1021話 粉みじんの威力

 高山国沿岸納屋助左衛門船上 甚平


 1590年夏


「甚平殿!あれは海賊でございます!」

「やはりそうでしたか!護衛船団はこの船を囲むように展開し、砲門を奴らにむけるのだ!」


 朔太郎に命じた私は、すぐに縁に移動して迫りくる謎の海賊たちを見た。

 警告も対話も無く、ただ迫りくるその様は不気味としか言いようがなく、ここまで接近されるともはや攻撃されても文句は言えない。

 しかし事前に話に聞いていた倭寇の姿とはかけ離れているように見えた。船の質も、迫りくる数も。


「あれは倭寇でしょうか」

「…他の商人らに聞いた話では、私が蝦夷との交易に切り替えている間に琉球王国の近海にまで影響を伸ばしていると言っておりました。琉球王国の影響は多数の島々にまで及んでおりますが、日ノ本同様にすべてを完全に支配できているわけではございません。加えてあちらに見える高山国には様々な民が暮らしており、身を隠すことにも持って来いであるとか」

「ここまでわかりやすくこちらを狙ってきたということは、やはり倭寇…。我らが知らぬうちに戦力を整えたのか」

「戦力を整えたとしても、彼らにあそこまでの装備や数を揃えられるとは思いません。奴ら倭寇と総じて呼ばれておりますが、中身は小さな海賊らが複数集まっただけに過ぎず、連携などとれていないはずでございます」

「ならば何者かの支援を受けた、か」

「あるいは倭寇に扮しているかのどちらかかと」


 いずれにしてもこの船を狙う賊であることはたしか。

 警告を無視して手を出してきたのはあちらなのだから、攻撃は正当な言い分である。


「朔太郎、前衛となるであろう壱の船はそのまま大筒で敵船を狙わせ続け、左右をかためている弐の船、参の船は大筒よりも三射を構えさせるのだ」

「それだと弐と参の大筒は使えませぬが」

「まだ我らはこの巨大な船を上手く扱えぬ。奴らの船は小回りが利くゆえ、大筒を躱されれば一気に不利となる。それを避けるために、近くを狙うことが出来る三射を用意するのだ」


 三射とはご隠居様がそう呼ばれた中・近距離戦における威力の高い武器のことである。大筒は圧倒的な威力と射程を誇るが、連続して撃てないことが欠点であった。

 一方でより早く、そして移動しながら放つことが出来る弓・火縄銃・抱え大筒は大筒に比べて威力・射程に劣るが機動力があり、場面によっては大筒よりも役に立つ。まだまだ現役でいられる代物だ。

 それらを総称して三射と呼ぶことで、命令を迅速に伝達できるようにされたわけである。


「そういうことでございましたか。では他の船は」

「当たらずともよいから、砲弾の雨を降らせてやればよい。とにかく遠くを狙わせ、決して味方の船に当たらぬように用心させよ」

「ははっ!」


 朔太郎は再び伝令旗を持つ者の元へと駆け寄り、さらには納屋の船の近くに待機していた二回りほど小さな船にも使番を用意させる。

 事細やかな指示は旗のみでは伝えられぬため、必要最低限の船は備えているのだ。

 ただし遠洋向けではないため、使番も沈む危険と隣り合わせ。まさに命がけである。


「助左衛門殿はしばらく身を隠しておいてくだされ。これよりここは戦場でございますれば」

「そうしておきたいところでございますが、この船は呂宋からの帰り。あちらで買った品がたくさん載っております。それを奪わんとする不埒ものの顔をこの目でしかとみなくてはなりません。邪魔は致しませんので、どうかこの場に留まらせていただければ」

