2 カフェ店長はネコ(ワル)

「かくしてもムダだ。おまえがここをさぐりに来たスパイだってことはわかってる。おれたちの取引とりひきをぬすみ見に来たんだろう」

 ネコがさっきの男の人の声でしゃべってる。


 メガネを下にずらして直接ちょくせつ目で見ると、うん、さっきの人だ。でももう一度メガネをかけて見ると……やっぱりネコ。まちがいなくネコ。

 顔のまわりは白っぽくて、毛先の方にかって灰色はいいろくなるグラデーション。毛が長くて、顔のまわりも手もフワッフワで目の色は青い。


「さあ、洗いざらいしゃべってもらおうか」

 そう言ってニイッとキバを見せると、ものすごいワルそうな顔になる。でも手には灰色の肉球にくきゅうが見えて、ちょっとなごむ。


「あーっ! これじゃネコのカフェじゃなくて、ネコがやってるカフェじゃん!」

 わたしが言うと、ネコはぎょっとした顔に全身でビクッ! としてノートを落とした。


「な、あなななななにを言い出すんだいきなり。ネコならいるぞ、ほらあそこに」

 指じゃなくて肉球にくきゅうで指したのは、入り口横のまねきネコの置き物。けれどふり返ったわたしはまた「あーっ!」と声を上げた。


「こっちは黒ネコさんだぁ! 黒ネコさんは宅急便たっきゅうびん屋なの?」

 わたしをつかまえた大きな黒髪くろかみの男の人は、同じように二本足で立つ黒ネコになっていた。さっきまで気づかなかったけど、よく見る宅急便のユニフォームを着ている。


「ねえねえ、ネコなのにトラックを運転できるの? すごいねー!」

「すごい? そ、そうかな。そうかなぁ~。って、オレたちは人間だ!」

「うそつき! 肉球にくきゅうまで黒いネコさんじゃない。黒ネコってミステリアスで好きって、親友のさくらが言ってたよ」

「そ、そうかぁ~? ミステリアスでかっこいいかぁ~。エヘへへ」


 かっこいいは言ってないけど、黒ネコはうれしそうに金色の目を細めて、ニャーの形の口で笑った。しかしその正面しょうめんでもう一ぴきは、青色にふちどられた黒目をまん丸くしている。


「おまえ…、おれたちの姿すがたがネコに見えるのか」

 目が合うともう一度、灰色はいいろフワフワネコはビクッと背中をまるくして、今度は後ろに下がった。さっきまでピンとしていたフサフサしっぽが下を向いている。


「しかもわたし分かっちゃった! ネコはミルクが好きだから、このお店ミルクティーばっかりなんでしょ!」

 どう? この名推理めいすいり。だって最近さいきん、大ハマりのマンガ『戦国名探偵せんごくめいたんていレン』をさくらと読みまくってるんだもん。


取引とりひきだけでなくオレたちのひみつまで知られちゃ、ますますこのまま帰すわけにはいかないな」

「とりひき? なにそれ?」

「教えるわけないだろ! オレがなにをはこぶかなんてぜったいに教えない!」

「コタツ! よけいなことを言うな。おまえはだまってろ」


 ふーん、黒ネコさんはコタツっていうんだ。ネ~コはコタツで丸くなるってね。あ、よく見ると名札なふだに「小田津こたつ」って書いてある。


「いいか。ここがどんな店なのか、よーく教えてやるから覚悟かくごしろよ」

 バリバリバリバリバリバリ。


 そう言って灰色はいいろネコは、ブワっとしっぽを逆立てながら、立てかけてあるダンボールでツメをとぎ始めた。

 …ぜんぜんこわくないんだけど。


「クロツキそれ、これから配達はいたつで使うダンボールだぞ。ツメとぎしたらボロボロになるじゃんか!」

「なに? それを先に言え」


 灰色はいいろの方はクロツキさんね。こっちもよく見ると「店長てんちょう 黒月」っていう名札なふだをしていた。大人じゃないのに店長なんだ。


「さあ、まずは名前から白状はくじょうしてもらおうか」

 クロツキがわたしのうでをガッとつかむ。


いたっ! 痛いよツメが! わたしは凛花、永山凛花ながやまりんかだってば」

「おまえの目的もくてきはなんだ?」


「だから、たまたま通りかかったら見たことないお店があったから、なんだろうと思ってメニューを見てたの!」

「おれがやさしく言ってるうちに正直になった方がのためだぞ?」

 ツメがもっと食いこんでくる。


いたーぁい! が出ちゃうよぉ!」

 わたしがさけぶと、後ろのコタツがちょっとあせった様子ようすでクロツキのフサフサ腕をつかむ。


「お、おい! それ以上はやめろよクロツキ! まだこの子がスパイだと決まったわけじゃ…」

 スパイ? さっきも言ってたっけ。うんうん、わたしがスパイなわけないじゃない。


 スパイっていったら、美人びじん運動神経うんどうしんけいバツグンで頭の回転かいてんが早いに決まってるじゃない。メガネじゃないことだけはたしか。


 わたしとさくらがハマってるマンガ『戦国名探偵せんごくめいたんていレン』は、高校生探偵たんていのレンが、歴史上の人物を召喚しょうかんしながら事件じけん解決かいけつしていく。


 レンもかっこいいんだけど、なぞ組織そしきの女スパイ、サラが強くてかっこいいの。レンのクラスメイトで、正体はかくしているんだけどね! わたしとさくらのしなんだ。


「うるさい! いいからおまえは早くはこべ」

 ぴしゃりと言われたコタツが、ゴクッとつばを飲んだのがわかった。


 このネコたち、なにかいけない物を運んでいる。きっとそれが”とりひき”なんだ。

 名探偵めいたんていレンのように、わたしの背景はいけいにビシッ! と閃光せんこうが走ってひらめいた。


 そうよ! それがバレるとこまるから、わたしのことをスパイだとうたがってつかまえたんだ!


 コタツはダンボールをかかえると、お店を出て行った。のこされたわたしを、クロツキがギロッと大きなネコ目でにらむ。


「わ、わたしだれにも言わないし。本当よ、信じて」

「人間の言うことなんか信じられるもんか」

 そう言いながらも、クロツキはうでを放してくれた。


 いたかったぁ…。そでをまくるとツメのあとが五つ、赤い点になってのこっている。

 しかし油断ゆだんしたすきに、今度こんどはネコの手が顔に向かってびてきた。

 やばっ! 顔を引っかかれる…!


 首をすくめて目をつぶると、痛いわりにメガネが持ち上げられ、耳からかれる。


「は………」

 おそるおそる目を開けると、青い目のすっごくきれいな男の人の顔がある。近い、顔が近いよ…!


 そこまで透明とうめいな深い深いいずみ。そんなネコの目と同じキラキラしたひとみが、じっとわたしを見つめている。


 急にドキドキしてしまう。だって、同じクラスの慶太けいた君よりかっこいいんだもん。慶太君は足が速くて勉強もできるうえに、アホタケやほかの男子みたいにバカなことしたりしないんだ。


 けれどクロツキが見つめているのは……ううん、くんくんはなあなをふくらませていでいるのは、わたしの顔ではなくメガネだった。


「ふん、ただのメガネだな。何のにおいもしない」

 ネコみたいに鼻の穴をふくらませてもかっこいいなんて、なんかくやしいぞ。


「あたり前でしょ、返してよ! これじゃなんにも見えないじゃない」

 ていうかわたしのドキドキも返してほしい! メガネをわたされるとしっかりかけた。


 またネコの顔に戻ったクロツキがニイィと笑う。目の細め方といいキバの見せ方といい、本当に人相ニャンそうわるい。修羅場しゅらばをくぐりけてきたってやつだ。


「おまえは、おれたちが本当はネコだと知ってしまった。これが魔女様まじょさまにばれたらどうなると思う?」

魔女まじょぉー? だれそれ? どこにいるの?」


 令和れいわに魔女なんかいるわけないじゃん? と思ったけど、よく考えたらネコがしゃべるんだから、魔女がいてもおかしくないのかもしれない。


「スパイが質問しつもんするな。おまえのボスか、それとも魔女様か、どっちの方がこわいだろうな?」


「スパイじゃないしボスなんていないし。魔女がいるなら会ってみたいけど、でも一番怖いのはわたしのママなんだから」

 あ、でも担任たんにんの西田先生もおこるとすごい怖いんだ。アホタケがシーンとなっちゃうくらい。


「ママがボスか。さてはおれたちの『ひだまりのビー玉』を子どもにぬすませて、何かしでかすつもりだな?」

 えーっと…、真剣しんけんな顔してなに言ってるのこのネコ。意味不明いみふめいなんですけど。


「その推理すいり全部ぜんぶ大はずれだよ。『戦国名探偵せんごくめいたんていレン』してあげるから、読んだ方がいいと思う」


 クロツキはちょっとだけ顔をそむけた。ネコなのにまるでずかしがってるみたいだ。

全巻ぜんかん持ってる。おれもファンだ」


 しかしすぐに頭をプルプルする。

「……じゃなくて! 魔女様まじょさま強烈きょうれつおそろしい人だ。一生しゃべれなくされるとか、マジでのろわれるぞ」


 一生しゃべれなくなる…? まさかまさか、本当に魔法まほうなんてあるわけがないよね?

 けれどニイィと笑うキバには、どこかゾクっとさせられた。

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