第19話 女神vs女社長

「ハッ、腕がある!」


「気づきましたか、玲香さん」


 念のため自動防御システムで張っておいた結界の中で、玲香さんは目を覚ました。


「レーヴァテインは?」


「疲れたみたいで、眠ってますよ」


 年相応に腑抜けた寝顔で、さっきまでナイフを振り回していた少女は眠っていた。


「レーヴァテインの多重人格のこと、聞いたのね」


「はい。本人以外の人格の魂を代価にして、複数の悪魔と契約しているとか」


 玲香さんは頭を抱え込んだ。


「ガスパールがリサ社長に憑りついたとき、最大の脅威となって立ちはだかったのがレーヴァテインなの。まさかこのタイミングで再来するとは。あんた、ホント疫病神ね」


 玲香さんはガスパールを睨みつける。


「疫病神とは。光栄の極みです」


 ガスパールは相変わらずニヤついているだけだった。


 その後、タクシーに乗りしばらく走ると、パシフィック社本社ビルに着いた。玲香さんにはもう飛行するだけの体力はなかったようなので仕方ない。


 すぐさま玲香さんの部下らしき男が駆け付け、俺たちを社長室まで案内した。ドアを開けられ、入るよう促されたのは、異常なまでに広い部屋だった。まるで宮殿の一室のようだ。


「君がガスパールの新たな契約者か」


 二十代後半くらいの女性が座っていた。思っていたより若い人なんだな。だが、威厳と風格に関しては並みの社長とは比べ物にならない。発する言葉の一つ一つが、呪力を帯びているように感じる。


「あぁ、君たちを襲い、自衛隊員にNAMLとかいう文字を空に描かせたのは、レライエの権能だ。奴は人々を操り、戦争を引き起こすことが出来る。ま、今回はちょっとした騒動で済んだから良かったがね」


「そ、そうなんですね」


「それと、セーフハウスを吹き飛ばしてくれたアメリカのPMC、【ニーズヘッグ】はわが社の子会社となった。要はTOBだよ。分かりやすく言うと、もう空爆の心配はなく眠れるということだ」


「はぁ、なら良かったです」


 色々裏から手を回してくれていたということか。なんだか気圧されてしまったが、ここは素直に感謝しなければ。


 そんな中、ガスパールが顕現する。待て。あの社長とガスパール、相当険悪な仲なんじゃなかったか?


 対応策を考える暇もなく、リサは人差し指をこちらに向けた。指先には巨大な光球が形成されていた。それはどんどん膨らみ、輻射熱で調度品が融けたり焦げたりし始めている。


「逃げるよ!」


 玲香さんに抱えられ、窓を突き破ろうとする。だが、


「うぐっ、」


 玲香さんの身体は何かに弾かれたように押し返された。


 結界でも張ってあるのか? 何にせよ、このままだと俺たちまで余波をくらって消されそうだ。


「聖魔法【浄華聖焔】」


 玲香さんは血を吐きながら詠唱し、立方体状の白炎を形成した。


 爆音が響き、白炎もろうそくの火のごとく吹き飛ぶ。


 おそるおそる目を開けると、ガスパールの上半身は消し飛んでいた。


「死にに来たか、変態女神が」


「これはこれは、随分なお出迎えで」


 リサとガスパールが対峙する。


 これはとんでもない修羅場に居合わせたかもしれない。しかも俺たちは逃げられないって、完全にとばっちりじゃねぇか。

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