第15話 リボン
はさみの音がチョキチョキと響く。
なんと髪を切ってくれたのはイライズさんだった。
すごく器用だ……。
櫛で私の髪を梳きながら、髪を切っていく。
最初は後ろの髪や横の髪。肩あたりで揃えられると、頭がそれだけで軽くなった気がした。
切った髪がきれいな部屋を汚してしまう気がして、きょろきょろと目がさまよう。
それを伝えると、髪は掃除するから心配しなくていいと教えられた。
鏡台のところには絨毯が敷いておらず、木の床になっているので、髪が落ちても掃除がしやすいらしい。
「さあ、終わりです」
おでこのあたりに響いていた、はさみの音がなくなる。
どうやらこれで終了らしい。
「もうすこし、目を閉じていてください」
「うん」
前髪を切るから目を閉じるように言われていたのだが、まだ目を開けないほうがいいようだ。
「仕上げです」
イライズさんはそう言うと、私の後頭部からてっぺんのほうへとなにかを持って動かした。
そして、頭のてっぺんですこし作業をして――
「目を開けてみて、クロ」
そう言われて、おそるおそる目を開ける。
すると、目の前の鏡に私が映っていた。
「わぁ……」
「どうですか?」
腰まであったボサボサの長い黒髪は肩で揃えられ、つやつやしている。
そして、顔を隠していた前髪は眉毛のあたりまでしかない。
もし、これから人の目を避けようとして、うつむいたとしても、表情を隠すことはできないだろう。
前髪が短くなって、いつも見えるようになった目は黒くてまんまるだった。
でも、変わったのは髪だけじゃなくて――
「これ……リボン?」
「ええ。クロにぴったりだと思いまして」
――頭のてっぺんで結ばれた、赤いリボン。
ちょうど三角の耳が二つついたみたいになっていた。
まさか自分の髪にリボンを結ぶなんて思ってもみなかったので、びっくりしてぼーっと見てしまう。
「これ、私?」
「ええ、クロです」
鏡に映る知らないこども。
鏡越しのイライズさんは、ぼーっとしている私に優しく声をかけてくれた。
「獣性の強い耳は目立ちます。ですので、こうやって大きなヘアアクセサリーをつけるとお互いに邪魔し合うために、つけることができません」
その言葉に、ちょうど大きな耳を持つイライズさんで想像してみる。
イライズさんの頭のてっぺんには大きな立ち耳がついていて、それがとても目立つ。私みたいにリボンをつけても意味はないかもしれない。
「これはクロだからこそ似合うものです」
「……変じゃないかな」
自分の髪じゃないみたいにつやつやで……。目がどんな形をしているのかすぐにわかって……。
……こんなかわいいリボンもつけて。私に似合うのかな……。
「とてもかわいいですよ」
イライズさんは微笑んで告げてくれる。
そして、そっと私の隣に屈んだ。
「それに、このリボンは私の髪と同じ色です」
「……イライズさんと?」
「はい。きれいな赤色でしょう? クロがつけていてくれると私がうれしいのです」
鏡に映っているのは、私とイライズさん。
イライズさんが屈んだので、イスに座った私の顔の横にイライズさんの顔があった。
私の頭には赤いリボン。イライズさんには長くてきれいな赤い髪。
たしかに、同じ色だ。
「髪を切るために、クロがたくさん勇気を出してくれたのがわかりました。きっと慣れない髪型で落ち着かないときがあるかもしれません。そんなときはこのリボンを触ってみて下さい」
「リボンを……?」
イライズさんが私の手を取り、頭のてっぺんにあるリボンに触らせてくれる。
リボンはなめらかな手触りで、光の当たる角度によってきらきらと輝いた。
「この髪は私が切りました。私はクロの髪やこのリボンの色にとても自信があります」
「うん……」
「不安になったときは、『イライズがかわいいと言ったのだから間違いない』と思い出してみてください」
「……うん」
……いいのかな、こんなにしてもらって。
イライズさんとは初めて会ったけれど、とても素敵なのは一目でわかる。
きっと、このおしゃれな部屋もイライズさんの選んだものだからだろう。
