第29話 勇者の幻影
しかし、鎧を着た一際デカいモンスターがのそのそと歩み寄ってきた。玲香さんの威厳にあてられてなお動けるとは、高位のモンスターなのだろう。
「ほう。デーモンナイトか。さすがは魔王の近衛ね」
玲香さんはなおも余裕を崩さない。
「魔王アラキエル様がお前と話したいと仰っている。城まで来てもらおう」
デーモンナイトはいきなり攻撃を仕掛けてきたりはせず、平和的に話しかけてきた。意外だな。
だが、それに対する玲香さんの反応は、実に対照的なものだった。
「土魔法【重力渦】」
詠唱とともにデーモンナイトの身体は突然玲香さんの右手に吸い寄せられ、宙に浮く。そこへすかさず左回し蹴りを叩き込まれ、敵は身体をくの字にへし折られた。
衝撃で鎧は粉々に砕け散り、デーモンナイトは気絶してしまった。
「ちょっ、玲香さん!」
「こんな小間使いを寄越して私を呼びつける気? そっちから出向くのが礼儀でしょう? アラキエル」
すると、どこからともなく黒い影が走り、狼頭の人間の身体を形成した。
まさか、そのアラキエルとかいう奴なのか?
話の流れからして、アラキエルこそが現魔王ということになる。俺、魔王の放つ殺気にあてられて死んだりしないよな?
「久しいな。谷川玲香。その傲岸不遜な口ぶりからすると、どうやら懲りていないようだな。ならば貴様の罪、もう一度思い出させてやる」
狼頭の顔は、瞬時に人間のものに変化した。金髪碧眼の美青年だ。
「まさか、勇者アウレア?」
「久しいな。【転生者】レイカ」
勇者アウレアと呼ばれたそのキメラは、歪んだ笑みを浮かべた。
「アウレア。あなたは二十年前に私がこの手で殺したはず。なぜここに?」
え? 現魔王って元勇者なの? 俺は戸惑いを隠せない。
「バカが。アウレアはもう私の一部となったのだよ。完全に死ぬ直前にな。死体を全て灰にしなかった貴様のミスだな。これは。ククッ」
なんだ。勇者とは別人か。じゃあただの現魔王というわけだ。それでも脅威には変わりないが。
アラキエルは愉快そうに笑い、一振りの槍を構えた。
「それは…魔槍アルデバラン?」
「それだけじゃない。剛棍ハル・ベルも、聖剣オートクレールもある」
「大した墓荒らしね」
どういうことだ? 今アラキエルが挙げた武器の名前は、勇者パーティに縁のあるものなのか?
「戦士バルカの使った剛棍ハル・ベル。こいつを使ってなぶり殺すのもいいかもな」
次の瞬間、アラキエルは身の丈を越える長さ、そして神殿の柱かと思うほどの太さの鉄棍を片手で抱えていた。あんなので殴られたらひとたまりもない。
「まずは潰れろ、転生者」
アラキエルは鉄棍を振り抜く。が、もう既に玲香さんの姿はなかった。
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