第41話 この気持ちは冬眠させようと思う。**


(私、とっても邪魔者だ……)


 静寂に包まれた放課後の自習室の中には、ノートの上を走るペンの音だけが聞こえている。

 隠川くんも、転校生の栞音さんも、口をつぐんでいて、集中した様子で補習用のプリントに向かい合っているようだった。

 そんな二人は隣同士の席に座っていて、そのそばに自分も座っていた。……正直、気まずかった。


 恐らく、両想いであろう二人しかいない場所に、自分もいるのだから。かなり邪魔者だ。


 そういうこともあり、時間の流れが遅く感じる。


 隠川くんとの二人っきりの放課後の補習に、今日からは栞音さんも加わるようになるとのことだった。

 つまり、今日からずっとこの気まずさに耐えないといけないのだ。


 これは罰だと思った。


(去年、私は隠川くんにひどいことしたんだし、これは当然のことなんだ……)


 もう、春風あかねの恋は、終了のお知らせが告げられていた。



「ん、そろそろ時間かも。採点しよっかっ」


「あ、本当だ……」


 時計を見て、ペンを置いた栞音さんの言葉に、隠川くんも顔を上げた。

 放課後の補習は、約一時間である。回答から、採点まで済ませれば、十分だと担任の先生は言ってくれている。


 先週は、その答え合わせは隠川くんとプリントを交換して行っていた自分だけれど、もう、そうもいかないだろう。彼には彼女がいるのだから。


「じゃあ、はい。もおくんは私のプリントの採点お願いね!」


「うん」


(……いいな)


 明るく彼にプリントを渡す栞音さんを見て、思わずそんなことを思ってしまった……。


(もおくんって呼び方も、羨ましい……)


 親しげな呼び方だ。

 自分は隠川くんのことを、あんなに親しげになんて呼んだことない……。


「それで、もおくんのプリントは、春風さんに採点してもらお?」


「「えっ”!」」


 と、栞音さんの言葉に、思わず反応する自分と隠川くん。

 栞音さんはこっちを見ると、人懐っこい笑みを浮かべてくれて「プリント交換しよっ」と言ってくれる。


「だめ、かな?」


「え、あ、う、うんっ。わ、私は、いいけど……」


「よかったぁ。じゃあ、ほら、もおくん、早く早く!」


「う、うん」


 しどろもどろになった自分が頷くと、彼女が隠川くんに言ってプリントの交換をさせてくれる。


「春風さん。ごめん、お願い」


「う、うん」


 プリントを受け取る際に、少しだけ彼の指に触れてしまった。


(うう……)


 接触である。


「それで、春風さんのプリントは私が採点するね」


「あっ、ありがと」


「うんっ」


 栞音さんが自分のプリントを受け取って、また笑みを向けてくれる。


「おお……! 春風さん、字が綺麗だ」


「そ、そうかな」


「そうだよ!! もおくんもそう言ってるよ!? ね、もおくん!?」


「う、うん」


 隠川くんが頷いてくれた。それだけで、なんだか救われた気持ちになれた。


 そして……分かった。彼女、転校生の栞音さんは、自分に気を使って、隠川くんとの中を取り持ってくれようとしていることを……。

 こっちが勝手に抱いている気まずい雰囲気を感じ取ったのかもしれない。もしかしたら、思い違いかもしれない。

 だけど、自分も女子の中で18年間生きてきたのである。だから、なんとなくそれが分かった。


(多分……栞音さんはいい子だ)



 そして、翌日も、そのまた翌日も。

 3人での放課後の補習の日々は続いて、いつしか栞音さんは自分の隣に座ってくれるようになった。

 そして、毎回プリントの採点は3人で交換して行うことになり、彼女はよく話しかけてくれた。


「春ちゃん。今日は私のプリントお願いしますね」


「うん。詩織ちゃん。隠川くんは私のお願いします……」


「ありがとう」


 隠川くんとも、再び普通に話せるまでになっていた。


 そして、転校生の栞音さんのことは、下の名前で詩織ちゃんと呼ぶまでになり。

 彼女は自分のことを、春ちゃんと呼んでくれる。


(春ちゃんって呼ばれたの初めてかも……)


 今まで呼ばれても、あかねちゃんだったから、春ちゃんと呼ばれるのは初めてだった。

 そんな、彼女は気遣いもすごくて、話していてこっちが気を遣うことがないぐらいだった。



(これは……勝てない)


 と思わず苦笑いをしながら、そう思うほどだった。


 これだけ近くで見ていれば分かる。


 隠川くんと詩織ちゃん。

 二人は本当に両思いで、その詩織ちゃんが隠川くんと会話をしている時の笑顔は、誰に向ける笑顔よりも眩しいものだということを。



 そして、今日の補習授業が終わり、空き教室の鍵を返しに行くことにして、その後は帰ることになった。


「春ちゃんも一緒に帰ろっ」


「うん」


 誘ってもらって、一緒に帰ることになった。


 それは友達として、だ。詩織ちゃんとも、隠川くんとも、友達として、一緒に帰ることになった。


 まだ、隠川くんに対しての恋心が完全になくなったわけではない。多分、この気持ちを忘れることは難しいと思う。


 だから、その気持ちをそっと心の奥の物置みたいな部分に閉じ込めて、いつか自分一人でも飛び立てるようになるまで、冬眠させることに決めたのだった。


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冬眠を終えて学校に行くようになったら、みんなに注目されるようになりました。〜どうやら日に当たらない生活をしていたことで、俺は美肌のイケメンになっているらしい〜 カミキリ虫 @Chigae4449

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