第10話 ナムル

 ここは寝るとしよう。


「さて、じゃあもうひと眠りしますかね。玲香さんは、まさか徹夜で結界を張るつもりですか?」


「いやいや。結界を維持できる道具があるのよ。それに魔力を込めて今日は寝る」


「そうですか、じゃ、おやすみなさ……」


「ッ! 伏せて!」


 玲香さんが叫び、無理矢理床に押し付けられる。間髪入れずに両耳を塞がれた。


 敵襲だろうか。結界のおかげか、爆音も衝撃も伝わってこない。


 おそるおそる目を開ける。セーフハウスはマンションだったのだが、俺たちのいた最上階の壁、天井は綺麗に吹き飛んでいた。


「な、なんですか?」


「言ったでしょ。複利の力を狙う連中はたくさんいるの。君の口座残高の異常な増加を見て、どっかのテロ組織が目をつけたんでしょ」


 テロ組織って俺みたいな一般人の口座まで監視しているのか? そんはずはない。これはどうにもおかしい。


「玲香さん、これってもしかして……」


「とにかく逃げるよ!」


「おやぁ、大変そうですね」


 高速飛行を始めた玲香さんに背負われていると、ガスパールが吞気に声をかけてきた。


「そうそう、藤堂英治さん。あなた、銀行強盗から逃れてもアメリカのPMC(民間軍事会社)から襲われるので、ご注意を」


「そういうことはもっと早く言え!」


「でも私、久々の東京観光で忙しかったんですもの。それに、あなたには谷川玲香がついているので問題ないと思っていました。嘘です。傭兵に無様に殺されるあなたの姿も見てみたいと思っただけです」


 こいつ、やはり噓がつけないのか。ド畜生女神なことに変わりはないが。


「では私は寝るので、おやすみなさい」


「このっ、ガスパール! 覚えていろよ!」


 俺は負け犬のような捨て台詞を吐き、玲香さんと共に飛び去った。


「玲香さん、やっぱりテロ組織なんかじゃないですよ。そもそもただの武装組織が俺の口座なんか監視しているわけありませんて」


「どっから漏れたのかしら」


 そんなことを話していると、突如として戦闘機の轟音が響いてきた。はるか上空を飛んでいるようだ。スモークを焚いており、軌道を細かく変えて文字を描いている。夕焼け空に描かれた煙文字を見る。そこにはこう書かれていた。


【NAML】


「ナムル? 韓国料理かしら?」


 そんなわけないだろ。


「いや、この状況でそれはないでしょう。おそらくこれは、【Network for Anti Money Laundering】の略ですよ。テロ資金供与防止のためのネットワークです。マネーロンダリングの疑いのある取引をピックアップして、政府、金融機関で共有するための情報網です」


「へぇ、そんなのがあるの。君、新聞取ってないのに情報通なんだね」


「逆に国際テロ組織と戦ったことがある玲香さんはなんで知らなかったんですか?」


「うっ、まぁいいでしょ。それより、一国の政府が相手ってなるとマズいから、下手に手を出せないね」


 そうだろう。PMCが相手とはいえ、その依頼主はおそらくアメリカ政府。パシフィック社と合衆国の戦争なんてことになったら色々とマズい。

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