第4話 正面衝突
王都に
細長い小道を抜け、右に曲がると、王都一番の中心街である噴水広場に到着する。噴水広場からは太い通りが星状に
シックザール枢機卿の過保護のせいで大聖堂の外へ出たことがないセラフィナは、
朝市は大聖堂の三時課の鐘とともに始まるため、時間との勝負だ。出遅れてしまうと他の店に客を取られてしまう。店の人間の中にはセラフィナを見て目を丸くする者もいたが、すぐに戻って品出しに没頭した。
「セラフィナちゃん! 外に出るたぁ珍しいね。何かあったのかい?」
「はい。王立騎士団に用事がありまして」
「王立騎士団? なんでまた」
セラフィナが王立騎士団に所属する、という話を宮廷は公表していないらしい。教会も信者たちの混乱を招くのを避けたいので、積極的には明かしていない。だがこれから大聖堂を訪れた人たちは、セラフィナがいないことに困惑するだろう。毎日のように自分と交流してくれた人々のことを思うと、胸が痛い。
「総轄長? というものに、私がなるみたいでして」
「は? 総轄長? 騎士団の? セラフィナちゃんが?」
「はい」
「え、ほんとに? なんで?」
野菜屋の反応を見ると、総轄長というのがどんな立場の人間か、知っているようだ。セラフィナはただただ騎士たちの前に立つ偉い人、という認識しかない。
総轄長は、間違いなく騎士の頂点に君臨する座なのだが、そこには権威が備わっている。文武に優れ、人を的確に使役する才能と信望があり、忠義に厚い。特に王立騎士団の総轄長は国内に点在する他の騎士団やその支部に比べ格上なので、指導も認められており、騎士の代表といった側面がある。
自分の座る椅子にそれほどの威信が付随していると知らない、教えられてもピンとこなかっただろうセラフィナは、のほほんと答えた。
「宮廷のご要望だそうです。
もう少し話していきたいが、時間もあるので
見る顔見る顔、礼拝で見知った人たちばかりだが、邪魔するわけにいかない。セラフィナは軽く会釈して石畳の歩道を進んでいく。石窯で小麦がふっくらと焼き上がる出来立てのパンの香ばしい匂いが漂ってきた。かすかに聞こえる、肉の脂身が
「泥棒ー! 誰かー!!」
向こうから叫び声がした。チーズ屋の吊り看板を出している店からだ。ふくよかな女性がこちらに走ってくる男性を指差している。
男の手には何かがたっぷり詰まった麻袋が握られていた。表面がごつごつしている。お金かもしれない。大聖堂にお金を寄付してくれる信者の中には、ああいった袋によく硬貨を入れている。そうでなくとも、お店の人にとって大切なものなのだ。
男はでっぷりした体格に似ず足が速く、助けを聞きつけた他店の人間が捕まえようとしてもすり抜ける。品出しに夢中で見て見ぬふりの者もいた。このままでは逃げられてしまう。
セラフィナは咄嗟に歩道の中央に立ちはだかった。男が脇に逸れようとした瞬間を見逃さず突き出たお腹に飛びつく。
「っ!」
正面衝突した反動でセラフィナの身体は地面に突き飛ばされた。半身を打ち、肩を強く打つ。痛みに耐えて起き上がると、尻餅をついた男は落とした袋を握ってなおも逃げようとする。
「っ、だめ!」
セラフィナは男の腕に飛びかかった。男は太い腕を振り回して彼女を振り落とそうとする。引き剥がされそうなのをセラフィナは必死に
「離せ!!」
逆上した男がもう片方の手で拳を固め、セラフィナに殴りかかる。
直前、男の背中から重く鈍い衝撃音がした。目を玉のように見開いて男が唾を吐く。
巨体から一気に力が抜け、ずるりと前に倒れる。支えを失ったセラフィナも再び地上に引き戻される。
――――あ。頭、打つかも。
伸ばした指先で、宙を引っ掻く。明るい空は真っ青だ。
「――――君、大丈夫か!?」
快晴を誰かの影が遮った。金茶の髪が逆光に透けて輝く。
温かな手に掴まれたも遅く、硬い石畳が
目の前を星が散り、彼女は気を失った。
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