3 ワルネコの”とりひき”

「おれたちのひみつを知るスパイがいるなんて魔女様まじょさまに知れたら、まちがいなくのろわれるぞ。あんな強烈きょうれつな人をてきに回そうなんて、おまえたちもバカだな」


「だからスパイじゃないし! それにのろいって? 一生しゃべれなくなるとかさっき言ってたよね?」

 どこのだれかも知らない魔女の話をいきなりされても、現実げんじつと思えない。

「魔女ってどこにいるの? だれなのよ?」


 すると、今までワルネコ顔していたのに口をつぐんで、フサフサしっぽがキューっとしぼんで急降下きゅうこうかした。体まで小さくちぢんでしまったみたい。

 なに、なに…? そんなにヤバいの?


「とっ、とにかくわたし、暗くなる前に帰らないとママにおこられるし。ネコがカフェやってるとか、魔女まじょとか、ぜったい話さないって約束やくそくするから」

「家に帰りたいなら取引とりひきだ」

 目つきはワルいけど、さっきよりずっと小さな声のクロツキ。


「わかった。けどあなたたちみたいなワルにはならないからね!」

 どんな要求ようきゅうをされるのか身構みがまえるけれど、その”とりひき”は想像とはちょっとちがっていた。


「明日、太陽をたっぷりびたネコを連れてこい。来なかったらお前のことを魔女様まじょさまにばらす。それに見はりをつけるから、約束やくそくやぶっておれたちのことをしゃべったらすぐに分かるからな」

 ネコを連れてこい…? 一体なんで??

 

 ?マークが消えないまま、やっと家に着いたころにはもう暗くなっていた。


「ただいまぁ…」

「おかえり。おそかったじゃない、より道してたの?」

 リビングダイニングに入ると、ママが夕飯を作りながらスマホを見せてきた。


「ねえ、このネコちゃん見て。さくらちゃんのお母さんが保護ほごした子だって。かわいいでしょ~?」

 ネコ!? もうネコは十分なんですけど!?


 思わずビクッとしてしまったけど、画面にうつっているのは灰色はいいろフワフワでもなければ黒ネコでもない、茶色の子ネコだった。耳がぺたんとしていていやされる顔。あのワルネコとぜんっぜんちがう。


 幼稚園ようちえんからのわたしの親友さくら。さくらのお母さんは保護ほごネコをあずかり里親さとおやさがす活動をしている。


 保護ネコというのは、てられたり、たくさんいすぎて面倒を見きれなくなったり、暴力ぼうりょくをふるわれたり虐待ぎゃくたいされていたネコのこと。だから、さくらの家にはいつも五、六ぴきのネコがいるんだ。


 わたしのママは100きん材料ざいりょうの小物作品や収納しゅうのうグッズを手作りして、動画で紹介しょうかいしている。結構人気けっこうにんきあるみたいで、里親募集さとおやぼしゅう協力きょうりょくしてるんだって。


 その夜はなんだかぼうっとして、夕飯になにを食べたのかも思い出せない。ベッドに入ってもまだ気持ちがフワフワしていた。


 火曜日、学校には行きたくないけど、”とりひき”のために、ネコをしてってさくらにたのまなきゃいけない。登校するなりアホタケがまた「変な顔ーっ!」と言ってきて、グサグサくる。


 しかもサイアクなことに、今日は苦手にがてび箱のテスト。

 男子よりも足がはやいさくらは、もちろん八段はちだんを一回でクリア。わたしは四段はなんとか成功せいこうしたけど、五段はダメだった。


 五段で失敗しっぱいしたのはわたしと、もう一人だけ。しかも着地ちゃくちで転んだ時に、メガネがぽーんとけてわらわれた。美雨みうが「将来政治家せいじかになるんだよね。さっすがぁ」って聞こえるように言ってたのが、やけに耳に残ってる。


 わたし、いつも大事なところでミスっちゃうんだ。テストもそうだし、ピアノやクラリネットの演奏でも、これから一番り上がるってところで間違まちがえて止まっちゃうどんくさなの。


