1267話 大名評議
室町新御所 一色政孝
1598年夏
大名揃い踏みの異例の評議は白熱していた。
それこそ一介の幕臣程度では口を挟めぬほどに。いや、それどころか幕臣としての地位を持つ者で口を挟めているのは政所執事の貞興殿くらいであろう。
他は誰もが圧に圧倒されて、黙って評議の行く末を見守っているような有様であった。かくいう俺も同じだ。
そもそもこのような場を用意しただけでも十分すぎるほどに働いた。普段は京都留守役の口から間接的な言葉しか聞けなかったものが、今は各大名の言葉を本人の口から聞けているのだ。有意義なものにならないはずがない。
「外目付の成した功は大きかった。西洋の大国であるイングランドと国交を開き、明国の冊封国家であった琉球王国との関係も樹立。さらに親日国としてこちら側に手繰り寄せることにも成功した。これは我らも認めるところでございます。しかしどうしても不義理に感じることがあることもまた事実。前任の外目付の長は長らく日ノ本の発展に尽くしてきたポルトガルとスペインを蔑ろにし、経済発展の一翼を担ってきた呂宋の両国の商人を締め出そうとしております。また同様の役割を担ってきた宣教師に関しては大幅な行動制限、あろうことか彼らの本来の役目である布教活動にまで反対。これは誰がどう見ても不義理以外の何者でもございませぬ」
「織田家は長らく一向宗の抵抗に苦しめられてきたはず。宗教勢力が政治にどれだけ強い影響を及ぼすのか、この場にいる誰よりも理解していると思っていたが」
秀信の言葉に反論したのは政宗であった。
まぁこの場にいるほとんどの大名家が一向宗を中心に、他いくつかの宗教勢力に苦労をかけさせられたことがある。
一向宗絡みでは今川も、上杉も同様だ。そういう意味で言えば毛利も味方としてだが厄介ごとに巻き込まれた。いや、あの頃の毛利は自ら巻き込まれに行ったという方が正しいが、結果として幕府関係者諸共追い出すような形で関係を断ち切ったか。
島津や大友は伴天連絡みの問題を領内で抱え込み、挙句には改宗禁止などの措置をとって家中の安定化を図っている。しかしそれでも島津や龍造寺はこの伴天連騒ぎを理由に一部領地を幕府に没収されているわけで。
とにかく日ノ本に現存する多くの大名家が宗教絡みで苦労した過去があるのだ。しかもこの場にいる現当主たちが、である。ゆえに政宗の言葉に頷く方々がほとんどであった。
「伊達殿はそのように言われるが、布教禁止令を出されて最も困るのは伊達殿のはずでございましょう。大名家の中で最も南蛮人たちと良好な関係を築いているゆえに」
「我らが関係を築いているのは西洋の列強であり、宣教師と関係を築いたつもりは毛頭ない。もし幕府より正式に布教禁止令が発布されたとなれば、我らはすぐさま領内より宣教師を追放し、令通りの領内整備に取り掛かるであろう」
「信用を損なう行為になりましょうな」
「そうならぬために我らは独自に航海航路を切り拓いてきたのだ。帝の御許しを得て、そして織田殿の祖父、信長公からも許可を得た」
ずっと余裕綽々と言った様子で反論を続けていた秀信も、信長の名が出てぴたりと口を止めた。
そしてややいらだった様子で政宗を睨む。なんとも懐かしいものを見た感覚になった。
あの言い負かそうと食って掛かって返り討ちになる感情。かつてはよく見たものである。いや数か月前まではよく見たものであるな。長らく出仕も出来ていなかったゆえ、そういったやり取り自体しなくなってしまっていたが。
「それに我らは決して南蛮人に依存した領内経営をしているわけではない。領内の発展はもとより、貿易相手も北に蝦夷、西に女真、南は琉球王国など。海に強い我らは手広く関係を結んでいるゆえに、布教禁止令によって領内経済が崩壊することはないであろう」
「ですが義は無いと」
「義、義と。義を尽くして民が飯を食えるのか?領内の統治が安定するのか?俺はそうは思わぬが」
「なっ、なんという言葉を口にされるのでございましょうか!?では伊達殿は何故幕府に尽くしているので」
声を荒げる秀信であったが、他の大名家の方々の表情は変わらない。政宗の発言を咎めるわけでも無ければ、騒ぎ立てる秀信殿を止めることもない。
ただ事の成り行きを静かに見守るだけであった。
まぁ一番若い存在であるゆえ、大目に見ているというべきか。誇らしげにあの場に座っている男を除いて、大方の者がため息を吐きたい気持ちを押し殺して二人のやり取りを見守っていた。
「公方様の御前で少々熱が入りすぎておりましょうな、二人とも」
このような状況でも気にせずに声を上げたのは両家と深い関係を築いている範以様である。とは言っても、範以様に織田家の血が流れているわけでは無いが。
