1268話 宣教師の悪行

 室町新御所 一色政孝


 1598年夏


「たしかに南蛮人に内政干渉させるよう動いた者は大罪を犯しております。私もそのような者たちまで庇うつもりはございません。しかし長宗我部殿の仰ることは尤ものことであると」


 水を得た魚のように息を吹き返した秀信は饒舌にその後も場の説得を続けた。話半分に聞いているのは、信親殿が説得した方がまだ支持を得られるからだと多くの者が思っているからかもしれない。

 しかしそんなことを言える者はこの場にいなかった。なぜならば突如として秀信の考えに賛同した信親殿の心内が読めぬからである。

 此度の上洛、なにゆえこれだけの大名家が乗り気になったのかと言えばやはり織田家の思想があまりにも危険であったからであろう。さらに他の大名家ではやっていなかった京都留守役に当主の近親者を送り込んできたことも反感を買っている原因の1つとも言えるであろう。

 立場が幾分も強くなってしまう。とてもではないが対等とは言えぬ者が通常の評議に参加してしまっていることで、意見をゴリ押すことが出来てしまっているのだ。


「つまり織田様は外目付の前任者の方針に不満があったと。そのようにお考えであるということでございますか」

「不満という言葉が適切かどうか…。しかし言いたいことが無いと言えば噓になりましょうか」

「ならば本人の口からその考えを聞けばよろしいかと。如何でございましょうか、公方様」


 突如として貞興殿が話に割り込んだかと思えば、またも突如として俺を巻き込む。遠目にではあるが、わずかにこちらに視線を向けたことが確認できた。

 俺の出番はもう無いと踏んでいたにも関わらず、秀信が再三にわたって俺のことを挙げたゆえに巻き込まれてしまったのだ。最悪だと思いながらも、公方様が発言を許可されたために俺も口を開かねばならなくなってしまった。

 義任様の視線は哀れみであろうか。


「うむ。では一色の発言を許すものとする。先ほど秀信が申した件について、何か反論・弁解など言うべきことがあるであろうか」

「はっ。ですがその前に、このような身でございますゆえこちらから失礼させていただいてもよろしいでしょうか」

「構わぬ。事情について私も耳にしているゆえに。災難であったな」

「よくあることでございます」


 頭を上げながら、俺は広間全体を見渡した。さすがに顔に出すような馬鹿はいなかったが、それでもどこか緊張感のある空気に場が支配されたことはわかった。


「さて今回の織田様からの御意見でございますが、まったくの見当違いな批判であるとはっきり申し上げておきます」

「ほぉ、具体的に聞いても構わぬか」

「もちろんでございます」

「では何が見当違いの批判であるのか、細かに説明してくれるか」

「ははっ。まず呂宋の商人を布教禁止令の発布によって締め出すと言われましたが、それが誤りでございます。私がいなくなった外目付がどのような方針でいくのかはわかりませぬが、少なくともあのような事件が無く、仮に私が今も外目付の長でいられたとすればスペイン・ポルトガルとの交渉におきまして必ずや通商条約も盛り込んだことでございましょう。これが締結されれば、呂宋に滞在している両国いずれかに属する商人であれば日ノ本で商いをすることが可能でございます。もちろん通商条約に従っていただくことにはなりますが。つまり彼らが二度と日ノ本の地を踏めぬわけではございません」

「実現していないことを言われたところで、それが真実かなど」

「イングランドとも同様に通商条約を締結しております。貿易品にかかる税なども事細かに決め、国内産業の衰退を防ぐべく細やかな取り決めを交わしました。またこれについては以降も継続して交渉を続け取り、両者にとって妥協できる内容を協議している最中であると思います。この点につきましては現在の外目付の長である一条殿に聞いていただければわかることかと思いますが」


 むしろ通商条約など真っ先に取り組もうと考えたものである。貿易によって安価な物資が大量に流れ込めば、国内産業の衰退を招く恐れがある。そんなことは外交を知る者であれば誰だって行き着き、そして頭を悩ませる問題である。

