8 カフェ店員になっちゃった

 あっという間に土日はぎて、また一週間が始まった。


 今日は学芸会がくげいかいの練習で、村長役のわたしのセリフは「きよ一票いっぴょうを!」。イヤだけど真剣しんけんにやったよ。美雨みうに「ちょうハマってるし!」ってクスクス言われながらね。


 だってわたし一人がちゃんとやらなかったら、クラス全員に迷惑めいわくがかかるもん。

 クラス一が高くて大人っぽい美雨みうの言うことにはなぜか説得力せっとくりょくがあって、全体からわらわれた感じがする。


 さらに「さっすが卒業式そつぎょうしきでピアノ伴奏ばんそうする人だよねー。メガネまで用意して、大統領だいとうりょうでも目指めざしてんの? あたしなんてかなわな〜い」だってさ。オーディションはまだこれからなんだよ。

「日本にいるのは大統領じゃなくて総理大臣そうりだいじんだからね!」って言いたかったけど…。


 美雨みうとは同じピアノ教室に通っていて、毎年行われる発表会では、わたしの順番はいつも美雨の前。つまり美雨の方がレベルが上ってこと。それを分かってて『さっすがピアノ伴奏ばんそうする人だよねー』って言ってくるとか、性格悪せいかくわるすぎでしょ。いくら自信があるからってさ。


美雨みうなんでキライ。大っキライ。美雨がネコになって一生しゃべれなくなればいいのに」

 どうせオーディションだって美雨がえらばれるに決まってる。

 そんなだから、今日はついにピアノ教室をサボってしまった。レッスンバッグを持って「いってきまーす」って家を出てきたから、ママは知らない。こんなの初めて。


 帰ったらおこられるだろうなぁ。でももうやめるしいいや。

 レッスンバッグを持ったまま向かったのは、カフェ ロシアンブルー。


「店を手伝いたいだって? 家の手伝いもろくにしたことないくせに、どういうかぜきまわしだ」

 ぴーんと白いまゆとヒゲを上げるクロツキ。魔女まじょネコと同じこと言われたよ!


「そんなにわたし、なんにもできなさそうに見える? 卵焼たまごやきなら作れるもん」

「それくらいじゃ自慢じまんにならないからな」

「おねがい、カフェ店員てんいんってちょっとあこがれだもん。やってみたいの! 一生懸命いっしょうけんめいやるから、おねがいします」


 お猫様ねこさまれて行くために土日で考えたわたしの作戦さくせん。『戦国名探偵せんごくめいたんていレン』の女スパイ、サラがレンの高校に転校生として潜入せんにゅうするのを読んで思いついたんだ。これなら毎日カフェにいてもあやしまれないし、クロツキが普段ふだんどんな動きをするのかも観察かんさつできる。

 そうよ、今度はわたしの方が監視かんししてやるんだから!


「スパイ活動じゃないだろうな?」

 ぎく!


「そっそんなわけないでしょ! いいいいいかげんマンクス製薬せいやくとは関係かんけいないって信じてよねー」

 うそは言ってない。マンクス製薬と関係ないのは本当だもん。


 クロツキは平らになった目でじとーっとわたしを見ていたけど、【private】の部屋から黒いカフェエプロンを持ってきた。

「そこの席を片付かたづけて、テーブルをいて。あいさつはちゃんとしろよ」

「は、はいっ!」


 エプロンをこしくと、トレイに使い終わったカップを乗せる。

「あっ!」

 歩くとトレイがゆれて、さっそくのこった水をダークブラウンのゆかにこぼしてしまった。


 もっとしずかに運ばなきゃダメなんだ。トレイをテーブルに置いてくものを探していると「雑巾ぞうきんはこっちだ」と、クロツキがカウンターの下から取り出してぽーんと放る。


「うぇ、うわわっ」

 受け取ろうとしたわたしの手から雑巾ぞうきんがツルっとけ出て、ネコみたいにげていく。体をばしていかけたわたしの腰骨こしぼねがトレイの角にぶつかって…


 ガッシャァーーーン!!


 見事みごとにテーブルから落ちて全部ひっくり返ってしまった。水のコップは無事ぶじだけど、ティーカップとおさらが割れている。

「ごめんなさい…!」

さわるとケガするから。はなれてろ」


 クロツキは【private】の部屋からほうきとちりとりを持ってくると、れた食器しょっきいた。

雑巾ぞうきんぬらして、ゆかをふいて」

「はいっ」


 おこってる? クロツキおこってるよね? おさら割っちゃったんだもん…。お店のアンティークなインテリアはどれもクロツキがこだわって選んだっぽいし、きっと食器も大事にしているよね。

 いきなり失敗しっぱいするとか、わたしってどうしてこんなにどんくさなんだろう。


 下を向いてごしごしゆかをふいていたら、テーブルの脚に頭をぶつけた。

「痛ったぁ…」

 しっかりした木のテーブル板を支える丈夫な黒いアイアンの脚だ。ブドウみたいな装飾がついててね、そこにゴチン。うえーん、なんでこんなとこにあるの!


「お客さんをおむかえするんだから、いつまでもそんな顔をするなよ。お客さんが来たらこのコップに水を入れて、お手ふきと一緒いっしょに持っていく。それから注文を聞く。いいな?」

 次こそは失敗しっぱいしないようにしなきゃ。けどそう思ったらますます緊張きんちょうしてきた。


 するととびらが開いて、やって来たのは女のおきゃくさん。

「いらっしゃいませ」

 そうだ! あいさつ!

「いっらっっっっしゃいませぇ」


 うわ、なにこのめ!? ずかし~。

 横目で見ると、クロツキのヒゲがプルプルしている。おこってる? それともわらってる?


 メガネをかけたおきゃくさんは、だまって一番おくはしっこの席に座った。ちょうどお猫様ねこさまたなの後ろがわで、かくみたいになっている席だ。


「あの人は二日に一回来る常連じょうれんさんで、いつもあそこの席で本を読んでるんだ。こんにちは、今日は何になさいますかって注文ちゅうもん取ってみろ」

「わかった」


 小さなコップに水を入れて、木のトレイでこぼさないように注意ちゅういしてはこぶ。一歩近づくごとにわたしの緊張きんちょうは高まり、手がふるえそうになる。女の人はもう本を取り出して読んでいた。


「こんにちはぁ…、今日は、何に、えっと、されあれ、何だっけ…どれにしますか」

 ちがう。こんな言い方するお店の人いないよね。すると女の人はメガネの下からジロッとこっちを見た。一重ひとえの細い目がこわい!


 はぅ! やばっ!

「スイーツセット、ホットのミルクティー」

 女の人はそれだけ言うと、また本に目をもどした。

「わ、わかりました!」


 早足でもどったわたしに、シラケた表情でクロツキは冷蔵庫れいぞうこからスイーツを取り出しながら言う。

「ちゃんとセリフ教えたのにな?」


「そんないきなり言われたって、おぼえられるわけないし!」

「で、注文ちゅうもんは何だ? まさかそれもわすれたのか」

「覚えてるよ! スイーツセット、ホットのミルクティー」

「手伝うんなら真剣しんけんにやってくれ」


 そう言って、クロツキはメモ用紙とボールペンをカウンターに置いた。これを使えってことだ。

 お店の人には決まったセリフがある。レストランの店員さんを思いかべれば「ご注文をどうぞ」「ご注文をくり返します」とか言ってるもんね。


 言われなくても真剣しんけんだし、遊び気分でやっているわけじゃない。けれどわたしとクロツキじゃ「真剣」のレベルがきっとちがうんだろうというのが、その横顔を見てなんとなくわかった。


 クロツキがり付けているのは、プリンみたいな色のケーキの形のスイーツ。丁寧ていねいにクリームをえ、横にはほんのりピンク色のフルーツを形よくならべる。

 その途中とちゅう紅茶こうちゃをいれて、全部を木のトレイにセットしていく灰色はいいろネコの動きにわたしは目をうばわれっぱなしだった。


 あんなきれいにりつけられたのを運んでる途中とちゅうくずしたり、お茶をこぼしたらどうしようと不安ふあんになったけど、そんなわたしの目の前をクロツキはスルーしていった。


佐々木ささきさん、おたせしました。今週のスイーツはサツマイモのプディングともものコンポートです。初めて作ったので、ぜひ感想を聞かせてください」

 クロツキがおさらを出すと、さっきはジロッとした目つきだった佐々木さんの顔が、ぱっと明るくなる。


 ふっくらしたぽっぺたとメガネがくっついて、にこにこしている。あれ、なんか最初とイメージちがうなぁ。スイーツの話から次はナナちゃんの話になって、楽しそうにしゃべってるし。ネコ好きな人なのかな。

 ふとお猫様ねこさまを見上げると、いつもと同じ、鏡餅かがみもちみたいになってねむっている。


「それでは、ごゆっくりどうぞ」

 カウンターにもどってきたクロツキが次の作業に入る前に、わたしはいついた。

「もう一回セリフ教えてちょうだい!」


 スパイをやるならその役になりきることって『戦国名探偵せんごくめいたんていレン』の女スパイ、わたしのしのサラが言ってたもんね。このまま何にもできないなんてイヤだ。


 わたしだってぜったい一人前のカフェ店員になってみせるんだから!(そんでもってお猫様ねこさまを連れ出すんだもんね。)

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