第37話 女神の悪趣味

「そう。私は死産でした。ですが生き返らされたんです。あの悪趣味なキメラにね。お母さま」


 その一言で、玲香さんは崩れ落ちた。


「アラキエル……どこまでも私の尊厳を踏みにじってくれる……」


 アラキエルはもう殺した。だから復讐は済んだようなものだが、それでも玲香さんにとっては耐え難い苦しみだろう。長年敵対してきた相手が、自分の愛娘だったのだから。


「キシシ、最高に愉快ですね。これが私の身体を切り刻んだり、消し飛ばしてくれた罰ですよ、谷川玲香」


 ガスパールは未来予知ができる。何より神なのだから、玲香さんより長く生きている。


 最初から知っていて当然か。その事実をこのタイミングで言うのが最も玲香さんを苦しめることも、分かったうえで敢えてやっているのだ。


「運命とは実に酷なものですね。娘と戦わなければならなくなるとは。さらには、救いたい人物が娘によって支配されているとは。ねぇねぇ、【ルーラオムの魔妃】さん?」


 ガスパールは満面の笑みを浮かべて問う。


「今、どんな気持ちですかぁ?」


「くっ、うぐぁああああああああ!」


 玲香さんは絶叫し、半狂乱のままガスパールに掴みかかる。だが、逆行の権能で腕は強制的に元の位置に戻され、骨が折れて肉は裂けた。


 そのまま玲香さんは気絶してしまった。


「ガスパール、俺はお前を心の底から軽蔑する」


「軽蔑程度で済んでよかったですぅ。リサに同じことをしたら、問答無用で消し飛ばされていましたからね。でもあなたにそれはできない。だって私は!」


 ガスパールは嘲るようにこちらを見下ろす。


「あなたの命の恩人だから!」


「くっそが!」


 俺は思いきり地面を叩いた。


 なぜだ。


 なぜこんな女神にデカい顔をされなければならない。嘲笑されなければならない。


「なんだか二人とも苦しんでるみたいだけど、事実を言われただけでしょ? 私の生みの親はハダルと谷川玲香。育ての親はアラキエル。それだけの話でしょ。問題はさぁ、そこの少年に私が殺せるかってことじゃない?」


「望みとあらば殺してやるよ」


 俺は絞り出すように呟いた。


「え? なに?」


「レヴァもろとも、お前を殺してやるっつってんだよ! お前のせいでレヴァが苦しむなら、レヴァもお前もこの世から消すだけだ。黒雷七式……」


 俺は黒の魔力を腕に集中させ、剣の形を取らせる。


「【断山】」


 横薙ぎの斬撃がレーヴァテインに迫る。もうここで、苦しみの連鎖は終わらせる。レヴァも、玲香さんも、これ以上苦しまなくて済むように。


「メルキオール」


 レーヴァテインがそうとだけ唱えると、紙幣が舞った。


 黒の斬撃は消えている。


「な、何が起こった?」


「なに……やってるの? 英治さん?」


「っ! レヴァ!」


 いつの間に人格が切り替わっていたようだ。


「私を殺そうとしたの? あの時の言葉は、嘘だったの? 私を! 助けてくれるんじゃなかったの!」


「違う、これは!」


 いや、何も違わない。


 俺は要するに、これ以上苦しみたくなくて。苦しむ人を見たくなくて。要するに自分が楽になりたくて、レヴァの肉体を殺そうとしたのだ。


 何も違わない。


「英治さんまで、私を裏切るの?」


 レヴァは絶望し切った目でこちらを見つめる。


「違う、俺は!」


 俺は思わずレヴァへ駆け寄る。だが、それが間違いだった。


「はい残念」


 瞬時に人格交代したレーヴァテインが、俺の脇腹を抉り取っていた。


「ぐがっ」


「私の裏人格を救いたいんだか何だか知らないけど、邪魔しないでよね。あれは貴重な生贄なんだから」


 管理者人格のそんな言葉に反論もできず、俺は意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る