そんな人が私をかわいいと言ってくれる。リボンをつけてくれて、不安になったら思い出したらいいと言ってくれる。
目が熱くなってきて……。
このままだと、もっと目が熱くなりそうだったので、急いで目に力を入れた。
そして、二回、深呼吸。
胸を落ち着かせると、おそるおそる横を向いた。
「イライズ、さん……」
「はい」
碧色の瞳と目が合う。
私の前髪は短くなってしまったから、なにも遮るものはない。
それだけで、胸が勝手にドキドキと早く鳴り始める。
弱すぎる自分にため息が出るけど……でも……。
顔を上げると決めたから。
必死で目を見返して、言葉を告げた。
「あ、りがとう」
「はい。どういたしまして」
碧色の目がやわらかく細まる。
その目は私を見ても、嫌な色にならない。きれいで優しい碧色のまま。
「さあ、髪を片付けてから、ブチとジュウに会いに行きましょう」
「ブチとジュウに……?」
「ええ。二人とも心配していましたからね。クロがどうなっているか気になって、訓練に身が入っていないかもしれません」
「そうかな……?」
二人の訓練を私は何度も見ている。けど、二人はすごくがんばっているから、身が入らないことなんてないと思うけど……。
「きっとそわそわしていると思いますよ」
イライズさんはそう言うと、てきぱきと髪を片付け始める。
私の手伝おうと思ったのだけど、私が動くと髪が散らかってしまうから、とあまり手伝えることはなかった。
そうして、髪を片付けたあと、訓練場へ行けば――
「とても似合う」
「すっげー!すっげー!」
訓練をしていたブチとジュウが遠くからこちらに向かって、一目散に走ってきた。
ブチは私の目の前にたち、ジュウは私の周りをうろうろしながら、いろんな角度から見ているようだ。
二人の反応にどうしていいかわからず、隣にいるイライズさんを見上げると、イライズさんはくすくすと笑った。
「ほら、ブチ、ジュウ。二人ともまず言うことがあるのでは?」
イライズさんがそう言うと、ジュウがぴたりと足を止めた。
そして、おそるおそると言った感じで私を見て――
「あのー、あれだ! クロ、すごく変わった!!」
「そうかな……」
ジュウに言われて、すこし目が泳ぐ。
変わった……かな。
うん……。でも、イライズさんが切ってくれたから……。
手を伸ばして、リボンを触る。
さっきと同じすべすべの感触。きっと、光が当たってきらきらと輝いているはずで――
「クロ」
すると、その手にブチの手が重なった。
「変わったけど、変わってない。クロは最初からかわいい」
「え……」
ブチに思いがけないことを言われる。
胸がドキッと音を立てたと思ったら、頬がすごく熱くなってきて……。
するとジュウがむっと眉を寄せた。
「おれだって、クロがかわいいことは最初からわかってる!」
「俺のほうがわかっている」
「あー!? お前、いっつもいっつもなんなんだ! 俺がクロを一番かわいいと思ってる!」
熱かった頬。二人の会話を聞いていたら、もっともっと熱くなっていった。
胸がむずむずして、いてもたってもいられなくて――
「も、もう、いいから! 二人とも……っ!」
止めてもらおうと、二人を制する。すると、二人は私の顔を見て、なぜか笑顔になった。
「ほっぺが赤くてかわいいな!」
「それは同じ気持ちだな」
「もう、いいから……!」
二人はケンカばかりなのに、今だけは息がぴったり。
そして、ブチが私の手を持ったまま、リボンに触れる。その顔はちょっと不機嫌そうで……。
「このリボン、白と黒ならいいのに」
「それならおれの色でいいだろ」
「ないな」
「あ?」
さっきまで息がぴったりだったのに……。
リボンの色で意見が割れた二人が、ピリッとした空気になってしまう。
そんな私たちにイライズさんがまたくすくすと笑って――
「みんなでいろいろ買いに行きましょう」
そう言って、全員の頭を撫でた。
ケモミミ騎士団でがんばりたい しっぽタヌキ @shippo_tanuki
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