微笑

愛奈 穂佳(あいだ ほのか)

第1話

「今度はなんなんだ……?」

 本当に心底疲れきったような表情と声音と微苦笑を浮かべながら、美術部部長の新井は1学年後輩の新入部員、麻葵(まき)のウエストをじぃーっと見ている。

 美術室の窓を背につま先立ちをしている麻葵は普通に制服姿だったが、そのウエスト部分には何故か紐がまかれていたのだ。

 誰がどこからみても奇妙なその姿を、感性豊かな美術部の部長は看過できなかったようで……部長に興味を抱かせることに成功した麻葵は、人知れず内心ガッツポーズをした。

「あ、コレですか?某ダイエット雑誌に書いてあったんですよ~。ウエスト引き締め&維持に効くって。ついでに、前にも説明しましたけど、つま先立ちしてるとふくらはぎが細くなるらしいんですけど……多少は効果あったように見えます?更についでに、太股もも少し引き締めた方が、見た感じ、全体のバランス良くなります?」

 ここぞとばかりにつま先立ちの姿勢正して軽くポーズを意識し、満面の笑みを浮かべる麻葵(まき)に、新井は深く溜息をついた。

「あのな、工藤」

「麻葵、でいいですよ、部長」

「……工藤、オレに毎日毎日同じことを言わせるのも、その何かのエクササイズの一環なのか?」

「う~ん……それは微妙に違いますね~。部活中に毎日毎日何か同じことを言われるなら、『もうちょっとこっち向いて』とか『あ、その角度いい!』とか、ポーズについてこまかく指示される内容がいいです~♪」

 新井は深く嘆息した。

「だから」

「はい♪」

 今日も今日とて昨日までと変わらない平行線な会話にしかならないだろうと思いつつ、それでも隙あらば少しでいいから現状打破できるように……と麻葵は笑顔の下で気を引き締める。

「何度も言ってるけど、俺は人物は描かないんだって」

「今日はそうかもしれませんが、明日はわかりませんよね?部長に描いてほしい為に体型整えようとがんばってる私を見てたら、きっと気が変わりますよっ♪ 部長は『食わず嫌い』なだけだと思います♪」

 だから私を描いて~♪ と、麻葵(まき)は言葉ではなく笑顔でアピールする。

 いつもならココで部長はなんとも言えない表情を浮かべながら同じ事を麻葵に言う。

『人のことより、まず今は自分のことをなんとかしろって。退部するやつが続いたお陰で、部を存続させるのに必要な部員数を確保できなくて、廃部寸前のところ助けてくれたのはお前だけど……』

『でしょう?♪』

『入部してくれて助かったけれど、活動証明のために、毎年恒例の展覧会には必要な人数分の作品を出展させなきゃアウトなんだからさ』

『知ってますよ』

『ほんと、頼むよ。何でもいいから描いてくれって』

……いつもの部長なら軽い小言と懇願を口にして自分の作業に戻るのだが……

 今日は一呼吸置いてからこんなことを麻葵(まき)に言った。

「食わず嫌い……確かにそうなのかもしれないけど、だったら、お前もだろ?」

「え?」

「絵画鑑賞が好きなら、絶対描けるのに」

「……」

「どんな絵でもいいんだけどさ、絵を見た時、その絵から何かを感じられるから、工藤は絵画鑑賞が好きなんだって言ってたよな?」

「……あ、はい……」

「何かから何かを感じられる感性があるなら、その感じたことを目に見えるカタチにすること、必ずできるハズだと俺は思ってる」

「……」

「それは『小説』でも『音楽』でも『絵』でもなんにでも当てはまると思ってるし、その中で工藤は『絵』を選んだわけじゃん? だから、本当は描けるんだと思うよ」

「……」

「最初は誰でもビックリするくらい下手くそなんだって。でも、描きたい気持ちと自分の感性を大事にすることができれば、技術は後からついてくる」

「……」

「工藤さ、部活中、つま先立ちしながらみんなの描いてる絵を楽しそうに見てるじゃん?」

「……」

「自分も描きたいけど、きっと描けないだろうな……って、そう思ってるんじゃないか?」

「……」

「そういう表情もしてる」

「……」

「まずは描いてみろって。お前よりは知識も画力も多少ある俺が、ヘンなところは直すし教えてやるからさ。なんでもいいから描いて、展覧会、出そうぜ?」

 純粋に熱意たっぷり力説する新井と向き合いながら、「やっぱりこの人好きだなぁ~」と麻葵(まき)は改めて強く思った。

 好きだから、同じモノを見ながら同じ時間を共有したい。

 本当は自分がモデルになって人物画を描いてもらって、その二人きりの時間を満喫したかったけれど――。

「わかりました。何が描けるかわからないけれど、出展〆切に間に合うように何か描いてみます」

「おっ……! マジで!?」

 部長の新井は珍しく全身で喜んだ。よっぽど廃部になる事を懸念していたのだろう。

「はい。だから部長、マンツーマンで指導してくださいね♪」

「えっ……?」

「だって私、絵なんて描いたことない超ど素人だもん♪」

「え?いや、それは知ってるけど、俺も時間ないし……つきっきりで素人指導っていうのはちょっと……」

「ほらほら部長!時間もったいないから、早速始めましょーっ」

 当初の予定とは違ってしまったけれど、コレはコレで有りだわ♪と、微笑みながら新井の手を取る麻葵(まき)だった。


                                  おわり







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微笑 愛奈 穂佳(あいだ ほのか) @aida_honoka

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