1269話 鎌倉公方家の考え

 室町新御所 一色政孝


 1598年夏


「さらに言うのであれば」


 さらなる手を打とうと口を開いた時であった。

 これまでとはまったく異なる場所から口を挟む者が現れた。あまりにも予想外のところからであったゆえ、そちらが注目の的になっている。

 ならば無理やり言葉を続けたところで無意味だ。

 大人しく場を譲ることにした。


「一色政孝殿が熱心に語っているところ申し訳ないのですが、その前に我が主様のお立場だけはっきりとさせておきたいと思います。公方様、発言をお許しいただけますでしょうか」

「おぬしは鎌倉公方の名代としてこの場にいるのだ。誰が発言を認めぬものか」


 そう。俺の言葉を遮ったのは三成殿の心に深い傷を直接的に残した人物。鎌倉公方家の京都留守役として、足利頼氏様の意を取り次いでいる一色義直殿であった。

 先日の依頼の件、果たしてどうなったのかと思っていたのだがついの鎌倉公方家の考えを聞くことが出来るという。


「ははっ。先ほどまで大名家の御方々の発言もあって、なかなか言い出すことが出来ませんでしたが、我が主様は布教禁止令について全面的に支持するとのお気持ちを持っておられます」

「なっ!?」


 驚きの声を上げたのはやはり秀信であったが、声を上げずとも一番驚いておられるのは公方様で間違いないだろう。

 なぜそのような反応になるのか。これまでかたくなに自身の考えを表明してこなかった鎌倉公方家が、評議においてどちらかに偏った意見を述べたのは今回が初めてであったゆえである。


「どういった心変わりであろうか。鎌倉公方家は中立であり続けると、どれだけ考えを述べるよう言っても考えを改めなかったというのに」

「鎌倉公方家の管轄、とは言っても今川家の領地となっている南の離島でいくつか問題が生じております。すでに幕府の命もあり、無人島への移住計画、領地化計画、軍備が押し進められている島々で異国の船による不当な薪水強奪、占拠騒ぎが起きております。今のところは今川家の助けもあってどうにか穏便に済んでおりますが、この問題を放置することはいずれ日ノ本の国防に大きく影響しかねぬということをまずは進言いたします」

「そのような報告、私のもとには届いておらぬが」


 公方様の言葉に秀信が「でっちあげか」とでも言いたげに義直殿に顔を向けていた。

 もちろん鎌倉公方家の京都留守役相手にそのような暴言を吐くこともなかったが。


「なんせここ数日のうちに立て続けに起きた出来事でございましたゆえ。この評議を報告の機会とさせていただきました。また今川家からは東国統治の責任者である鎌倉公方家より報告を上げるよう依頼されておりましたゆえ、この場を借りさせていただいた次第でございます。報告が少しばかり遅れたこと、どうかご容赦を」

「…では今のところは、“まだ”問題に発展していないと」

「いえ、“大”問題に発展していないだけでございます。しかしここ数日の内に起きたという点が気になり、少々人をやって調べさせました。薪水の提供を無理やり求めてきたのは、現在日ノ本への入港を許可されていない呂宋の商人であったことが確認されております。思ったよりも航路を北にとってしまったようで、たまたま日ノ本領の島に流れ着いたと主張していたようでございますが、どのような緊急事態であったとしても協定外の行為、さらに暴力行為があったとなれば到底認められるものでもございません。厳重に抗議の声を外目付の方々には上げていただきたいと考えているのでございますが、いったい誰に訴えかければよいのでございましょうか」

「呂宋の商人ともなれば所属はスペインかあるいはポルトガルか」


 貞興殿の言葉に首を振ったのは政宗であった。


「西洋にある国はスペイン・ポルトガル・イングランドの三国だけではない。我らがかつて派遣した伴天連の総本山にも別の国があり、周辺にも大小いくつもの国があると聞いた」

「かつてイングランドへ使節団を派遣した際、同国の南側にはブルボンなる王朝があることも確認されております」


 政親殿の言葉はおそらく俺が残した記録を読み漁って得た知識であろうな。そうだ、未だ日ノ本と関わりがないだけで多くの国が世界中に存在している。

 まだまだ外とのつながりが希薄な日ノ本ではピンと来ないかもしれないが、いずれ目にする機会も増えていくであろう。


「異国の地に見識のある政孝殿にお伺いしたい」


 そこでまさかの俺への名指しである。

 別にここは政宗でもよいと思うのだが、誰かに入れ知恵でもされたのであろうか。義直殿は迷うことなくこちらを見てきたゆえ、誰かの意志があることは間違いないが。


「わかる範囲であればなんなりと」

「では尋ねる。この問題を先に挙げられた二国に訴えたとして問題は解決するであろうか」

「あちらがどのような手を打つか分かりませぬゆえなんとも言えませぬが、普通に考えれば否、でございます。何かよい例えを出したいと思いましたが、残念ながらすぐには思いつきませんな…。ただ言えることは名の上がった両国は伴天連信仰・布教に関する支援国であり、直接彼らを御しているわけではございません。むしろ彼らもまた宗教というものに振り回され、戦の理由として他国と戦ったり、自国内で戦う羽目になっている辺り、両国に訴えたところでどうにもならぬ問題でございましょう。しかしそれはあくまで伴天連と異国との問題を絡めた問題であった場合のみの話。現在はとある事情で先延ばしになっている両国との国交樹立に関する協議。これが合意されれば、宣教師はともかく、少なくとも国家に所属している商人はその条約に従う必要がございます。もし何か無礼な行いをされた際には、その者が所属している国に行動の改善を訴えれば済むので、今よりはわかりやすい構図となることは間違いないかと」


 しかし国際問題とはそう簡単なものではない。自国民に非礼があったとしても、そう簡単に頭を下げられぬから複雑ではある。そこから国家間の関係がこじれることもあるわけだが、少なくとも今のような混乱した状況には陥らぬはず。

 ましてやこれ以上、世界に敵を増やしたくないスペインやポルトガルだ。世界各地に派遣された冒険家や商人、自国出身の宣教師が領地拡大を望んでも限界が来ているのは明白である。

 弱っている今であれば、多少足元を見た交渉も出来るだけに流行り病の爆発的感染拡大はタイミング的に見ても残念としか言いようがなかった。


「なるほど。よくわかった。ならばやはり我らは伴天連の宣教師の立ち入りを制限し、両国との早期国交樹立を強く求める。これが鎌倉公方家の考えでございます」

「ふむ。随分と有意義な評議となっているが、一度熱を冷ますとしようか。後ほど人を遣わせるゆえ、また集まるように」


 公方様は白熱しすぎたこの場を一度リセットされるようである。

 たしかに頭に血が上りきった秀信や、その秀信に対抗心を燃やす政宗。信親殿の行動に不信感を持っている輝元殿など。少々周りが見えなくなっている方々もいるゆえ仕方ない判断であろう。

 しかしそうなると今日はもうしばらく御所から離れられぬか。そろそろ身体がしんどくなってきたゆえ、体勢を崩して休みたいと思うのだがな。

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