第16話 奥義

その刹那、天狗が再び団扇を仰ぐ。風は周りの全ての物を巻き込みながら、こちらに向かってくる。一回目とは比べ物にならない強さだ。凛音狙いの攻撃ではあるが、なぎ倒された木がこちらに向かって飛んでくる。当たったら<地導力>で身体を守っていても無事では済まないだろう。


 「っっ……!! 」


足が竦む。これでは訓練の意味がないではないか。いや、訓練での俺は、心の何処かでいくら痛くても死ぬことは無いと思っていた。それは事実ではあるが、そんな心にあった甘えのツケを、今まさに払わされようとしているだけだ。ちくしょう。しかし木に当たる瞬間、身体が宙に浮く。俺は空中で凛音に背負われていたのだ。


 「なんか背負われながら浮いてんな……俺」


 「……普通逆だと思うのですが、それは不問にします。後、惣一朗は居ても役に立たないので、そこで見ておいてください」


そう言って凛音は俺を少し離れた所に置いていく。役立たずって……俺だって少しは傷つくんだからな。しかしこれで、凛音はなんの憂いもなく戦えるようになった。


 「攻撃が当たらない、瞬間移動、そして宙に浮く……いったい何の<地導術>だ? 」


何も出来ない現状に業を煮やしたのか、天狗が重い口を開ける。


 「さあね。気が向いたら教えるよ」


そう言って凛音は敵との距離を詰める。手に持っている刀で相手の首を落とそうとするが、天狗は冷静に躱して、凛音の右の脇腹目掛けて蹴りを、左側から風を吹かせて凛音を攻撃する。


 「やるね」


感心したような顔で、とっさに後ろに下がる。


 「……何故今のは防がなかった? いや、防げなかったのか。良いヒントを貰った」


してやったり、と言った天狗の嬉しそうな表情が伝わってくる。


 「正解。でもその前にそれ、治した方がいいんじゃない? 」


そういって凛音は天狗の右手を指す。いや正確には右手があった場所だ。そう。まただ。気付かぬ内に斬られている。不可視の斬撃。こんなもの誰が防げると言うのだろうか。敵ながら天狗に同情できる位の無理ゲーだ。


 「分析もいいけどさ、もっと集中しないと死んじゃうよ? 」


そう言った途端、凛音は天狗の目の前に瞬間移動する。そして、反応できない天狗に、とてつもない速さの蹴りを浴びせる。人間が蹴りで出せる速さとは思えない勢いで天狗が吹き飛ぶ。


 「特別にちょっと教えてあげる。私の<地導術>はね、本来この世にあるべきでない物を、ここに引っ張ってくるようなものだよ。百聞は一見に如かず。実際受けてみよう。……術式発動「進」」


凛音がそう呟くと、吹き飛んでいる天狗の真上が正方形状に青く光る。そして次の瞬間、今度は真下に天狗が勢いよく飛んでいく。隕石のような勢いで地面にぶつかったため、周囲の大地は割れてクレーターのようになっている。やがて周囲の土煙が晴れる。あれだけの攻撃を受けても天狗はまだ生きていた。斬られた腕も気付かぬ内に再生している。


 「まだ生きてたんだ。流石は……そうだね、ランクで言うとS2~3位かな? 驚いたよ」


 「……驚くのはこちらの方だ。長年<ノア>の局員を殺してきたが、……ここまで完成度が高い人間には会ったことが無い。後々、同胞たちが苦しめられそうだ。ならば私のやる事は……ここで命を投げうってでもお前を葬る事だろうな」


天狗がそう言った途端、周囲の天気が変わる。晴れていた天気が曇に変わり、雷まで鳴っている。素人の俺でさえ、これから何かが起こる事が理解できる。そして瞬時に、凛音がこちらに戻ってくる。


 「え、凛音でもヤバい感じなのか? 」


焦りながら俺は聞く。


 「いえ、違います。二人で一緒にいた方が都合がいいからです。それに、私はこれが見せたかったんです」


嬉しそうな顔をしながら凛音が言う。


 「なんだそのヒロインが主人公に綺麗な景色を見せた後に言う様なセリフは。雨降ってるし竜巻まで出てるぞ? 今」


 「問題ありません。ただし私の手を絶対離さないで下さい」


そう言って凛音は俺の手を掴む。天狗は団扇を強く仰いだ後、もう片方の指先で地面に触れる。


 「奥義 風陣遠雷」


天狗がそう言うと、俺達の周囲に立ってられないような風が吹く。地面が天狗を中心にして、同心円状に光る。その色は、緑といえば緑だが、形容しがたいおぞましさだ。円は広がっていき、やがて俺達の足元も包んでいく。更に飛ばされている物が、地球の物理法則ではありえないような軌道でこちらに向かってくる。先程までの綺麗な自然は完全に消失し、生物も含め全ての物が風に巻き込まれる様子は、地獄と形容しても差し支えないだろう。そんな地獄の中心で、俺は凛音の手を強く掴んだ。

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群青の少女戦記 だいだらぼっち @daidarabotti

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