10 お猫様連行作戦


 くついでカウンターに上がり、かべに取り付けられた黒いアイアンたなの上の、眠ったまま一つも動かないお猫様ねこさまわきの下にそうっと手を入れる。


「ごめんね、てるとこほんとごめんね、少しだけだから…って、なにこれ重おおおぉぉい!」

 全然持ち上がらないんですけど!?


 良心りょうしんがとがめてカウンターの上につま先立ちだったけれど、今度は足のうらをしっかりつけて、こしを入れてグッと持ち上げる。けれどほんの少し、上半身じょうはんしんが持ち上がっただけだ。


「なにこのネコォォォォ! 重たすぎでしょ! ネコの体重じゃないんですけど!」

 こんなにわたしがハアハアいって動かそうとしてるのに、お猫様ねこさまはほんの少し片目かためを開けただけで、めんどくさそうにまたねむってしまう。


 力ずくでれて行くのはムリ。これは作戦さくせんらなきゃダメだ。

 ためしにまどのところのねこじゃらしを目の前でってみるけど、全く反応はんのうなしの塩対応しおたいおう


「エサでったらいいかな? もう食べつくしてるかぁ。明日もってこようっと」

 でも、明日もクロツキが留守るすにするようなチャンスがあるかどうかはわからない。それにあの重さのお猫様ねこさまっこしてはこぶのはムリだ。でもキャリーなんか持ってきたら、クロツキにバレてしまうし。


「う~~~ん」

 これはしっかり作戦さくせんを考えなきゃ。


 次の日、学校が終わると駅前のショッピングモール内のペットショップで、一番高級なカンヅメと細長いパウチに入ったおやつを買ってきた。本当はガチャガチャをやろうと思って貯金ちょきんしてたけれど、仕方しかたない。


 お財布さいふやハンカチやリップクリームも一緒いっしょに手さげぶくろに入れる。これは上が巾着きんちゃくになっていてひもでぎゅーっと閉じられるから、お猫様ねこさま連行用れんこうようにもなるでしょ。

 チャンスをねらってわたしはカフェの手伝いを続けた。


 開店してすぐの午後二時ごろは主婦しゅふのお客さん。それから夕方になると女子高生や大学生で、夜は仕事帰りの女の人が常連じょうれんなんだって。

 お客さんがいない時も、クロツキは季節きせつのメニュー開発かいはつやスイーツ作りの練習で、休まずに動き続けている。


 ネコって一日二十時間くらい寝るんじゃなかったっけ? そこは人間化してるのかな?


 お猫様ねこさまはあいかわらず一歩たりとも動かない。トイレに行くのも、エサを食べるのもクロツキにかれていく。そのくせよく食べるの! いつも完食かんしょくしてる。


「だからあんなに太って重たいんだよ」

 ボソッと言ったわたしのひとり言を、寝てるはずのお猫様ねこさまは耳だけこっちに向けてちゃんと聞いていた。


 一週間がたっても、この間みたいにお店の中でわたしとお猫様が二人きりになるチャンスはない。

「あー、やっぱ無理むりかなぁ」


 ちょうど読書していた常連じょうれん佐々木ささきさんが帰ったところで、今は他にだれもいない。テーブルをいていると、電話が鳴った。


「カフェロシアンブルーです。はい、店長はぼくですが。…えっ、コタツが事故じこ!?」

 思わず手が止まる。今、コタツ、事故って聞こえたけど…


「わかりました、すぐ向かいます」

 電話機でんわきを置くと、クロツキは黒いエプロンを外した。


「どうしたの?」

「コタツが配達はいたつ中に事故じこったんだ。大したケガじゃないけど、病院に来てくれって。店はめるが、宅急便たっきゅうびんが来る予定で。スイーツの材料ざいりょうで生ものだから、受け取っておいてくれないか?」


「あ、うん、わかった。冷蔵庫れいぞうこに入れればいい?」

「ああ、たのむ。じゃあな」

 フサフサのしっぽをらしながらクロツキは走って出て行った。


 お店の中にはわたしとお猫様ねこさまの二人きり。ナナちゃんはキャットタワーの上でている。

「…チャンスじゃん」

 今やるしかないでしょう!


 わたしは早速さっそく細長いパウチのおやつを開けて指にちょっとつけ、ねむっているお猫様ねこさまの鼻の前に指を置いた。これ、どんなネコも大好きなやつ。すると目をじたままぺろっと食べられてしまう。


 もう一回。ぺろっ。起きてくれないかなぁ。ぺろん。なんで一つも動かないかなぁ。ぺろ。


「もーっ! このズボラネコ!」

 こうなったら最高級さいこうきゅうカンヅメの威力いりょくを見せつけてやるんだから!


 わたしはわざと少しだけはなれてカンヅメを開ける。パカッという魅力的みりょくてきな音に、お猫様がパチッと目を開いた。

「ほぅら、一番高いやつだよ~おいしいよ~食べたいよね~?」


 真ん丸の目でこっちを見ている。お猫様は三毛ネコで、顔の右側みぎがわ薄茶うすちゃ色、左側ひだりがわは黒、鼻から下は白だ。起きてる顔を初めてまともに見たけど、顔の輪郭りんかくも鼻の形も丸っこくてかわいいんだな。


 指でつまんで、一かけずつカウンターの上に置いていく。するとお猫様がのそのそと立ち上がり、真ん丸な体をぷりぷりさせながら、ドッスン、ドッスーンとゆーっくりたなから下りてきた。おそっ…


 カウンターに点々てんてんと置かれたフードを一つずつ食べながら、だんだんこっちへ近づいてくる。

「そうそう、いい子だね、おいしいよね。じっとしててね…!」


 だんだん緊張きんちょうしてくる。落ちつかなきゃ! わたしは深呼吸しんこきゅうした。

 手さげぶくろ両手りょうてで広げて、そーっと近づいて、フードに夢中むちゅうになってる丸い背中せなかの上から……


 バサッッ!!


