5 ネコ屋敷は魔女屋敷?

「ただいまー」

 家で夕飯を食べていると、パパが帰ってきた。いつもは九時をすぎるのに今夜は早い。


「お、おかえりぃ…」

 ハンバーグを口にはこぶ手が、思わず止まってしまう。


 クロツキの話だと、どうやらマンクス製薬せいやくもひだまりのビー玉を集めているみたい。


 そこでわたしにまた名探偵めいたんていレンのようにビシッ! っと閃光せんこうが走った。ひだまりのビー玉をき出させるために野良のらネコを誘拐ゆうかいして集めてるんじゃないの? うん、最近姿すがたを見なくなったのはこのせいだよきっと! どうこの推理すいりすごくない?


 部屋着へやぎ着替きがえたパパはテーブルにつくと、さっそくプシュッとビールのかんを開ける。

「おっ、ハンバーグとシチューだ。イェーイ! いっただきまーす」


 子供こどもっぽいけど、これでもパパはマンクス製薬せいやくくすりの開発をしている。だから何か知っているかもしれないけど、なんて聞いたらいいだろう? 「ネコを使って実験じっけんとかしてるの?」って? うーん…


 そう思っていると、パパの方から話しかけてきた。

「学校はどうだった? 給食は全部食べた?」

 もうてい学年じゃないんだから。わたしは「ふつう」と答えた。


「パパの仕事もふつうだったぞ。でも今日もママの弁当べんとうはうまかった〜」

 冷凍食品れいとうしょくひんのおかずだろうと、パパは必ずこう言う。それが夫婦円満ふうふえんまんけつなんだって。


「そうだ、昨日さくらちゃんのお母さんがネコを保護ほごしたって言ってたよな? 会社でほしいって言う人がいるんだよ。どうかな」

「ほんと? よろこぶと思う。連絡れんらく先教えてちょうだい」


 ネコがほしいって、まさかまさかわたしの推理すいり通り、やっぱりマンクス製薬せいやくはネコを集めている!?

 今まで保護ほごネコにパパが興味きょうみを持ったことなんてなかったもん。会社の人がいたいんじゃないよきっと! あやしーい!


「ママ、スッキライザーZは飲んでるか?」

「ええ。きっかり起きられるし、調子ちょうしいいわよ」


 スッキライザーZは、マンクス製薬せいやくでパパが開発かいはつした薬なんだ。る前に飲んだら七時間後にスッキリ目覚められるんだって。他に六時間と八時間もあるみたい。


朝寝坊あさねぼうの心配がなくなる、すばらしい薬だろう!」

「そうね」

 なにか聞き出さなきゃと思うけれど、ったパパが一人で勝手にしゃべり出してぜんぜんダメだった。


 水曜日は雨。クラブの日だからクラリネットをいた。でも先生がいなかったから、個人こじん練習だけで終わり。


 帰り道、坂の上公園をつっきりながら、ふと思いついて家じゃない方向へ足を向けた。うっそうとした深緑色の木におおわれた大きなお屋敷やしきだ。

 ここは、ネコ屋敷やしきって呼ばれてる。一人で暮らしているおばあさんが庭で野良のらネコにエサをあげていて、そこらじゅうのネコがよってくるみたい。


 そうだ! そのおばあさん、チラっと見た人の話によると、まっ白のボサボサかみでまるで魔女まじょみたいだって! 買い物にも出かけないし、うわさじゃエサをやって太らせた野良ノラネコをゆでて食べて、そのほねを庭にめているんだって!


 あ~っ、どうして今までわすれてたんだろう、令和の魔女がここにいるじゃん!


 お屋敷やしきのまわりは、わたしの背丈せたけよりも高いかべでぐるりとかこわれている。広いなあ。一周いっしゅうするのにどれだけかかるんだろう。うすむらさき色のカサに、ボタタタッと木の葉から雨粒あまつぶが落ちてきた。


