1017話 一色式ガレオン船団

 大井川港詰所 一色政孝


 1590年夏


 2か月ぶりの外出が許された。

 今回の外出もやはり大井川港である。目的は2つ。

 1つ目はついに完成したガレオン船団の堺出港を見送るため。

 2つ目は表面化で進む政豊と鶴姫の婚姻の儀の支度と計画の進みが順調であるかを確認するため。


「噂には聞いておりましたが、まさか本当にここまで仕上げてしまうとは」

「俺も驚いている。長年かけて培ってきたものがここでも役立ってくれたのだろう」


 駿河からの監視役である信良殿を隣に、俺は海に浮かぶ壮観な景色に見入っていた。

 並ぶガレオン船は、一色最大の艦船であった安宅船をゆうに超えるほどの大きさであり、ただ浮かぶだけで十分すぎる圧があった。

 もちろん異国の船を見たことが無いわけではなかったが、設計図も無い状態でこれを作ることはなかなかに難しかったことであろう。

 そこは助左衛門に感謝である。


「あれに大筒がいくら乗るのでございますか?」

「10門。それ以上も載せることは出来るらしいが、中での行動に制限が出てしまう故、それ以上は載せられぬ。加えてより射程距離の伸びた抱え大筒や火縄銃で代用するのだが、これらは水に弱い故に扱いには注意が必要である」

「10門も…。近づけば粉みじんでございますな」

「それゆえに作らせたのだ。今、一色家が保有している安宅船でもそこまでの数は載せられぬ」


 つい先ほど接岸状態のときに中を見たのだが、やはり中には広いスペースが確保されており、乗船人数は大幅に増やすことが出来そうな構造であった。

 加えて荷を載せるスペースも相当に確保されており、この船自体が交易船としても機能する。

 もっと早く手に入れていればという気持ちもあるが、これだけの大きさの船を着岸させられる港も少ないゆえ、時期で言えば一番ちょうどよかったのかもしれない。


「ところであちらの船団、駿河には」

「もちろん向かわせる。大殿には見ていただかなくてはならぬし、それ以外に向けての牽制にもなる」


 俺の言葉に信良殿は小さく息をのむ。

 そしてガレオン船ではなく、ジッと俺の横顔を見ていた。


「やはりご存じなのでございますね」

「あれだけ大騒ぎになれば、蟄居の身であったとしても耳に入ってくるわ。長安殿は出来る限りのことをやって、自身の潔白を証明した。今回はそれが認められた形となり、下手人の捕縛に至ったが」

「黒幕を捕えるまでには至っておりません。金の横領など天下の政策に泥を塗る行為でございましたので、下手人は京に送り、公方様に裁いていただくことになっております」

「大殿も黒幕については断定しているであろうに、手が出せぬのは未だそこに手出しができる環境が整っていないからだ。国内の有力勢力だろうが、異国の勢力であろうが、関係なく政から締め出すための法が早々に必要である。だがなかなか幕府が行動に起こせぬのは」

「こうなることはわかっておりました。現在も幽斎殿を中心に賛成派は動いておられるようですが、政教分離に反対する者たちも依然と存在しており、発布までの道のりは遠いように思えます」


 信良殿の言葉に、思わず手にしていた湯飲みを強く握っていた。

 だいたい反対している連中の名はわかる。

 異国との付き合いが深い連中は、その影響力と後ろ盾に無茶なふるまいを突き通そうとする。なぜそのようなことが出来るのか。

 結局幕府の中枢深くに黒幕が潜り込んでいるからだ。それを排除したい幕府や幽斎殿ら賛成派で真っ向から意見が割れている。


「まずは今川からやる。よそ様の土地で勝手をする連中を許してはおけぬゆえな」

「お願いいたします。大殿は今も政孝殿を頼りにしておられますので」

「任せよ。奴らに思い知らせてやるわ」


 駿河入りはガレオン船団の完成を知らせるもの。

 加えて欧州の技術力についていけるだけの力を有していることを奴らの目に焼き付けさせること。

 下に見ていると、いずれ痛い目に合うという忠告だ。


「その後は和泉に向かい、そしてルソンだ」

「護衛船団の長は誰にされるのでございますか?やはり一色水軍筆頭の奥山家の方ですか?それとも水軍の筆頭である小山でございましょうか?護衛に長けた染谷というのもまた」

