第16話 暴王の咆哮

「レーヴァテインの攻撃を凌ぎ切ったようですね。さすが、私が見込んだ男です。こんなところであっさり死なれては私が愉しめないですからね」


 ガスパールは相変わらずの畜生ぶりだ。


「お前を愉しませようと思ったことなんか一瞬たりともないからな。こっちは10億を守り通して生き延びるのに必死なんだ」


「アハハ! 14億では? っと、10億で合ってますね。なるほど。パシフィック社の商品を買いましたか。そうですか」


 ガスパールは高らかに哄笑する。


「あなたは本当に、自分のために金を使うことしかしない。いいですねぇ、その自己中心的な性格」


「命の危機なんだ。誰だってそうなる」


「そうでしょうね。ただあの女、リサだったら、自分の命よりも、他人の命とか、自分の信念とか、あるいは正義なんてものを優先したでしょうからね。違いに驚いただけですよ。あなたは実に人間らしくていい」


 リサとやらがどれだけの聖人君子なのかは知らんが、ガスパールを喜ばせる結果となったのが気に入らない。


「ガスパール、いい加減にし」


「危ないから下がってて」


 玲香さんに抱きかかえられ、俺は横へとどけられた。


 玲香さんは右半身を捻り、体全体を使って腰の入ったパンチを繰り出した。レライエはすんでのところで避けたが、アスファルトは粉々に割れ、粉塵が舞い上がる。


 なんて威力だ。さすが異世界の勇者とやらを殺すだけのことはある。


 強烈な殴打のラッシュを受け、レライエはボロ雑巾のように宙を舞った。どうやらレライエの方も遂に避け切れなくなり、一発食らってしまったようだ。


「レディレイ」


 玲香さんの右手には銀色の長剣が握られていた。目にも留まらぬ速さで剣を振るうと、空中で身動きが取れないレライエの四肢と首は、瞬時に切断された。


「【暴王の咆哮】」


 すかさず、玲香さんの身体に変化が起こる。右半身が黒い硬皮に覆われたのだ。右眼だけが赤く光っている。これじゃあまるで、


「悪魔じゃねぇか」


 狩人の恰好をしたレライエよりも、玲香さんの方が悪魔らしく見えた。これも、魔王の血を飲んだからこそ為せる業なのか?


 その右掌はパックリと割れ、獰猛な肉食獣のような口が現れた。次いで、そこから黒紫の閃光が放たれた。無音だというのに、圧倒的な迫力を感じた。音さえも呑み込むような破壊の奔流。本能的な恐怖を感じた。


 細切れにされたレライエは、瞬時に滅却された。塵ひとつ残っていないようだ。


 これが【ルーラオムの魔妃】の本領。


 異世界魔王の実力の片鱗を受け継ぐ者の実力か。


 俺は正直異世界とか言われてもピンと来なかったが、その存在が一気に実感できた。これは確実に、この世ならざる力の頂点。紛うことなき異世界由来の力なのだ。

 今更ながら、とんでもない世界に関わってしまった。


 というか、宝くじに当たっただけなのに、なんでこんなとんでもない現象を見せつけられているんだ。平穏に暮らしたいだけなのに。


「ほーう、久々にいいものを見ました。これが隠された実力? 真の力の片鱗? 自覚有り無双? というやつでしょうか。なんにせよ、久々に【ルーラオムの魔妃】の本領が見れて興奮しています」


 ガスパールは恍惚の表情を浮かべている。気持ち悪いな。


「さ、とにかく本社に行くわよ」


 玲香さんは手を差し伸べてくる。既に黒の硬皮は消えていたが、俺はその手を取ることができなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る