 だめだ、ぜんぜん見えないし、雨だから庭に野良のらネコもいなさそう。

 あきらめて帰ろうとした時、大きな門の横にある小さな通用門つうようもんを開けて、見覚みおぼえのあるユニフォームが出てきた。


「コタツ!」

「お、凛花りんかか! 学校帰りにより道か? ダメじゃないか」

 雨の中、緑色のキャップをぬらしながら二本足の黒ネコが小走りによって来る。


「ちょっとだけだもん。でもどうしてうちがこっちじゃないって分かったの?」

「へへ、オレは宅急便たっきゅうびん屋だからな、この近所の家のことは大体知ってる」


「ふぅ~ん。ねえ、魔女まじょはここに住んでるの?」

「え!? ま、魔女様まじょさまだって? そんなの教えられるわけねえだろっ!」


「ここはネコ屋敷やしきで、住んでいる人の顔をだれも見たことがないんだよ。それなのに今お屋敷から出てきたなんてあやしいなぁ。魔女に何かとどけたんでしょ? のろいグッズ?」


「ちちちちちがうって! ただのキャットフードだよ。魔女様は野良のらネコにエサをやって…ってなんでもねぇよ!」

「やっぱりそうなんだ。ねえ、魔女との”とりひき”って何?」


「言わねえよ! もうオレは何もしゃべらないからな! クロツキにネコパンチされる!」

 じりじりと後ずさりしていくコタツ。でもがさないもんね!


「コタツって、雨の日もはたらいてえらいよね~。ネコなのにぬれてもいやじゃないの?」

「う、そ、そうか? えらいか? ぬれるのはがまんだ。でも寒いのはがまんできない」

 そう言って、まだ十月になったばかりなのに冬物の分厚ぶあついダウンジャケットの前を合わせた。


宅急便たっきゅうびん屋さんは休みなしだもんね。ほんとコタツってすごいな~。ここにはどんな人が住んでるの?」


「すごい? すごいかな? えへへへへへ。魔女様まじょさまは生活に必要なものは全部ネットで買って、オレがとどけてるからだれも姿すがたを見たことがなくて当たり前さ。機嫌きげんが良いといろんなもの分けてくれたりし……って、またしゃべっちまったぁぁぁ! うわああぁぁっ! もうその手には乗らないからなぁ!」


 ダッシュで走っていくコタツ。

 やっぱり令和の魔女にまちがいない。お屋敷やしきの門が、さっきまでよりももっと大きく不気味ぶきみに見えてくる。


 すると、コタツがさっき出てきた通用門つうようもんが風もないのにキイと開いた。まるで、入って来いと言わんばかりに。


魔女まじょ様は強烈きょうれつおそろしい人だ。一生しゃべれなくされるとか、マジでのろわれるぞ』


 クロツキの声が頭をよぎるけど、それよりもわたしは令和の魔女を見てみたいという好奇心こうきしんに勝てず、小さな門をくぐってしまった。


 庭は立派りっぱな木が何本もわさっとおおいかぶさり、空もあまり見えなくてべつ世界みたいだ。木の葉がかげっているから、ここだけ雨も弱い。カサをしっかり握りしめ、わたしは一歩一歩、び石の上を進んでいった。この庭だけでわたしの家よりもずっと広い。


 やっと玄関までたどり着くと、今度はガチャンと大きな音を立て、とびらがゆっくりと開く。

「失礼しま…す」


 深呼吸しんこきゅうして一歩ふみ入れると、そこは広い広い玄関げんかんホールだった。電気がついていないから薄暗うすぐらくて、だれもいない。突然とつぜんゴロゴロゴロ! と大きなかみなりが鳴り、ビックリしてんで入ってドアをめてしまった。


 建物内に侵入しんにゅうする時はげ道を確保かくほしろって、名探偵めいたんていレンが言ってたのにやっちゃった!


「よくここまで来たもんだ。さあ、どうしてくれようねぇ?」

 声だけがひびいて聞こえる。ガラガラ声のおばあさん。それもいかにも魔女まじょっぽい、いじわるそうな感じ。


「わ、わたしはマンクス製薬せいやくのスパイじゃありません! パパははたらいているけど、わたしはちがいます」

「当ったり前だよ。だぁれがお前みたいな見るからにどんくさな子をスパイにするね? それより、あたしののろいが見える方だよ」


 会ったこともない魔女まじょからどんくさって言われたよ? 

「あのっ! 体育の成績せいせきが『もう少し』なのは事実ですけど、姿すがたくらい見せてくれてもいいんじゃないですか!?」


「もういるよ」

 え、どこ? どこ?


 薄暗うすぐら玄関げんかんホールを見わたすと、おくの方からギラッと光る二つの目がこっちを見ていた。

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