告白は言葉にならない

那譜 彗音

告白は言葉にならない

幼馴染の燈音と、週末の人混みでごった返すショッピングモールの中を歩いていた。

白いブラウスを着ている燈音の肩の上で、艶のある黒髪が微かに揺れる。通路を歩く人々の会話や、洋服店から聞こえる溌剌とした女性店員の声がまるでバッググラウンドミュージックのように僕の頭の中で再生されていた。

「そろそろご飯食べる?」

不意に燈音が振り向く。咄嗟に目線を下に逸らし、ポケットからスマートフォンを取り出して時間を確認すると、既に十九時を回っていた。

「うわ、もうこんな時間か」

屋内にいると、時間感覚がどうしても麻痺する。燈音のような女性といると尚更、時間の経過を忘れてしまう。

「じゃあ、食べるか」

燈音が頷く。僕は思わず微笑む。

僕等は、また歩き出す。

燈音は僕の愛人ではない。僕が燈音に多少の恋心を抱いていたとしても、相思相愛の証明がなされなければ、燈音を愛人とは呼べない。こうして二人でショッピングモールに来ているのも、明日に控える燈音の親友の誕生日に備えプレゼントを買いに来ているだけだ。残念なことに、決してデートではない。

燈音は天使のような愛嬌のある笑顔と人懐っこい性格で僕等の通う高校でも人気である。僕も燈音が幼馴染であることにある種の誇りを抱いていた。

燈音は二週間に一度のペースで生徒から告白を受けているらしい。燈音がその告白の数々を断る理由が僕に関係していると良いな、と少し思う。

そうして、君の背を見つめている。

フードコートが見えてきた。

「燈音、何食べる──」

『チリリリリリリリリリリリリリ』

突然、耳を劈くような警報音が鳴り響いた。

「えっ?何!?」

『火災発生、火災発生、避難して下さい。繰り返します──』

群衆がざわざわと騒ぎ始める。燈音も口を動かして何か喋っているが、悲鳴に紛れ全く聞こえない。

「落ち着いて下さーい!係員の誘導に従って下さい!」

非常階段の方に人混みが吸い込まれるように動く。

「燈音、行こう」

「う、うん……!」

僕は燈音の手をとって走り出す。燈音の温度が伝わって、少し頬が紅潮する。

「わっ!」

燈音が躓いて激しく転倒する。燈音と手を繋いでいた僕も同時に転んでしまう。

「燈音、大丈夫……?」

「……大丈夫。ごめん。」

「急ごう」

人混みは消えてしまっている。あれほど煩かった悲鳴も、もう聞こえない。ショッピングモール内は、静寂に包まれている。

非常階段を使い、急いで避難する。燈音と繋いだ手は、離さない。もう一方の手は、僕の口元を覆っている。

タンタンタン、と単調な音が響いている。黒煙が、視界を覆う。僕は足を止めない。大切な人を守るために、走っている。

げほっ、と咳き込む。

「大丈夫…!?」

「喋ったら駄目だ!」

数メートル先に、光が見える。僕等を救う、希望の光だ。

足の裏に力を込め、僕は地面を思い切り蹴った。


そして、光に飛び込んだ。



「起きた?おはよう」

目を開けると、燈音が微笑んでいた。

おはよう、と返事をしようとするも、声が出ない。口が、開かない。全身の筋肉が凝固したような感覚。辛うじて分かったのは、僕は、病室にいるらしいということだけ。

「驚いてるかもしれないね……。今、君は無動性無言症という病気にかかっているの。自発的に言葉を発したり、動いたりできない、そんな病気」

燈音の言葉が僕の両耳を通過する。理解ができないまま、燈音は喋り続ける。

「意味が分からないよね。私も分からないよ……昨日の火事で、一酸化炭素中毒になったんだって」

悲しい。苦しい。でも、何も動かない。誰にも、何も伝わらない。僕は一人孤独な空間に佇んでいた。

「でも、私が居るからね。安心してね。辛くても何も言えなくても、近くに、いさせて」

僕は哭きたくなる。涙は出ない。

辞めてくれ、燈音。僕は、君に迷惑を掛けたくない。君には自由に生きて欲しい。僕は君の足枷にはなりたくない。君を愛している。だからこそ、こんな無口な人形にいつまでも構っていないでいい。僕は独りのままでいい。

君に迷惑をかけるくらいなら、自殺でも何でもしたい。でも、あぁ、死ねない。

身体が、動かない。

死ねる方が、まだ幸せだった。

「そしてね、ずっと言えなかったけどさ」

孤独な空間に、無数の穴が開き、誰かが入ってくる。

とても大切な人だ。

「私は、貴方が好きでした」

涙の跡が、涼しく光る。

声は出ない。

でも、僕も君が好きだ。

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告白は言葉にならない 那譜 彗音 @feconicu

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