「護衛の任は今も昔も変わらぬ」

「…まさか。ですがよろしいのでございましょうか?言うてもあの船は随分と金をつぎ込んで造船しているもので」

「ここで俺が別の者を選べば、長らく護衛船団という役目を担ってきてくれた者たちを裏切ることになる。それにその腕が他の者たちに劣っているとは思えない。それとも信良殿は、我が家中のことにご不満がございますかな?」


 ゆっくりとした所作で湯飲みを置き、俺はスッと縁側に立つ信良殿を見た。

 海に背を向けるような形でこちらを見ていた信良殿は、「うっ」という表情をした後、逃げるように俺に背を向けて首を振る。


「まさか。そもそも我らが一色家の事情に口をはさむことはございません。我が父ですらしなかったことを、どうして私などが出来ましょうか」

「ならばよき報せだけを待っていればよい。大殿にもそのようにな」

「は、はい。たしかにそのようにお伝えいたします」


 護衛船団の長は兵助傘下の甚平に任せるつもりである。長年護衛船団の長を担っている兵助からの信頼も厚く、副官としての才もとびぬけていた。

 正直船団指揮の実力で言えば、攻撃隊のどこかを任せていてもおかしくないほどの実力を持つ。柔軟な思考も持ち合わせており、外洋で起こりうる不測の事態にも対応することが出来るであろう。

 そんな我が子同然である者を悪く言われたようで、思わず信良殿にきつく当たってしまった。

 自分の子と同じくらいの年頃の男に、なんと大人げない対応をしたのかとひっそり反省である。


「あ、あと。おそらく今日の内に政豊殿より伝えられると思いますが」


 そう言う信良殿は明らかに場の空気を換えようとしていた。

 俺もそこまで幼稚ではないため、特に気にした風もなくそれに乗っかる。


「毛利との婚姻は幕府からのお許しも出たため、問題なく執り行うことが出来るとのこと。ですが問題は」

「それについては俺にも考えがある。公方様や殿の懸念は、邪魔が入らぬかどうかということであろう?奴ら、実力行使もいとわぬ姿勢で俺の邪魔をしたがるからな」

「その通りでございます。目出度い席であるからと、決して襲われぬわけではございません」


 そんなことは百も承知。

 ゆえに奴らが絶対に手出しできぬ場所で婚姻の儀を行うこととした。それは許可が出る前より政豊と密かに決めていたことである。

 問題はそれが出来る場所を確保することであったのだが、それもガレオン船の完成で目途がたった。


「信良殿、そう心配には及びませぬ」


 俺が続きを話そうとしたとき、間に割って入ったのは、いつの間にかやってきていた政豊であった。

 傍には直政や昌成の姿もあり、おそらくガレオン船の視察にやってきたのだということが容易に分かった。ここで俺たちが顔を合わせたのは、あくまでたまたまである。


「ガレオン船が完成した今、我らはあのうえで契りを交わすのでございます」

「なっ!?あれの上で、でございますか!?」

「その通り。あそこに浮かぶすべての船を護衛としてルソンに送るわけではございません。さすがにそれだけの数、大筒をそろえることは出来ませんでしたので。ゆえに同行させないガレオン船を、他の水軍衆らとともに堺沖まで向かい、そのうえで儀を行います。船の上であれば曲者が紛れ込むことが難しく、また逃走することも難しい」

「前代未聞の試みでございますが」

「海に関わる御家同士の婚姻だ。これくらいやってもよかろう。近く伏見に滞在している昌友を介して毛利家にこちらの考えを伝えるつもりだ。毛利の御当主様はわからぬが、児玉の姫様は乗り気になってくれるであろう」


 少しばかり関わったが、おそらくこういった派手なことは好きであろう。なんとなくそんな気がした。


「ガレオン船であれば場所も確保できる。人も大勢乗せられる。事前に危険なものを持ち込んでいないかも確認ができる」


 日ノ本の多くの人間に海における新たな技術を知らしめることが出来る上に、安全も確保することが出来る。

 これほど効率の良い話があるだろうか。

 問題は俺がその場にいることが許されるか、その一点に尽きる。まぁ無理ならこの地でひっそりを祝うだけだが。来年であればその場に居合わせることも出来るのだがな。

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