988話 戦の後始末と探し人

 陸奥国外ヶ浜 一色政豊


 1589年秋


「しかし島津様は怒り狂っておられるのではございませんか?」

「どうであろうな。だがあの様子を見るに、周囲の者たちは安堵していたようにも見えるが」

「我らも安心いたしました。こうして生きて殿をお迎えすることが出来て」

「それは私も同じである。昌頼には大変な役目を与えてしまったと思っている。よくぞ任を全うしてくれた」


 すでに此度の大浦攻めに従った多くの方々は、大浦が降伏したという福浦城に向かわれている。

 一方で我らは父上よりとある任を与えられていたため、海峡監視という名目で津軽の外ヶ浜にとどまっていた。

 任とは此度の大浦の乱で捕らえられたという商人の解放である。海峡を封鎖するにあたり、外からの侵入を防ぐ目的で片っ端から船が捕らえられていた。

 幕府は陸奥北部への航海を禁止としていたのだが、競争相手が減るということはつまり儲けが増えるということ。

 危険を顧みなかった商船がいくらか拿捕された。その中に一色保護下の商人がいるやもしれぬと探索を命じられたのだ。

 しかしこれは表向きの理由。実際は京で縁を得たとある商家に属する者たちを探してくれとのことであった。その者は普段南の異国と商いをしているのだそうだが、此度はとある理由で北に船を出してこの様であるという。

 なぜそのような見ず知らずの者たちのためにとも思ったが、父上が自らそれを引き受けられたということは、おそらくまた何かあったということであろう。

 そこで私も昌頼が率いていた水軍衆に合流し、こうして捕らえられた者たちを探しているというわけであった。


「ところで商人らの捜索はどうなっている」

「最初は拿捕された船を探せば早いと思っていたのでございますが、沿岸部をどれだけ探してみても、船の影はどこにもありませんでした」

「蠣崎家の討伐のために随分と大浦の船が沈んだと聞く。足らぬ船を商船で補っていたということも考えられるな」

「…たしかに。もはや浮けばなんでもよいと使いまわされた可能性はありますか。そうなるといよいよ探すにも骨が折れましょう。今、船で沿岸部を回らせている者たちも浜に上げましょうか」

「大浦の残党がいるのではないかと思うと、あまり陸に人を揚げたくはないのが本音であるが…」


 現状は陸で戦うことが出来る者たちを率いている直政や時忠が浜辺や、内陸の城に人をやって探りを入れている。

 だが昌頼の言うように圧倒的に人手が足りていなかった。

 どうしたものかと考えていた時、背後に人の気配を感じ取り、即座に振り返る。そこに立っていたのは、例の異国の通詞であった。


「ならば我らの船の人員を貸し出しましょう。彼らは元々母国で軍人をしていた者たちばかり。土地勘のあるものを借り受けることが出来れば、多少は人探しの戦力になることが出来るかと」


 コタローと呼ばれた通詞は私ではなく昌頼を見ているようであった。

 まぁそうであろう。私はこの者たちが戦う姿を見ていない。ゆえにどの程度の実力を持ち、どの程度信頼してよいのかがわからぬ。

 最初から私に訴えかけるよりも昌頼に間に入ってもらった方が早いということである。


「どう思う」

「コタロー殿は信用に値する人物であると思っております。此度の戦での貢献は凄まじいものでございました。ご隠居様の人を見る目は凄まじいと感服いたしました」

「…ならばコタロー殿を信用するとしよう。ただし」

「目付役は当然つけてくだされ。そうでもしなければ、我らの関係は上手く築けぬでしょうから」


 わずかに笑みをこぼしたコタローであるが、すでに確信はしているであろう。

 我らが父上に、そして大殿にあげる報告は1つ。いんぐらんどの者たちは使える存在であり、距離を置けば後々脅威となりうる、と。

 そうなると大殿は間違いなく公方様との謁見の場を整えるために動かれるはず。

 お膳立てをした父上はまた周囲から評価を上げられる。隠居してからも父上は名と評判を上げ続けておられる。そんな人物、日ノ本広しと言えど他には知らぬ。

 あきれるほどに父上は功に好かれているのであろう。ついでに厄介ごとにも。


「ならばそうしよう。だが険悪な雰囲気になっても困る。たしか伊達領内の港で酒宴を行ったそうであるな」

「事実でございます」

「その際に酒の飲みあいをしたという奥山の者たちを目付としてつける。あの者たちであれば一色に嘘をつかぬし、そのうえでそなたらとも上手くやるはず」

「こちらは何もいたしません。しかしあの方々が目付であれば、我らも安心が出来ます。酒を酌み交わした仲でございますので、無駄に緊張するようなことも無いでしょう」

「ならば決まりか。現地の民を雇うゆえ、着岸後はしばらく待機で頼む」

「ははっ」


 コタローは上機嫌で隣の船へと木の板を伝って移っていった。

 それを見送った我らは欄干にもたれ掛かって津軽の海を見る。


「囚われの商人らを見つければ我らの役目も終わりでございますか」

「終わり、な。それは武士としての終わりの話か?それともこの戦のことであろうか」

「…私は今、どちらの意味で言ったのでしょうか。それすらも分らぬほどに気が抜けております。やりきったと思っているのか、それとも戦無き世をすでに恋しく思っているのか」