 あーあ。

 テストの後、くもり空みたいな気持ちでかたづけていたら、び箱の反対側はんたいがわをサッと持ち上げてくれた人がいた。


慶太けいた君!」

「元気出しなよ。跳び箱がうまくいかなくても、永山ながやまはピアノとクラリネットがすごいじゃん」

「そうかな…」


 ピアノは幼稚園ようちえんから始めて、四年生からは吹奏楽すいそうがくクラブでクラリネットをいている。ついこの間、運動会で演奏えんそうしたばかりだ。


「中学校はどこにするの? クラリネットは続けるんだよな? 吹奏楽部すいそうがくぶが強い北橋中?」

「うん、そのつもり。慶太君は私立受験しりつじゅけんだもんね。ずっとじゅくに通ってがんばっててすごいよね」


 慶太君のお父さんはお医者さん。だから中学校からは医者になるための勉強を本格的ほんかくてきにがんばるって、この間卒業文集に書いていた。


「永山だってピアノの練習れんしゅうがんばってるんだろ? 卒業式そつぎょうしきのオーディションは月末げつまつだよな?」

「う、うん…」


 卒業式そつぎょうしきうたう曲のピアノ伴奏ばんそうのことだ。オーディションはあの美雨みうけることになってて。

 やめようと思ってることはまだだれにも話していない。


「永山は音楽の先生がゆめだっけ。それならび箱が苦手にがてでもいいじゃん」

 そう、慶太君の言う通りで、政治家せいじかなんてわたしは一文字も書いてないもんね。


 ちゃんとおぼえててくれてるなんて、さすが文集委員だよね。頭が良くて運動神経うんどうしんけいも良くて、性格せいかくまでやさしいんだもん、ぜったいぜったい志望校しぼうこう合格ごうかくしてほしい。神様かみさま、おねがいします!


「神様さくら様っ! おねがいだからちょっとだけネコしてちょうだい!」

 放課後ほうかご、わたしは手を合わせてさくらにあたまを下げた。

「なに? どうしたのいきなり?」


「あのね、昨日ピアノ教室の帰りにネコがいるカフェを見つけたの。より道したからママにはひみつにしてね。それで、そこのネコと仲良なかよくなるにはこっちもネコをれていきたいなぁって」

 一晩ひとばんかけて考えた理由を言いながら、おそるおそるさくらの顔を見上げる。


 するとその顔がぱあっと明るくなって「あたしも行きたーい!」と言い出した。

「えっ、いっしょに? あ、うん、ふつうそうだよね、ネコだけすとかないよね」

 一人で来いとはクロツキからも言われてないし、きっとだいじょうぶ。


 帰るなりランドセルを置いて、またすぐ家をび出した。ママは出かけてるから、100きんでも行ったのかな。先に宿題しゅくだいやりなさいって言われずにすんだからラッキー。


 さくらの家までは歩いて十分。カフェとは反対方向はんたいほうこうの坂を下っていく。


 玄関げんかんでハーネスをつけてってくれていたのは、黒と白のブチネコだった。

「この子は保護ほごネコじゃなくて、うちのコチョだよ」

 ぼーっと眠たそうな顔でおすわりしているコチョ君。


「今日も一日、まどぎわで日なたぼっこしてたって。おとなしい子だからきっとカフェのネコともケンカしないと思う」

 わたしは心の中でガッツポーズした。まちがいなく『太陽をたっぷりびたネコ』じゃん!


 さくらがコチョ君をっこして、わたしはキャリーケースを持った。ネコって意外いがいと重たいし、ずっと抱っこをいやがる子もいる。けれどコチョはさくらのかたにあごと前足をのせて、じーっと抱かれていた。


「そのカフェにいるのはどんなネコなの?」

「え? えええっとねぇ、灰色はいいろのネコ」

「男の子? 女の子? どんな性格せいかく?」

「男だけど…。性格は、お、おこりんぼかなちょっと。でもコチョなら仲良なかよくなれる気がするよ」


 太陽をたっぷり浴びたネコを連れてこさせて、クロツキが一体なにをするつもりなのか、そういえば知らなかった。

 まさかひどいことしないよね…? 昨日きのうツメを立てられた右腕みぎうでがズキンといたむ。


 少し不安ふあんに思いながらカフェにくと、今日はドアが開いていて、メニューが書かれた黒板も外に出ていた。


「うわぁぁ、オシャレなお店! よくこんなところ一人で入れたね? 凛花りんかってそういうとこ勇気ゆうきあるよね」

 正しくは入れたんじゃなくて、ムリヤリ”らちかんきん”されたんだけどね。しかも黒ネコに。


「いらっしゃい、凛花ちゃん。友だちをれてきてくれたの? どうぞ入って」

 わたしたちがモタモタしていると、店の中から二本足で歩く灰色はいいろネコがあらわれた。でも、昨日のワル顔とはちがって、目を細めてニャー口している。


「かっ、かっこいい…」

 となりでさくらがかたまる。メガネを下にずらして目で見てみると、それはそれはとろける笑顔えがおの黒月店長てんちょうだった。


 店の中には他にお客さんはいない。全部で五つあるテーブル席のうち、わたしたちは窓際まどぎわのテーブルに案内された。


「お友だちもかわいいけど、ネコ君もかわいいね。名前は?」

室岡むろおかさくらですうっ! こっちはコチョっていいます」

「二人ともよろしくね。さ、すわって。なににしようか?」

 そう言いながら、さくらのひざにったコチョのあごを軽くなでた。


「えっと、ミミミルクティーでおねがいしますっ!」

「オッケー。ミルクと砂糖さとうはちょっと多めがいいかな」

 言いながらまたニコッと笑う。


「は、はひっ!」

 さくらの顔がまっ赤になって、またカチンコチンに。

凛花りんかちゃんも同じでいいかな?」


 さくらに背中せなかけわたしの方をふり返ったその顔は、うって変わったワルネコヅラ

 な・に・が凛花よ! 学芸会がくげいかいでもないのに、見え見えの演技えんぎしないでよね!

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