「今川殿は前任の外目付の長を庇われましょうな。なんせその者は今川の一門筆頭でございましたゆえ」
「それも昔の話でございますぞ、織田殿。それに私は間違っていると思えば、それが現一門筆頭でも構わず叱責することでございましょう」
フンと鼻を鳴らす秀信であったが、間違いなく小さな声で「どうだか」と溢した。
険悪な空気ではあるが、間違いなく天下統一の立役者であった織田家の衰亡する様を目に焼き付けておられることであろう。
信長の死からたった数年。ここまで危うい立場に立つことが出来るのかと、誰も彼もが驚いているはずだ。昔は織田家と縁を結べば、と考える者も多かったのだがな。
今では完全に関わりすら断ちたくなるほどに危険な存在である。下手をすれば巻き込まれかねないと。
「伊達殿も落ち着かれませ。カッカしていてはまともに話も出来ますまい」
「…」
「わかっておりますとも。義がなんだと言いつつも、日ノ本の今後を決めるために京へ馳せ参じた伊達殿の忠義者ぶりは。織田殿も自らの持つ義のためにこうして発言しておられるのですからな」
渋々頷く姿が見えた。背中を見ているだけでもその不満そうな表情が頭の中に浮かんでくるわ。
しかし範以様は上手くこの場をもたせておられる。おかげで公方様が割って入らずとも、評議が崩壊せずに済んでいる。さすがは元大名家をいくつも家臣として抱え込んでおられるだけのことはあるな。北条も武田も山内上杉も佐竹も。とにかく癖が強い者たちであるゆえに。
「しかし織田殿の訴えもまったく分からぬというものでもないのではございませんか」
一度静まった広間。声を上げたのは長宗我部信親殿である。
まさかの助太刀に、思わず秀信もそちらに目を向けていた。いや、幕臣らも含めて多くの視線がそちらに向けられる。
しかし臆した様子もなく信親殿は言葉を続けた。
「たしかに南蛮人との関係を構築して数十年。得たものがある一方で問題も多数持ち込まれました。宗教問題、奴隷問題、大名やその家臣による土地の寄進問題などなど。上げればきりが無いほどに両者の間に問題は積みあがっております。ですがやはり得た恩恵は無視できる程度のものではございません。火縄銃や大筒などの火器、娯楽や食文化など。多方面で南蛮の影響を受けているのが日ノ本でございます。そしてそれらを持ち込んだのは他でもない宣教師ではございませんか。布教禁止令は彼らをこの地から遠ざける禁断の一手であると私は考えております」
「長宗我部殿、いったいおぬしどういうつもりで」
政宗からの訴えに小さく頷き、異論はまるで無視するかのように言葉を続けた。
「長らく幕府で議論されていたように、やはり彼らの専横ぶりは看過できるものではございません。ゆえにより強い制限を貸す程度で留め、同時に彼らを支援している西洋諸国との国交も開く。なにも背後にある西洋諸国と関係を築くから彼らとの関係を断つと極端な考えをする必要も無いかと」
「その者たちと繋がっている者たちがいるからこそ、こうして内政干渉にあっているのではございませぬか」
毛利輝元殿がここにきてようやく口を開いた。信親殿は頷き、さらに言葉を続ける。
「かつて外目付の功について、売国奴と宣った者たちがいたと聞いております」
ぎくりとした表情をしたのは数人では無い。この布教禁止令に反対している者の一部は俺が憎くて反対しているような志無き連中だ。思い当たる節があったのであろう。
「私からしてみればこうして上に立ち、国を治める御方がはっきりと存在しているにも関わらず、異国の者たちに加担して国を乗っ取らせようとしている者たちの方がよほど売国奴であると考えております。というよりもそれを売国奴というのでしょう。しかしそれはあくまで政治的な話。信教の自由は幕府によって認められているはず。布教の禁止はその幕府の取り決め自体を否定するものだと申しております。よって宣教師、あるいは南蛮人に協力して内政干渉を行う者は厳罰に処すべきであるとは思いますが」
チラリと信親殿の視線が動いたことがわかった。
視線から逃げようと数人が身じろぐ。あれでは白状しているようなものであろうに。
しかし長宗我部がそういった声を上げるとは意外であった。何も織田家の、というよりも信秀の野心を打ち砕くためだけに上洛してきたわけではないようだな。
信親殿が評議に加わったことで健全な場に代わったことは事実だが、この状況を良しとほくそ笑んでいるのであろうな。あの秀信は。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます