987話 大浦為信の乱、終幕

 陸奥国津軽郡和徳 大浦為信


 1589年秋


 儂の槍先には、身体が貫かれてすでにこと切れているにもかかわらず、決して柄から手を離さぬ男がいた。

 この男、小野寺義道の腹心である黒沢道家と名乗っておった。主のために、小野寺の家をつぶさぬために儂の首を単身獲りに来たと。

 小野寺にこれほど気概のある男がいたとは驚きであった。あの家は味方に組み込むほども無いと思わされるほどに主も家臣も腐りきっていたゆえ。

 むしろ最上の内に残しておけば、周りを巻き込む形で腐っていくと思っていたのだがな。


「み、道家!」

「義道か。小野寺にもよき家臣がいたのだな。貴様の愚かな所業をすべてこの男が片付けていたのであろう。しかしもうおらぬ」


 力づくで槍を振り払えば、勢いのままに道家の身体が吹き飛んでいった。義道はそれに駆け寄りたいが、俺がいるせいで近づけずにいる。

 どちらにしてもこれで小野寺は終わりよ。もう勝手に家中で崩壊を起こす。ここでこの男を殺さずとて、俺に刃を向けた者の1人は終わりであった。


「せいぜい大事にその骸を持って帰り供養してやるがよい。儂らは先に行くゆえ」

「ま、まて!よくも、よくも道家を!!」


 道家の血で濡れた手で握る刀はさぞつかみ心地が悪いことであろう。そんな状態で敵と相対すれば、どうなるかなど武人であればそう考えずともわかるはずである。

 この男も無能だと言われていたが、武勇だけは持ち合わせていた。むしろそれだけで小野寺の家をもたせていた。

 そんな男がこの戦場の中で何も見えていない。命運は尽きている。


「なぜ死に急ぐ。幕府に与した限りは生き延びることを選んだのであろう?ここで死ぬことを選ぶのであれば、なぜあの者たちに頭を下げた」


 睨めば飛びのくと思った。

 しかしこの男は黒沢の骸をかばうように立ち、一歩も引かぬ。ならばその度胸に免じて、相手になってやろう。

 儂の死に土産の1つとなるがよい。


「俺だって好きで頭を下げたのでは無い!」


 まるで隙だらけである。

 しかし振り下ろされる刀に力は確かに込められていた。一度は槍で払いのけたが、これだけ近づかれると槍では少々不利である。

 槍を投げ捨て、腰にある刀に手を伸ばす。


「ならばここで儂を討って証明せよ。おぬしがまことに強いというところを」

「言われるまでも無い!」


 数度の打ち合いの中で小野寺義道の強さを見た。しかし腹心を討たれたゆえの混乱も含まれている。

 それでは儂を討つことなど出来ぬ!


「迷いある太刀筋では儂を止められぬぞ!どうした、腹心を討たれた貴様の力はその程度か!」


 また大きく振りかぶる。そのせいで左手の手首が丸見えである。そこに一太刀を浴びせ、すぐさま後ろに跳ねのいて距離をとる。

 左手首を押えて蹲る義道。健闘した方ではあったが、これで最期だ。


「じきに大浦の兵が追いつくであろう。その前に貴様の遺言だけ聞いてやる」

「…くっ」

「く?」

「く、くたばれ!」


 刹那、凄まじい轟音とともに足に強烈な痛みが走った。鮮血が舞い、ガクリと左足が勝手に折れる。

 すぐさまわかった。

 奴は儂の隙を探っていたのだと。この男を餌にして。


「大浦為信、貴様の首を頂戴する」

「…出羽探題、幕府の狗こと最上義光か」

「まぁその通りであるな。しかし貴様には随分と苦労を掛けられた。だが今頃、大浦の死兵らも取り囲まれている頃合いであろう。誰も貴様を助けには来ぬ。ここでしまいよ」

「…」


 義光の手には一挺の火縄銃がある。

 儂の足を貫いたのはおそらくそれだ。


「霧があったゆえ、火縄銃は使えぬと踏んでいたのだがな」

「戦場で火器が使えぬ状況はもはや来ぬ。それの対策に多くの鉄砲鍛冶らが乗り出している。そして大浦為信、その足ではもう馬にも乗れぬであろう」


 刀を杖に立ち上がろうにも、震えて力が全く入らぬありさまである。

 そして気が付いた。左手の甲から手首にかけて血を流す男が儂の前に立ち尽くしていることに。

 ボーっと向ける視線の先には泥にまみれた黒沢道家の骸がある。


「道家、そなたには世話になりっぱなしであった。この戦に勝って、もう少し立派になった姿を見せたかったのだがな」


 目尻にためた涙が儂めがけて落ちてくる。この男、天下の大悪人である大浦為信の首を獲る間際にして、一切儂を見てはいなかった。これほど腹立たしいことがあるのか。

 武士として、1対1で刃を交わしたにも関わらず、儂の最期はまともに見てもらえずに…。


「そ、そのような顔で」

「すぐに行くゆえ」

「ま、待て!」

「先にお前の仇を討つ!!」

「このような最期、儂が望んだものでは!?」




 陸奥国津軽郡福浦城 北条截流斎


 1589年秋


 大浦為信が死んだという報せは出羽探題である最上様から届いた。その首は即座に検分され、間違いないものであることが確認されたわけである。

 そこで私がこの城に派遣された。

 用向きは最後の降伏勧告。もはや大浦は風前の灯火であり、これ以上の抵抗は出来ぬであろうと。

 そもそも出羽の反伊達・最上の領主らが相次いで討ち死にし、大浦の主だった家臣らも各地で散っている。

 もはや誰もこれ以上は戦えぬ。


「我らはまだ兵を持っている」

「兵は民でございます。むやみやたらに死なせてよいものではございません」

「今立ち上がっている者たちは幕府に従えぬと志を共にした者たちばかり。死など怖くも無ければ、数の劣勢で我らの心を折ることなど無駄なこと。鎌倉公方のもとに引き返し、戦の続きをされるがよかろう」