「しかしそれは」

「すでに私は、おそらくあの者たちの仲間であろう輩にたくさんの船と人を沈められ、殺されているのでございます。どうかここは1つ、私のわがままをお許しください」


 これはなんと説得したとしても、頷きはしないであろう。助左衛門に限らず、商人とは頭が固いとは違う、強い信念を持つ者も多い。

 そうでなければ、厳しい競争を生きてはいけぬゆえに。


「ではこの場に留まることを許可いたします。ただし危険であると判断すればすぐに身を隠すよう、お願いいたします」

「それはもちろん!命あってのことでございますから、危険が迫ればすぐに引っ込ませていただきます」


 ならば問題は無い。

 私は再び縁に立ち、大筒の射程に入ろうかという敵船団に目を向ける。


「旗兵用意!」


 私の言葉に、ひときわ高い場所に陣取る旗兵が巨大な旗を掲げる。


「大筒、放て!!」


 言葉と同時に凄まじい音をとどろかせて、護衛船団の大筒が一斉に火を噴いた。攻め手の船に複数命中したようで、粉みじんに吹き飛ぶさまがこの目ではっきりと確認できる。

 しかしそれでも恐れていないのか、第一射で生き残った者たちは変わらずこちらへと攻め寄せてくる。


「第二門、構え!」


 するともう1人の旗兵が、別の色の旗を大きく振り上げる。そしてその姿勢のままでジッと私からの号令を待つ。

 この間を使って、各船では大筒で狙いを定める。そしてある程度待った後の号令。


「放て!!」


 再び轟音鳴り響き、さらに複数の船を破壊した。

 かろうじて形を留めている船もあるが、あの船の大きさであの傷ともなれば沈む以外に出来ることなど無い。


「攻め手の勢いが弱まったな」


 船の勢いが弱まるということは、奴らの漕ぎ手の戦意が削り取られている証拠である。

 帆船でないゆえ、こういったことからも敵の心情を読み取ることが出来た。


「朔太郎、伍と陸の船に接近を命じよ。それに安宅船を同伴させ、海に投げ出された者らを収容するのだ」

「捕虜でございますな」

「倭寇であれば簡単に口を割るはず。そうでなければ口を閉ざすであろう。まずは襲ってきた者らの正体を知らねばならぬ。それに」

「それに?それになんでございますか、兄者」

「奴らは他にも近くを通った船がいくつかあった中で、これだけ守りを固めている納屋の船を迷うことなく狙ってきた。そこが不思議でならぬ」

「…他の船が明らかに商船で無かったからでは?」

「もちろんそれも理由の1つであろう。しかしだからといって、護衛船を率いている船を迷う無く狙うか?それもあのように遠距離からの攻撃にも備えず、まっすぐこの船を狙っていたように見えたが」


 この疑問はきっと勘違いでないはず。

 助左衛門殿がこのルソン貿易で出した損失は尋常でない額に達しており、それを多少どうにかするために蝦夷へ船を出していた。

 その間にもこの辺りでは船が襲われていたそうであるが、一方で被害を受けずに果てしない利益を稼いでいる者もいるという。

 ただ運が良いだけなのか、それとも別に何か思惑が働いているのか。

 どちらにしても、これをただの偶然と片付けられるほど楽天家ではない。


「奥山の鬼姫きき様直伝の拷問でも何でもよい。とにかく奴らに情報を吐かせるのだ」

「かしこまりました。捕え次第、準備に取り掛かります」

「助左衛門殿、大陸の言葉がわかる者を乗船させておりましたよね?」

「えぇ。呂宋にも大陸の、明国の民が大勢おりますので」

「ならばその者をお借りしたい。仮に大陸の人間であったとすれば、言葉がわかる者を傍に置いておきませんと。吐かせたところで意味がわかりませんと無意味でございますので」

「しょ、承知いたしました」


 明らかに助左衛門殿が私に向ける視線が変わった。あれは間違いなく恐れの感情であった。


「しかし大筒の数を増やしただけでここまで戦いが楽になるとは。三射を用いるまでも無かったか」


 間髪無く撃ち出せる数が増えたということは、単純に敵に命中する数も増えるということ。

 今回の敵は馬鹿正直に突っ込んできていたゆえに特に反撃という反撃もなかったが、それでもこれまでとは違うと実感するには十分な成果であった。

 これも殿やご隠居様に対する土産となるであろう。特にご隠居様は感心を強く持っておられるゆえ、きっとお喜びになるはず。


「甚平様、連れてまいりました。この者であれば通詞として役立ちましょう」

「ありがとうございます。では我らも向かいましょうか、奴らのもとへ」


 さてさて、問題はここからである。いったい奴らからどんな情報が引き出せるのか。

 まこと楽しみである。

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