思い出にひたってまた蓋をする。
盆休みに実家に帰ってきた。今年36ともなると実家は帰る場所というより来る場所という方が正しいかも知れない。
自分の部屋にしまっていた小さな箱を取り出す。今は売ってない少し高いお菓子の箱。作ってる会社はだいぶ前に潰れたそうだ。
「あった‥母さん中身の知らないでずっと捨てずに置いてたのか。」
両親は出かけていて兄夫婦は子供をつれてイオンに行った。両方誘われたけど俺が行くのはおかしい気がした。だから今は家に1人。扇風機だけが音を立てていた。だから見る気になったわけだけど。
「懐かしいな。」
箱の中にはたくさんの葉書が入っている。高校の時に文通してた子と交わしたものだ。その子の字が、言葉の選び方が、そして目が好きだった。年賀状に暑中見舞いに一緒に行った美術館で買った記念葉書。些細な近況報告。
どれもこれもあまりに甘美な美しい思い出に感じる。
扇風機の音が聞こえなくなるほど浸っていたらスマホがなった。
『いまから帰るよ。』両親からだ。そそくさと箱を片付ける。いい歳になってこんなもの眺めたなんてたまらない。
家の前に車が止まる音がした。両親が帰ってくるには早すぎる。
「あのさ、開けて来んない?お義父さん達は出かけてんの?てかめっちゃ慌ててんじゃん。1人で何してたのよ。」
全力で誤魔化す。君との思い出を一人で見てたなんて言えるか!
「扇風機」 「葉書」「思い出」
どこかの誰かの日常短編集 土蛇 尚 @tutihebi_nao
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