエルを倒した復讐に来たのかと思ったら、そうでもないようだ。


「アラキエル亡き今、真の魔王たる資格があるのは誰なのか、議論になっているわけなのです」


 やはり玲香さんとハダルの血を引いているのか否かが、魔族内でも重要なファクターになっているのか。


「あなたには魔王として再臨して頂きたい。そう思って伺った次第です」


 玲香さんなら断るだろう。一度は自分を追放した魔王城へ戻るなんて考えられない。


 だが、玲香さんが再臨してくれれば、魔王城での魂を移植する技術の探索がしやすくなる。ここは引き受けてほしいところだ。


「いいでしょう。仮にもルーラオム姓を名乗る私の子孫の頼みとあれば、断れないですしね」


 そんな俺の希望が伝わったのか、玲香さんは承諾した。


「封印は確実にしておきますから、行ってきてください」


「すまないわね。迷惑をかけるわ」


 玲香さんは申し訳なさそうに言う。


「礼など不要です。あなたが私の先祖を何とも思っていなかったことくらい、察しはついています。さ、出ていってください。大罪魔妃の玲香さん」


「……」


 ミーティアの言葉に、玲香さんは何も返せないようだった。


 玲香さんは勇者パーティの仲間を踏み台と言って切り捨て、挙句の果てには勇者アウレアをその手で殺した。そんな玲香さんの胸中に、どんな感情が渦巻いているのか。俺には推し量ることすらできなかった。

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