「やったぁ! つかまえた!」

 巾着きんちゃくになっている上のひもをギューッとめる。


「これでネコにされなくてむ!」

 まだドキドキが止まらない。相変あいかわらずネコと思えないほど重たいけど、これなら何とか運べそう。


「そうだ、ゴメンね。これ食べてていいからね」

 ふくろの中にさっきの残りのカンヅメを入れる。お猫様は出してー! と抵抗ていこうするわけでもなく、おとなしくズデンと横になっていた。


 しっかりと手さげの持ち手をかたにかけ、お店を出て坂を上っていく。

「重たああああい!」

 魔女屋敷まじょやしきまでは坂を二回上って坂の上公園に行き、そこから少し下らなければならない。道のりは楽じゃない。


「うんぬぬけるもんかぁ!」

 持ち手がかたに食い込んでだんだんいたくなってくる。反対の肩にかけたり、坂の途中とちゅうで止まって休憩きゅうけいしながら何とか公園までたどり着いた。


 あと少しだ。お猫様ねこさまがずっとおとなしくしてくれて良かったぁ。


 公園には、何人かの男子が集まってゲームをしていた。その中の一人、よく知ってるやつがわたしに気づく。

 げっ! こっち来ないでよ!


永山ながやまどこ行くんだよ? それ何持ってんの?」

 関わりたくないからさっさと通過つうかしようとしているのに、空気の読めないアホタケは後ろからついてくる。


「今急いでるの。見ればわかるでしょ?」

「わかんねー。ねー何それ何それ」

「しつこい。もう話しかけないで」


 わたしの顔がよっぽどこわかったのか、アホタケはそれ以上言わずにもどって行った。あーよかったぁ。


 ホッとしてトイレの後ろに回り込んで近道すると、いきなりトイレから出てきた人にぶつかってしまう。

 えっ、もふっとしてなんかやわらかかったような…


「コ、コタツ? どうして? 事故じこで病院じゃなかったの?」

 目の前にいるのは、宅急便たっきゅうびんのユニフォーム姿すがたの黒ネコ。どこにもケガはなくて、ピンピンしている。


留守番るすばんはどうした。ずっとあやしいと思ってたんだ、きゅうに手伝いたいと言い出して毎日やってきては店に居座いすわってるしな」

 そしてわたしのげ道をふさぐように、後ろからのっそり近寄ちかってくる灰色はいいろネコのクロツキ。


「え…。もしかして事故じこの電話は最初からうそだったの?」

 やばい。すっかりハメられていたみたい。


「子供のくせにおれを出しこうとしやがって」

「クロツキだって大人じゃないし!」

「だまれ。さあ、そのふくろの中身を出せ」

 ワルネコヅラのクロツキが一歩一歩近づいてくる。


 わーん、だれか助けてくれないかなぁ。こんな悪そうなお兄さん二人に女子小学生がかこまれてるんだよ! アホタケも来るなら今来てくれればいいのに!

 けれどアホタケがさっしてくれるわけがないし、タイミングよく人が公園のトイレ裏側うらがわにやって来るわけもないし。


 仕方しかたなくわたしはふくろを開いた。

 中ではお猫様ねこさまが、すっかり空っぽになったカンヅメをまだ名残なごりしそうにぺろぺろしている。


「お猫様を連れ出してどうするつもりだ!! やっぱりマンクス製薬せいやくか!?」

いたーいっ!」


 目をギラギラさせ、鼻にシワをせたクロツキがわたしの腕をひっかいた。長袖ながそでの上からなのに、ヒリヒリとけるようだ。


「答えろ!」

 シャーッ! っと威嚇いかくしながらクロツキがうでり上げる。ネコパンチされる…! わたしは首をすくめた。


「フギャッ!」

 しかし、わたしのわりにネコパンチを受けたのはコタツだった。

凛花りんか、今のうちに早く行け!」

「コタツ…!?」


「何のつもりだコタツ!」

「オレがクロツキをさえてるから、その間に早く!」

 言いながらコタツはクロツキのしっぽをガシッとつかんで、ギューッと引っぱる。


「てんめぇぇ! おれのしっぽをわざと引っぱるとはいい度胸どきょうしてんなあぁ! ッッシャアアァァーーーッ!」

 うわぁぁあ! ものすんごいおこってる! コタツだいじょうぶかなぁ?


 心配しんぱいだけど、せっかくチャンスを作ってくれたんだから行かなきゃ。わたしはサンタクロースのようにふくろかたかついで、足がちぎれるんじゃないかと思うほど速く動かした。


「コラ待て! どけコタツ!」

「コタツ選手、アックスボンバーからのネコキック! そして十字固めぇ!」

「このっ、きつくなよジャマだぁっ!」


 あぁ重たい! けど走れ、走るんだ凛花りんか

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