6 見つけた!

 暗闇くらやみの中で光る目が近づいてくるにつれ、だんだんその形が見えてきた。

「………ネコだ」

 クロツキたちと同じ二本足で歩くネコだ。


「ほ~う、やっぱり見えるのかい。クロツキやコタツでさえたがいのネコの姿すがたは見えないってのに、ぬぁんでお前にねぇ。そのメガネがふしぎなわけだね」


 声はガラガラ声のおばあちゃんだけど、ヒョウみたいながらが高くてスラっとしたネコだった。目がキリっとしててかっこいいし、服装ふくそうもピタッとした黒革くろかわのジャケットにパンツで、こんなスタイルのいいおばあちゃん見たことない。


 メガネをずらしてみると、顔はしわしわのおばあちゃん。でも長ぁーいかみの毛はうわさとちがってボサボサまっ白ではなく、きれいなヒョウがらだった!


「そのかみすごーい!」

白髪しらがめだよ。すごいだろ。SNSでバズってね」

 このおばあちゃん、最新型さいしんがただ。


「あの、魔女まじょさんですか?」

「いかにもあたしが魔女さ。クロツキはお前のことをあたしにかくしておくつもりみたいだったが、コタツが知ってたらぇん筒抜つつぬけさ」

 だよねー。


「なのにわざわざ自分から屋敷やしきまわりをうろついて、一体ぬぁんの用だい? あたしゃいそがしいんだよ、そろそろロンドンの証券取引所しょうけんとりひきじょが始まる時間だからね」


 とりひき? ロンドンってイギリスの首都しゅとだよね。海外の魔女ともなにか”とりひき”があるのかな。


「あ、あの、とりひきって何ですか? クロツキやコタツにわるいことをさせてるんですか?」


「ぬぁんだってぇ?」

 魔女まじょネコの黒目がギョロっと大きくなる。

「その、もし悪いことさせてるならやめてほしいなぁって…」

「どうしてアンタがそんなこと気にするね?」

「………しっぽがあるから」


「っはぁ?」

「しっぽがあって全身モフモフなのに悪いことは似合にあわないもん」


 魔女ネコはヒョウがらの長ぁ~いしっぽをひゅーっと向けて、先っぽでわたしの顔をさわる。ゾワゾワするような、心地ここち良いような感触かんしょく


「ヒャーッハッハッハアァッ! しっぽねぇ! おまえ、あいつらの姿すがたを見て気味きみが悪いと思わないのかい?」

「お、思いません」

「ほ〜う? ネコがしゃべってるのに?」


「ネコは本当はしゃべれます! うちでってたシナモンちゃんはわたしとしゃべってくれたし、いろんなこと考えてたし」


 ネコのシナモンは、わたしが産まれた時から一緒に暮らしてきた家族だった。クラスでわけもなく無視むしされたり、順番じゅんばんばされたり、コソコソわらわれたりした時も、シナモンちゃんはずっと味方みかたでいてくれたんだ。けれど去年きょねん病気びょうきで死んでしまった。


「んんん? ネコが友だちかい。ヒャーッハッハッハッハァ! そんなに言うならおまえをネコにしてやりたくなるね」

「ネコになる!? いやです!」


「どうしてだい? 学校なんか行かなくていいし、友だち関係かんけいなやむこともない。一日中ゴロゴロしててられるんだ。こぉんな良い生活があるかい?」


 それを聞いて、正直ちょっと良いかもって思ってしまった。だってネコなら目がわるいなんてこともない。メガネをかけなくてもきっとよく見えるし、運動神経うんどうしんけいも良くなる。イヤなことはしなくてもいい。


「今、ネコになりたいと思ったね? かなえてやろうじゃないか」

「え…」

「ただし人間の言葉はもう二度としゃべれないけどね。失うのはそれだけさ」

「それだけのわけないじゃん! わたしがいなくなったらパパもママもさくらもかなしむもん」


「いーや、あたしゃ決めたよ。おまえをネコにえて手下にしてやる。こき使ってひだまりのビー玉をたんまりき出させてやるからね。イィィーヒッヒッヒッヒッヒッ!」


 どうしよう!? ネコにされちゃうよ!

 わたしはげようと金色の玄関げんかんドアノブに手をかけたけど、ガチャガチャやってもビクともしなかった。

 

「クロツキとコタツを人間にしてやったのはあたしさ。そのわりひだまりのビー玉を集め、あたしのナワバリを守るって取引とりひきでね」

 言いながら魔女まじょネコが近づいてくる。うわぁすごい、銀色ぎんいろのギラギラした目だ!


「じゃっ、じゃあわたしとも”とりひき”してよ!」

「ぬぁんだって? どんくさなお前が、人間のままじゃあたしの役になんか立ちっこないだろうよ」

「お屋敷やしき掃除そうじでも買い物でもなんでもします!」


「あぁん? 家の手伝いもろくにしたことがないウスノロマのくせにどの口が言うんだい。それより今、何でもするって言ったね? それじゃあ、あの店の三毛ネコをここにれてくるんだ」

「三毛ネコ? 野良のらネコですか?」


と言っただろう。特別とくべつ取引とりひきしてやるんだから、クロツキやコタツに言ったら承知しょうちしないよ」

「え、あの店にいるのはロシアンブルーのナナちゃんで…」

「あーもう時間だ、ロンドンが始まっちまう。ホレ帰った帰った!」

「えっ、えっ、えええっ!?」


 見えない風のようなものに押されて、今度はすんなり開いたドアから外に追い出された。後ろでガチャンとカギがかかる。


「なんなの!? ネコにしてやるとか三毛ネコとかロンドンとか、言いたいことだけ勝手に言ってとりひきしてやるって! こっちの話は一つも聞かないで!」

 何歳なんさいですかとか、のろいって何ですかとか、他にも聞いてみたいことがあったのに。


「とりあえずあの二人が本当のワルじゃないのは分かったけど、どうして人間になったんだろう」

 人間にしてやったと魔女まじょネコは言ってた。元々ネコとしてまれたけど、途中とちゅうから人間になったってことかな?


 でも一人で考えたってわかりっこない。

「それに三毛ネコなんてあのお店にはいないと思うんだけどなぁ」


 次の日、木曜日の学校帰り、さくらとバイバイした後に考えながら歩いていると、坂の上公園の近くでっ白なネコに出会った。


「初めてだねー! どこの子?」

 きれいなネコで青い首輪くびわをしているから、きっとどこかのいネコなんだろう。


 するとげるわけでもなく、ちょこちょこと歩き出したので思わずついて行く。通ったことのない道を案内あんないされて、神社のうらを抜け、家と家の間で人ひとりが通るのがやっとの細い道を行く。竹がゆれるさらさらという音がきれいだ。


 知らなかったなぁこんな道。ってまわりをキョロキョロしながら歩いていたから、ぜんぜん気がつかなかった。

「引っかかりやがったな」

「え? いたい痛い痛いっ!」


 気づいた時にはもううでにツメを立てられて、カフェの中に引きずりこまれていた。ここ、ロシアンブルーのちょうどうらだったんだ。あの白ネコちゃんに誘導ゆうどうされてた!


「ちょっちょっ、学校帰りにより道なんかしたらおこられるってばぁ!」

「だまれ」


 またも”らちかんきん”だよこれ! カフェの中ではコタツがゆか正座せいざして…ううん、これは正座させられてるんだ。そしてとなりにわたしも正座させらされた。

 クロツキはフッサフサのしっぽをブンブン左右にりながら、コタツとわたしをにらみつけている。


「で? 魔女まじょ様のことをベラベラベラベラしゃべりやがったわけだな、コタツ?」

「いでぇ!」

 クロツキの高速こうそくネコパンチが炸裂さくれつして、コタツが鼻をさえる。


「しかもまた勝手に牛乳ぎゅうにゅう飲みやがっただろ!」

「の、飲んでないって!」

 空の牛乳パックをきつけられると、コタツは急に口のまわりをぺろぺろし始めた。


「バレバレなんだよ!」

 もう一度ネコパンチをお見舞みまいされ、涙目なみだめになるコタツ。


「ちょっとちょっと、ケンカはやめな…」

「うるさい! こいつがベラベラしゃべったおかげで、魔女様の住処すみかまでおまえに知られてしまったんだ!」


「だからぁ、わたしは他の人には言わな———」

「人間なんて信じられるか!!」


 あまりにはげしい言い方にこわくなって、わたしはだまるしかなかった。キバを見せ、全身の毛を逆立さかだてたクロツキ。けれどなぜか、青いひとみは泣いているように見えた。


「いつも身勝手みがってで、自分たちの都合つごうしか考えてなくて、自分のためなら他のものをきずつけてもかまわないくせに! 人間なんてっ…!」


 クロツキの全身ははりの山のようで、まるで人間全部を拒否きょひしているみたいだ。カウンターの中でミルクティーをいれていた人とはまったくちがう。


 どうしちゃったの…? 一体なにがあったの?

 わたしもコタツもなにも言えず、動けなかった。


 するとその時、はしっこの方で何かが動いた。なんだろうと探すと、かべに取り付けられたの棚板たないたの上、丸くなってている三毛ネコの置物おきものだ。

 前足を前に出して、うーんとびをしている。


「あ、あれっ! 置物じゃなかったの?」

 ずーっと動かないんだもん。てっきりリアルな置物だと思っていた。


「バカ! お猫様ねこさま失礼しつれいなことを言うな」

「おねこさま? ずいぶんえらそうな名前だね?」


 お猫様から視線しせんをクロツキに戻すと、さっきまでのはげしい表情からいつものワルネコ顔になっていた。


「えらいに決まってる。お猫様はおれたちの命の恩人おんじんだ」 

 正しくは”恩人”じゃなくて”おんネコ”だよね。


 でも見つけたよ、三毛ネコ!

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