 俺でなくともイングランドとの交渉において同様の問題について話し合ったはずだ。結果としてどのような成果を勝ち取ることができるかは別問題であるが。


「続けて宣教師の布教活動禁止令。たしかにこれを推し進めたのは私でございますが、これは外目付とは何の関係も無い話。個人的にそれが必要だと思ったゆえに、公方様や若様にお願い申し上げた話。外目付によるものだと批判されても困るというもの」

「…それは」

「批判したいがあまり、事実確認が疎かになってしまったようでございます。この点は今からでもご理解いただきたいところでございます」

「たしかにそれは私の勘違いであったが、それでも布教禁止令を発布することで日ノ本の発展に寄与してきた宣教師を追放するなど、どう考えても度を越した行為であろう」

「布教活動にのみ熱心であれば私もこのようなことを言ったりいたしませぬ。幕府は信教の自由を保障しており、誰が何を信じようとそれは自由と明言されているのですから。浄土真宗であろうと日蓮宗であろうと、異国の神であろうと個人が信じる分には何も問題はないと私自身も思っております。ただ近年の宣教師のふるまいは、布教活動以外の点で目をつぶれぬ事態にまで発展しております。かつてとある宣教師は言いました。『明国を攻めよ』と。かつてとある宣教師は言いました。『日ノ本の資源を奪え』と。かつてとある宣教師は言いました。『神の言葉に従って武器を取れ』と。かつてとある宣教師は唆しました。『神の世を創るために不要な障害を破壊せよ』と」


 かつて公方様は宣教師より明国侵攻の提案をされたことがある。軍資金として金を送られ、敦賀より兵器も送られてきた。さらには九州で増えていた信徒を扇動して明国出兵の尖兵として利用しようとしたこともある。

 その者たちは一時高山国へと連れて行かれたようであるが、その後の行方は不明だ。奴隷とされたのか、高山国で死んだのか。はたまたどこかで幸せに暮らしているのか。

 しかし日ノ本の民を勝手に国外に連れ出した挙句、自分たちの事情に巻き込んだことは到底許されぬ行いである。

 また西洋では現在鉱山資源の慢性的な不足が起きている。特に銀であるが、植民地である中南米からの本国輸送は他国との競争によって非常に安定しない事態に陥っており、貿易によって銀を得ることが出来ていた日ノ本は実は西洋諸国にとって安全な宝の山のような存在でもあったのだ。もちろん埋蔵量などを中南米と比べたら、それはもう天と地ほどの差があったのだが、鋳造技術の発展なども相まって非常に純粋な銀が製造されていたことはそれだけで価値が高かった。

 また金が産出されていた甲斐では、荷の運搬を担う者たちを買収して強奪騒ぎまで起こしたことがあったのだ。他にも奴隷売買の斡旋や制限地以外での活動など。目に余る行為が非常に多かったことはまごうことなき事実である。


「これのどこが布教活動なのでございましょうか。一人二人の仕業ではございますまい」

「それは宣教師の名を騙って」

「南蛮人が自分たちの東洋進出の足掛かりとなった宣教師の名を騙って悪事を働くのですか?ならば商人たちの締め出しは仕方なきことかと」


 別に商人を締め出せなんて言っていない。文化的交流を進めるうえで、それが宣教師である必要など無いのだから、むしろ純粋に商いのために日ノ本を訪れる商人は歓迎なのだ。

 その船に宣教師が乗っていることは最早仕方がない。それがあちらの習わしであるのだから、そこに文句を言っても仕方がない。


「織田様はいったいなにゆえそこまで宣教師を優遇したがるのでございましょうか。その背後にある、宣教師らを支援している国々との関係構築では得られない何かがあるのでございますか?」

「なっ!?そのようなこと、あるはずもない」


 先ほど内通者は売国奴として処罰すべきだという信親殿の考えに賛同してしまってるからな。仮に繋がっていたとしても、この場でその事実を知れ渡らせることなどしないであろう。

 しかしそれはすなわち1つの道を潰したということでもある。

 もう1つ2つ逃げ道を塞いでおこう。王手を打つのは俺でなくともよい。そこまでのお膳立てくらいは、せっかく貞興殿が発言の機会を与えてくださったゆえにさせてもらうがな。

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