退廃世界のランドスケープ
生田 内視郎
退廃世界のランドスケープ
やっと着いた……
浴びるような潮の匂いを鼻いっぱいに吸い込んで体内の疲れごと息を吐き出せば、目の前には油画で描かれたようにクッキリと別れた青と白のコントラストが広がっていた。
さざ波の音を聞きながら海駅図鑑につけた折り目を伸ばし、目の前の風景と照らし合わせる。
人差し指と親指のフレームで切り取れば、多少様変わりしたもののここが「青海川」駅で間違いないようだ。
古びて朽ちた廃人駅の床を踏み抜かないよう慎重に探索する。
当の昔に無人駅だったこともあり老朽化が他より進んでいる為、どこもかしこも触るだけで崩れてしまいそうだ。
建物も周辺に残っていない為、残念ながら今夜もまた野宿決定。
雲の切れ間から覗く星を観察しながら睡眠を取るのも悪くは無いが、いい加減雨に怯えずゆっくり休息を取りたいものだ。
取り敢えずノルマをこなし早朝には出発出来る様に、早速調査に取り掛かる。
背中のリュックから三脚と高機能カメラ、水質測定器、空気汚染測定器、電磁波、放射能測定器その他諸々を取り出す。
今現在のこの地域の環境に現行人類が耐えられるかの検査測定は、まだまだ基準値を割ることは無さそうだ。
見た目は人類が普通に暮らしていた頃とそう変わらないのに、ともう一度図鑑の写真と見比べる。
と、不意に頭部に強い衝撃を受け頭が真横に吹っ飛んだ。
どうやら獣か何かの襲撃を受けたらしい。
自己防衛プログラムを発動し直ちに迎撃体制に入る。視覚情報を頭部から胸部に切り替え、サーモグラフを展開し、脚部のバックパックに収納された電磁警棒を構えると、隅で頭を抱えて丸まっている人間を発見した。
人間 そんなまさか……
だけど私にはロボット三原則第三条に則り、危害を加える危険性を排除する義務がある。
丸まって怯える彼女の首を押さえ、抵抗できないよう持ち上げる。
彼女はいつか記録で見た首根っこを掴まれた猫のように激しく暴れた。
「オートマッティックが人間に危害加えていいと思っとんのか!?ロボット三原則はどうしたいっ!?」どうやら彼女は人間の中でも相当古い型のようだ。
「ロボット三原則第一条により、私は人類への危害を及ぼすことを禁止されています。
失礼ですが、貴方の所属地区と識別IDの提出、もしくはヒトゲノムDNAの解析許可を申請します」
「んな気持ち悪いモンあるわけ無いだろっ!?人の肌にチップ埋め込むなんざ、気味が悪いったらありゃしないっ!」
「では貴方は、人類保全管理局への登録を行なっていないのですね」
驚いた
ここまで大気汚染の進んだ地域に人間がいた事もそうだが、未だに管理局の目を逃れて生存する個体がいたとは
しばらく観察しているとやがて私の腕を叩いて彼女が苦しそうにうめき出した。
どうやら服が引っかかって上手く呼吸が取れないらしい。
取り敢えず彼女に私を破壊する程の力は無さそうなので解放してやると、彼女は受け身も取れず腰を打った。
「イタタタタ、老人には優しくするモンだよ
このポンコツロボット!」
床に転がった頭を拾い繋ぎ合わせる。
「失礼しました。人間の方がまだ残っていることに驚き、取り乱してしまいました」
「アンタこそ、人間なんてとっくにいなくなっちまったこの地球でまぁだ律儀に仕事してんのかい、呆れた仕事中毒者だね」
「創造主は私に火星での移住後、通信を交わして人類が帰還可能となるまでこの世界の汚染状況を逐一報告する任務を課されました。
従って、私は人類がこの地に再び移住出来るまで監視、記録する義務があります」
「あっはっはっはっ、アンタ、人類が火星に飛び立って何年経ったと思ってるんだい。
あわよく火星に辿り着いたとしても、とっくに皆くたばっちまってるよ。
通信だって未だに返ってきてないんだろ?」
「…………………」
「忠犬ハチ公じゃあるまいし、帰らぬ主人を待っててもしょうがないだろ。
どれ、差し当たって残された最後の人類であるアタシが、アンタの主人として面倒みてやろうじゃないか」
私は彼女の言ってる意味が分からず、目をしばたたかせた。
「ロボット三原則第二条
第二条だよ!忘れちまったのかいこのポンコツ」
「あ、ええと『ロボット三原則第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。』」
「言えるじゃないか。しかしアンタオートマタの割には随分と人間臭い動きだね、作った奴の趣味か?」
「私は自律式コミュニケーションヒト型凡用メイド最新AIロボットをベースにしているので、その影響ではないかと思われます。」
「ふうん、ま、なんだっていいさ。
ほれ行くよ、アンタには早速やって貰いたい仕事が幾つもあるんだ」
床に散らばったままの観測器の類と、創造主が思い出の品だと渡してくれた海駅図鑑を急いで拾い上げ、乱暴にバッグに戻し彼女の後をついて行く。
再び外に出ると、髪を乱すほどの強い潮風が私の鼻をついた。
彼女はもう遠くの砂浜を歩き出し、私に何事か叫んでいる。
私は波打つ海の向こうに薄くぼんやりと見える火星にもう一度通信を送るが、一向に通信が返ってくる気配はなかった。
退廃世界のランドスケープ 生田 内視郎 @siranhito
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