4 ひだまりのビー玉

「じゃ、ちょっと待っててね」

 クロツキは指でコチョのひげをなでると、カウンターの中へ入って行った。このお店、外見は新しそうなのに店内はカウンターもテーブルもイスも使い込まれたダークブラウンの木の色がツヤツヤしていて、大人っぽい感じ。


 それに昨日は気がつかなかったけど、アンティークな店内にはいたるところにネコグッズがある。入り口の横には片腕かたうでを上げてわらっているまねきネコ、カウンターの上にもちっちゃなネコがびをしていたり、あおむけになっていたり。


 そしておくかべに取りつけられた黒いアイアンたなの上には、座布団ざぶとんの上にすっごくリアルな三毛ネコ。お正月の鏡餅かがみもちみたいに丸々まるまるとして、最初ホンモノがているのかと思ったけど、ぜんぜん動かないから置物おきものだ。


「にゃーん」

 すると、店のおくからいグレーのネコがしゃなりとやってきた。


「あ! 灰色はいいろのネコってこの子ね? かわいい~。男の子じゃなくて女の子じゃん」

 だって昨日はこんな子いなかったもん。男の灰色はいいろワルネコと黒ネコだけ。


 さくらが手をさし出すと、スリッとしてあいさつし、もう一度いちどにゃ〜とわらう。

「その子はうちの看板かんばんネコのナナだよ。コチョ君は仲良なかよくしてくれるかな?」


 ナナちゃんはわたしの顔を見上げて「にゃ~ん」といた。なんて美人なんだろう! それに顔だけじゃない。スリムな体つきにしっぽの先がクルンとして、足の先は丸っこくて、どの角度かくどからも絵になるフォルムだ。


「カフェ ロシアンブルーのお店の名前は、ナナちゃんのことなんですね?」

「さくらちゃん、大正解だいせいかい!」

 ロシアンブルーっていうネコの種類しゅるいなんだって。透明とうめいなティーポットにお湯をそそぎながら、クロツキが教えてくれた。


 ナナちゃんはコチョに近づくと、前足をイスにかけてはなをチョンチョンとつける。

「にゃ~ん」

 甘えた声に目がハートになったコチョは、ぴょんとさくらのひざから下りて、ナナちゃんのおしりのにおいをかぎだす。


「あはは、これだけかわいいと好きになっちゃうよね~」

「はぅ…かっこいい…」

 一方でぬしの方も同じ目でうっとりカウンターを見つめている。


 わたしの目には灰色はいいろネコがティーポットを持っているという、なんともふしぎな光景こうけい。でもメガネをずらすと、大人じゃない男の人の真剣しんけんな横顔。


「男の人が真剣しんけんな顔でなにかを作ってるのって、かっこいいよね。どうしてうちのクラスの男子はそれに気づかないでバカなことばっかりするんだろ」

「ほんとほんと、さくらの言うとおり」


「でも慶太けいた君はちがうんだよねー」

「う、うん」

凛花りんか、慶太君のこと好きなんでしょ」


 ズバッと言われて、わたしは思わず答えにつまってしまった。それでさくらは確信かくしんしたようだ。


「やっぱりね! でも慶太君は受験じゅけんだよね。卒業そつぎょうしたら別々べつべつかぁ」

「うん…。卒業したらもう会うこともないのかな」


「きっとそうなるよね。だったらさ、今度のナイトプールにさそったら?」

「月末の? ムリムリムリ! わたしなんかどんくさだしメガネだし」


 屋内市民プールで行われる『ハロウィンナイトプール』というイベントで、今年は初めて行ってみようってさくらと約束やくそくしてる。去年きょねんの話だと、照明しょうめいを落としたプール内にはLEDライトがかんでたり、いつもとちがう大人なムードなんだって!


こいの話? はい、どうぞ」

 クロツキがぽってりしたマグカップを二つはこんできた。ふわっと湯気ゆげが上って、ほんのりあまくいいかおりがする。


「ミルクと砂糖さとう多め。二人のこいがかなうようにおまじないかけといたよ」

「わぁー! ハート! すごーい!」


 ふわふわに泡立あわだてたミルクの上に、キャラメルソースでハートがえがかれている。これにはわたしもちょっとときめいてしまった。

 でもだまされないこと! 魔女まじょわるい”とりひき”している人が、恋のおまじないなんてぜったいうそなんだから。


 わたしはペットボトルじゃないミルクティーは初めて。きっとさくらもそうなんだろう、どっちが先に飲むか、目で探り合った。でも幼稚園ようちえんころからこういう時はいつもさくらが先。ふうふうしながら一口飲んでみる。


あまくておいし~い。デザート食べてるみたい。ペットボトルとぜんぜんちがうから、凛花りんかも飲んで飲んで」


 少し緊張きんちょうしながら、ほんのちょっと口に入れてみる。

「…ほんとだ。ペットボトルとちがうし、ぜんぜんにがくないね」


 口に付いた瞬間しゅんかんにぱっと広がるのは、紅茶こうちゃかおりなのかな。まず甘さだけがどーんと主張しゅちょうしてくるペットボトルミルクティーとは別の飲み物だよねこれ?