「次の大浦為信になるつもりではあるまいな。もし昌頼がそのようなことになれば、私が単身城に、あるいは船に乗り込んで目が覚めるまで殴ってやる」

「…それだけはどうかご勘弁を」


 少し引きつった顔で笑う昌頼に、私は「冗談だ」と遅れて笑みをこぼす。


「ここ最近特に痛感いたします。我が師が信綱でよかったと。真田家の嫡子として国を治める術を学んできた人物であるからこそ、私は武一辺倒に育ちませんでした。福浦の地は軍港としての役割を担っておりますが、それを維持するためには土地を栄えさせる必要がございます。政を知らなければ、私の代で福浦という地を使いものにできなくなるほどに潰していたことでございましょう。父上を、そして私を信じてくださったご隠居様のお顔に泥を塗るところでございました」

「…たしかにそれはあるやもしれん。福浦の地を任せるかどうかの話も、信綱がいるのであればということで決まったと聞いたこともある」

「やはり。伯父上は政の才がありましたが、父上は戦場しかしらぬ御方でございましたので。そんな父上に得たばかりの地を任せるなどおかしなことであると思っておりました」


 あまりの言い草に少しばかり昌秋が不憫になる。

 だが昌友はいつも昌秋のことを気にかけていたし、昌秋が隠居して昌頼が跡を継いだ後もずっと気にかけていた。

 しかし昌頼はずいぶんと立派に福浦一色家の当主をやってくれている。これならば乱世が終わろうと、古き時代に取り残されたりはしないはずだ。

 私も戻れば政に精を出すとしよう。昌成がきっと大変な思いをしながら、留守を守ってくれていたであろうで。


「まぁ昌秋のことはそれくらいでな。我らももう少し捜索に動くといたそう。人手は多い方がよいでな」


 とにかく商人らが無事であることを祈るのみ。

 殺す理由など、大浦の者たちにはないと思うのだがな。




 陸奥国外ヶ浜 児玉こだま就英なりひで


 1589年秋


「父様。鶴はあの入江が怪しく思います」

「あまり好き勝手に動き回るでない。そなたの護衛をしている者たちが疲れるであろう」

「ですが!大浦の残党が未だ潜んでいるやもしれぬのです。しらみつぶしにするように命じられたのは小早川様でございますよ。その命を父様は無視されるのでございますか?」

「あ、いや。決して無視をしているわけでは」

「では向かいましょう。さぁ、さぁ」


 護衛の者たちが慌てて追いかけるが、娘の鶴はそれを待つつもりが無いようであった。

 あんな性格であるがゆえ、なかなか嫁ぎ先も決まらずにとうとう25を迎える。嫁入りに遅れが出ると、周囲の方々はその原因をそれとなく探り始め、そして遠慮するのだ。

 一方で控えめな性格をしている倅らはそこそこに婚儀の申し出があった。長子の元方は病に伏せがちであるゆえ、嫁いできても娘の方が不幸になると慎重に嫁選びをしているが、次子で嫡子の元昌には連日そういった話が持ち込まれている。

 これは我らが小早川水軍の一角を担う児玉家であるがゆえであろう。小早川水軍の双璧とされるのが、我ら児玉家と乃美家。

 いずれはその片方を背負うのだから、安定した地位を得ることになる。特に近年は小早川様配下のみならず、毛利の水軍衆は広く活躍をしているゆえになおさら婚儀の申し出が殺到しているのだと思われた。

 倅らの性格をわずかにでも鶴に分け与えることが出来れば、もう少し早くに嫁ぐことができたであろうに。


「…」

「殿、姫様が行ってしまわれましたが」

「護衛もつけているゆえ、よほど変な輩が潜んでいなければ大丈夫であろう。それに瀬戸内の荒くれものにも食って掛かる性格であるぞ?もはや私が止めたところで、あれは足を止めぬであろう」


 とんだじゃじゃ馬に育ったものである。

 一時は周囲も冗談で児玉家もまだまだ安泰だとかほざいていたが、ついにはそのような冗談も口にしなくなった。

 私の目がきっと怖いのであろうな。もはや冗談で済ませられるような状況ではなくなっているゆえに。

 そんなことを考えていたところ、何やら鶴の護衛として付き従っていた者の1人が慌ててこちらに走ってくる。


「殿、入り江にあった洞窟の奥に牢がございました!牢の中に大勢の者が囚われております!」

「な、なに!?まさか本当に見つけたというの…か…?囚われているだと?」

「話し方から察するに畿内の者ではないかと思われます。如何いたしましょうか」

「…とりあえず出してやれ。扱いについては隆景様に指示を頂こう。私の独断で決められる問題ではなさそうだ」

「かしこまりました!」


 その護衛は足早に入江へと戻っていく。

 しかしそれだけでは不安である。あの護衛たちでは鶴の暴走は止められぬゆえ。


「元昌、様子を見てまいれ。それと鶴の暴走を許すな」

「かしこまりました。すぐさま兵を連れて向かいます」

「うむ。それと病の者がおらぬのか、飢えている者がいないのかの確認も迅速に済ませるのだ。私は隆景様より返事をいただき次第向かう」

「はっ!」


 元昌はすぐさま船を降りて、陸で作業を進めていた兵らを集めて入江へと向かっていった。

 しかしこのような場所に牢まで作って閉じ込められていたとは。あの者は畿内の民だと言ってはいたが、幕府が陸奥北部・蝦夷への交易を禁じていた中でなぜこのような場所にいたのか。

 そもそもいつから囚われているのか。わからぬことばかりである。

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