 額に赤く染まった布を巻き付けているこの若者が、現大浦家の当主である大浦信堅。当主と嫡子の相次ぐ死を受けて、こうして大浦の家を継ぐこととなった。しかしそれと同時に降伏にかかる諸々の処理をすべき御方でもある。


「…信堅様、殿は」

「祐光!殿は俺であろう!?俺が戦をすると言っているのだ!臣であるおぬしが口答えをするでない!」

「亡き大殿は、大浦の反抗は大殿の死を以て終わりとするよう私に命じられました。私はその命を遂行せねばなりません」

「祐光!貴様」


 どうにも家中は抗戦派と降服派で割れているようである。たしかに残された子としては、父親の死の復讐がしたいと考えても不思議ではない。

 しかしこの祐光という男は出自が特殊であるがゆえに、大浦為信に抱く感情が普通の主従とは異なるのであろう。

 ゆえに新たな当主となった信堅の命に従えぬのだ。


「お二方が言い合いをされるのは勝手なのですが、降伏か抗戦か、こちらの切り札を確認してから決めていただいてもよろしいでしょうか?」

「切り札だと?」

「えぇ。さぁ、こちらに」


 私が呼ぶと氏直が先に庭へ姿を現す。

 そしてその背後には小さな籠が運び込まれてきた。


「…それは?」

「氏直、中にいる者を出してやりなさい」

「かしこまりました」


 籠を開け、中にある者を取り出す。その者をみて、祐光が驚きの声を上げた。


「宕麿様!?なぜあなた様が!!」

「この幼子、蝦夷へと向かう船の中にいたところを、海上封鎖に動いていた毛利様が捕らえられました。傍にいた者曰く、大浦の三子であることが判明したためこうして生かして連れてきたということでございます」

「そ、傍にいた者?いったいそれは」

「その者は自らを金信則と称しておったと聞いております。しかしこの幼子の身の安全を守ることを求め、毛利様より承諾を頂き次第、主命を果たせなかった責をとって自害いたしました」

「の、信則が!?」


 狼狽える信堅と祐光ら大浦の生き残りたち。

 そして涙を流す1人の若者。


「止めてくれるなと、毛利の兵らを振りほどいて果てたと聞いております。そのような姿を見せられては、我らも武士として粗略な扱いなど出来ませんゆえこうしてこの城にお連れした次第」

「…なにが粗略な扱いが出来ぬ、だ」

「ふむ。信堅殿、あなたが話の分かる御方でよかった。ではさっそく本題に移りましょう。鎌倉公方様は混乱を巻き起こした大浦をこの津軽の地にとどめおくことは出来ぬと考えておられます。京におられる公方様の判断次第となるでしょうが、よくてお家の取り潰し。悪ければ死を以て償っていただくことになりましょう。いずれにしてもまずはその身柄を我らが預かり、大浦の方々には京へ」


 私がまだ話している最中であったにも関わらず、信堅はわずかに手を挙げて言葉を止めるように求める。

 そして真剣な表情で私を見た。


「よくてお家の取り潰しだと?それをよその者に決められるというのが我慢ならぬ」

「と、殿?」

「祐光。宕麿のこと、よろしく頼む」

「何を申しておられますか!?」

「俺が此度の騒動すべての責任を取って腹を切る。大浦の生き残った家臣らはすべて暇を出して津軽の地から出すことを約束する。それゆえ、みなと宕麿の命だけは見逃してもらいたい」

「…それが大浦が起こした此度の騒動の責任の取り方であると?」

「そうだ。父上が死に、兄上も死んだ。この身内の死に方では責任をとったとは言えぬであろう。ゆえに俺が責任を取るという形で腹を切る。どうかこれで騒動を収めてもらえぬだろうか」


 始めて信堅が私に対して頭を下げる。

 氏直の腕には何事かよくわかっていない三子の姿があり、立て続けに主や嫡子を失った大浦の家臣らは無念を押し殺してうつむいている。

 この状況が意味するところは1つ。やはりというべきか。もはやこの者たちに戦う力は残っていないということ。仇討ちと称して兵を動かしたりはしないはず。

 まずはすべての戦線の武装を解かせ、全軍がこの和徳に集結するように手配せねば。そうでなければ無益な殺生が起こり続けることになるであろう。


「わかりました。鎌倉公方様にはその旨をお伝えいたします。こちらからも全軍に攻撃中止の命を出しますが、そちらはそちらで抵抗中止の命を出してください。確認ができ次第、信堅殿に切腹の場を用意いたします」

「…お願いいたす」


 私が場を立つと同時に家臣らがむせび泣き、信堅が宕麿の元へ駆け寄る。誰もが悲しみの中に沈み、そしてようやくこの戦が終わる。

 鎌倉公方様が宣言された通り、冬の到来を待つことなく戦が終わった。

 これでようやく乱世が幕を閉じ始めた。あとは幕府と朝廷次第。そしてこの戦を終えた大名たちがどのように動くか次第。

 結果的に大浦が身を挺して日ノ本の大名らを幕府のもとで1つにまとめ上げたのだ。この好機を逃すことは決して出来ぬ。

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