 大人の飲み物だから少し苦いって想像そうぞうしていたけど、そんなことはなかった。おいしくてもう一口、もう一口と止まらない。

 なんか、ゆったりした大人な気分!


 笑顔えがおになったわたしたちの足の間をナナちゃんが体でさわりながらけて、クロツキの足元で「にゃあん」といた。


「あれ、うちのコチョは?」

「うん? 店のおくに行っちゃったのかな。ちょっと見て来るね」

 と、クロツキは奥のドアへ消えていく。


「ふふふっ、甘えんぼでかわいいね~」

 さくらがナナちゃんに手をばすと、ひげをこすりつけてゆかにゴロンと寝転ねころがる。まるで「かまって~」と言っているみたい。さくらがまどのところに置かれたネコじゃらしを持ってくると、二人で遊びだした。

 さすがさくらは遊び方が上手で、ナナちゃんはもう夢中むちゅう


 わたしはおくのドアへむかい、【private】と書かれた木のとびらをそっと開けた。

 掃除道具そうじどうぐや使っていないイスが置かれた、物置ものおきみたいな部屋だ。奥にネコトイレが二つ置いてあり、上へつづ階段かいだんが見える。


「勝手に入ってくるなよ」

 さっきまでさくらに見せていた笑顔えがおとは正反対せいはんたいのワルネコヅラでクロツキはキバを向ける。

 すわりこんでし出した手の先には、コチョがうずくまっている。


「コチョになにをする気?」

「こいつは太陽をたっぷりびてきた。体の中にできた『ひだまりのビー玉』を取り出す」

「どうやって? いたいことするのはやめてよ!」


 ニイィと笑い、クロツキがコチョのたっぷりしたおなかに手を入れる。

 まさか、ツメでお腹をくつもりじゃ…!


 昨日ツメを立てられた腕がズキンとする。

「やめてえっ!」


 トントトントトントントトトン


 そんな感じでおなかいた。すると、コチョの首が下を向き、全身ぜんしんらしながら、コホンコホンとせきをするような声を出す。


「なんかくるしそうだよ…? 何したの?」

 背中せなかから前に向かって、口を下に向けて開いて。


 ウケッ ケッッ ウケケッ ケポンッ

 

 これは…


 ケポン ゥケポンッ ケポンッッ!


 コチョが口からきだしたのは、茶色くひたされたもの。ネコは自分の体をなめるから、毛玉がおなかにたまってたまに吐き出すんだ。うちでも前にネコを飼っていたから、カーペットの上にされるとサイアクってママがよく言ってた。


 その毛玉の中からクロツキは虹色にじいろかがやく小さなビー玉を取り出す。


「それが『ひだまりのビー玉』? よく素手すででさわれるね」

「人間のきたないゲロといっしょにするな。ありがとうコチョ」


 クロツキが頭をなでると、コチョはのどをゴロゴロ鳴らして、うれしそうに頭をすりつける。それからスッキリした顔でさくらの方へもどっていった。


「そのビー玉をなにに使うの?」

「知ってるくせにとぼけるな」

「知らないし。わたしスパイなんかじゃないもん。だいたいどこのスパイよ」

「ひだまりのビー玉は魔女様まじょさまのろいの元なんだ。おまえらなんかにわたすものか」


 本で読んだ魔女にもいろんなタイプがいたけど、令和れいわの魔女はこんなきれいなビー玉で呪うんだ。


「おれが一つ教えたんだからおまえも一つ答えろ。おまえはマンクス製薬せいやくのスパイだろう。ひだまりのビー玉を集めて何をしようとしている?」

「はい?」


 今、マンクス製薬せいやくって言った?

 駅前えきまえにある大きなビル。くすりを作る会社で、建物たてものの中に研究室けんきゅうしつがあるってパパが言ってた。だって、パパがはたらく会社だもん。

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