第15話 鉢合わせ

あれから五日が経った。朝起きたら学校に行き、帰ったら夜まで勉強をして、夜になると凛音に打たれるという生活を繰り返して五日。身体の至る所に痣が出来て、一種の紋様のようになっていた。凛音も凛音だ。もう少し手加減してくれてもいいのに。俺の竹刀はお前にかすりもしないんだぞ。


 「おい惣一朗。お前顔色凄いぞ……大丈夫か? 」


朝学校に来て、一言目に言われた優希に言われた言葉はそれだった。確かに、痛みで眠れずにここ最近は寝不足なのだがそんなに酷いのだろうか。


 「あーどっちかって言えば大丈夫じゃないな。色んな所がボロボロだ」


 「こりゃ相当だな。保健室行って来たら? 」


八時四十二分。優希に勧められて保健室に行く。俺は保健室行く位なら早退する派なのだがそこまで頭が回らず、亡霊のように目的地までの道を彷徨う。俺達の教室は教室棟の三階、保健室は管理棟の一階にある。そして授業の開始の直前ったため、廊下に人はほとんどいなかった。なるべく一人になるな、という凛音の忠告を覚えてはいたものの、学校という場所、そして距離もそこまで長くないため、まあいっか、と思いそのまま突き進む。が、角を曲がり、渡り廊下に出る時、そこには凛音がいた。


 「あらら~凛音さんじゃないですか。まさか僕を学校まで竹刀で殴りに来たんですか……? 」


いつもと違う口調で震えながら尋ねる。正直に言うと、凛音の間合いに入ると背筋に悪寒が走り、心拍数が上がるのだ。まさか本当に学校まで……と思ったが、腰に差している刀は、紛れもない本物だ。服装も俺らが貸しているラフな服装ではなく黒を基調にした隊服だ。きっと何か予想外な事が起きているのだろう。


 「惣一朗……あれ程一人で行動するなと言ったのに、貴方はアホですか」


少し不機嫌そうな顔で凛音が言う。この子も怒ったりするのか。


 「すいません……体調が悪くて…… 」


半分くらい打撲のせいですよ? 貴方から受けた、と言いかけたが止める。


 「それで何で凛音がここにいるんだ? もしかして結構やばい感じか? 」


 「いえ……ヤバさでいったら、朝起きたら牛乳が無かった!!位のレベルなんですけど、本部から緊急の指令が入ったんです。あれを」


なんだそれは、そんなんで学校に来るな。あれからクラスの男子からの扱いが人間じゃ無くなったんだぞ。次は授業中に抜け出して逢瀬を重ねる……なんて噂されてみろ。今度は全生徒からの扱いがどうなるかわからない。そんな妄想にふけっている途中に、凛音が指を差している方向を見る。するとそこには、天狗がいた。本当だ。冗談ではなく天狗なのだ。しっかり団扇を持ってるし、鼻が高いのは格式が高い証拠だったっけな。いずれにしても、凛音がここに来ていると言う事は、敵であることに違いないだろう。そしてもう一つ。凛音は朝起きたら牛乳が無い! とかほざいてたがあれは嘘だ。肌身で死を感じれるし、最初に会った殺し屋、次に会った<バベル>とは比べ物にならない程の導力を纏っている。俺がもしあのまま歩いていたら、瞬きする間に土に帰っていただろう。仮面をしているため、表情こそよくわからないものの微動だにせずこちらを見つめるその姿勢にも、かなりの雰囲気を感じる。そりゃ本部から指令も来るもんだ。


 「天狗……だよな。あれも<バベル>なのか? 」


 「はい。あそこまでしっかりイメージを具現化できているということは……<ノア>のランクでもかなり上の方でしょう。よりによって何故惣一朗の高校に、という事は後で考えましょう。しかし、ちょうどよくもあります。竹刀で打たれるのも飽きてきたでしょうし、貴方の理想、<地導術>での戦闘をお見せします。」


凛音がそう言うや否や、天狗が持っている団扇を仰ぐ。すると周りの窓ガラスが割れて、台風のような風がこちらに向かってくる。巻き込まれたら飛ばされるというレベルは、とうに超えている。俺は反射的に目を瞑ってしまう。しかし、数秒経っても変化はない。目を開けてみると、風によってこちらに向かってくる物が全て、凛音の目の前で止まっている。この前と同じだ。どういうわけか、誰も彼女に触れる事が出来ないのだ。周囲から叫び声が聞こえてくる。おそらくケガ人はいないが、シャボン玉のように割れる窓ガラスの音と、超常現象並みの爆風に気付いたのだろう。


 「ここは場所が悪いですね……惣一朗、好きな県とか、行ってみたい場所、ありますか? 」


凛音がそれとなく聞いてくる。


 「それ今必要なのか? うーん……山形とかかな。温泉行ったりクラゲ博物館に行きたいのはある。」


 「山形、いいですね。10分でこいつを殺して、その後観光に行きましょう。」


何を言ってるんだこの子は、と思った瞬間、俺と凛音と天狗、3人の周囲の空間が立方体上に青く染まる。


 「うおっ……なんだ!? 」


次の瞬間、世界が自分を拒否するかのような違和感に襲われた後、空間が暗転する。例えるなら、テレビの中に自分がいて、テレビを消されると同時に自分も潰れて消えてしまうかのような恐怖だ。その直後、俺達は山の奥の道路上にいた。生い茂る緑に様々な生き物達の鳴き声は、都会の喧騒とは全く異なる物だ。道路はコンクリートで整備されていて、看板が山形市まで後何キロかを教えてくれる。状況と先程の凛音の言動から考えるに、どうやら俺は山形に瞬間移動したようだ。信じがたい事だが、今までの経験から凛音ならできてもおかしくはないと、頭は理解していた。そして、凛音は俺から離れて敵の方向に向かっていく。


 「待たせたね。じゃあ、始めよっか」


凛音は、俺には見せた事が無いような鋭い表情で天狗に語り掛ける。剣を構えるその姿は凛々しく、花鳥風月に溶け込んでいる。

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