983話 戦の終わらせ方
陸奥国津軽郡磯松 羽柴秀吉
1589年秋
「かぁ~!あと一歩のところでまた船を出しちまった!毛利様の手を煩させてしもうたなぁ」
「あと少し到着が早ければ港を制することが出来たのですが…」
「まぁ過ぎたことを嘆いたところで仕方ない。急ぎ唐川城をおさえ、これ以上海に大浦勢を出さぬようにするといたそうか」
摂津衆を背後の抑えとしたワシらはその足で一気に北上していた。
目指していたのは大浦の水軍衆が拠点としていた唐川城。そしてその近辺の港であったのだが、ワシらが港を奪わんとしていたちょうどその頃に1船団だけ逃してしもうた。
道中、少しばかり敵方の妨害を受けたために逃してしまったワシの失態である。
「こうなりゃ、清正よぉ」
「はい」
「さっさとあの城を落とさななりゃん。その城攻め、任せたいがどうであろうか」
「お任せください。この清正、早々に唐川城を落として秀吉様をお迎えいたします」
「よし!ならば任せた!ワシはこのまま最後の港を奪いに行くでな」
清正であれば容易に落とすであろう。城は決して固くはない。
そもそもこの地は津軽でも北に位置しており、外敵に襲われる危険があまりなかったためか、守るが随分と手薄に見える。
手薄というのは、兵の数もそうじゃが城の備えという部分でもそうである。
「手元の兵だけで足りるか?」
「足ります。唐川城攻めは我らにお任せを」
「よし。ならば吉報を期待しとるでな」
清正はそのまま兵を率いて内陸部にある唐川城へ向かう。そしてワシらは清正に伝えた通り、付近に残された港の制圧である。
動かせる者たちはずいぶんと減ったが、まだワシには頼りになる子飼いの将らが大勢おった。
その中でも特に期待できるのが、黒田の倅である黒田長政と、子飼いとして長らくワシに付き従ってくれておる正則。
これに加えて、此度は大勢の頼りになる者たちを連れてきておるで、兵の数は少なくとも、であった。
「秀吉様、そろそろ動かねば」
「そうじゃな。清正も行ったことであるし、ワシらも動くといたそうか。あまり遅い足取りで動いていれば、また船を出されてしまうわ」
「そうだぜ、オヤジ。さっさと行って、あの野郎の救援に行ってやろう」
「それはいい提案だ、正則。私もそれがよいかと。いくらそう難しくない城攻めとはいえ、兵の数は少なく、清正殿でもてこずるやもしれません。上手くいかない焦りは、余計な被害をうむことにつながりますので」
「長政もこういっていることだし、そうしようぜ」
長政と正則、そして清正は切磋琢磨する間柄である。
しかし清正はその中でも一歩抜きんでた存在であり、亡き秀長も可愛がっておった。それゆえどうにも2人は清正に対して対抗心があるようである。
もちろんそれが悪いものであるというわけではない。
ただこうしてやる気をみなぎらせてくれて、ワシも大いに助かっていた。
そろそろ全軍に移動の命を下そうかと思っていたところ、何やら慌てて近づいてくる長泰の姿があった。
顔を真っ赤にして近づいてくるあたり、何やら急ぎの報せでもあったのであろう。水軍衆との連携はすべて長泰に任せておったゆえ、海上で何かしらの動きがあったのやもしれん。
「秀吉様に伝令申し上げます!」
「誰からじゃ」
「我が隊に伝令を出されたのは柴田様でございますが、大本は毛利様でございます!」
「毛利様が?いったい何があったんじゃ!?」
よぎる嫌な報せの予感。
しかしあの毛利家に限ってそれは無いと振り払い、長泰の次の言葉を待つ。しかし長泰は息があがっておって、なかなか次の言葉が出てこない。
「長泰殿、こちらを」
「す、すまぬ。長政殿」
竹筒の水を一気に飲み干し、そして大きく息を吸って呼吸を整える。ようやくしっかりと話せる状態になった長泰は長政に礼を言ってワシの顔を見た。
「我らがこの地に到着する前に出港した船の中に、大浦為信の末子を連れた船団がおったそうでございます!現在は毛利様の船団によって拘束されており、近く安全が確保できたこのあたりの港に船を入れたいとのことでございました。その旨を鎌倉公方様、そして織田様にお伝え願いたいと」
「な、なに!?大浦の末子をとらえたじゃと!?」
「はい!これで戦は一気に動きます。その前にさらに手柄を上げておきませんと」
「たしかに手柄はそうじゃが、そんなことよりもこれは朗報じゃ!戦の終わりがぐっと近づいた!」
大浦の末子は未だに戦に出られるような歳ではない。元服も果たしていないほどに幼いと聞いておった。
そんなものが海上で捕縛された。つまり為信は子を領外に逃がそうとしたということである。
それだけ切羽詰まっている。これは間違いなく大浦も状況が悪いことを表していた。
「長政、正則。策を練るのだ。いかにしてこの戦を終わらせるべきか。献策とともに殿にご報告するぞ!」
「け、献策でございますか!?長泰殿の言われるように、武働きで功を稼ぐのではなく?」
「港の奪取は毛利様寄港のために必要じゃ。それは最低限すべき武功であろう。それよりもワシの名を上げる手段として最も簡単なのが、いかにこの戦を終わらせるか。その方法を示すことじゃ。末子を人質に交渉するのか、それとも処刑して心を折るのか。やり方はいくらでもあろうぞ!さぁ、これこそがワシらの戦じゃ!そう心得よ」
しかしそう考えれば余計にもう少し早く港をすべて奪えておけばと思えてならぬ。さすれば、末子の身柄はワシがおさえていたやもしれぬというのに。
「…」
「秀吉様、急に如何されましたか」
「いや、ワシはつくづく持っていない男であると思ってな。ワシがどのような献策をしたとしても、主導は毛利家であろうで」
一番目立つことは出来ぬ。やろうと思えばできるが、それは周囲の心証を著しく悪くすることになる。
そんな悪目立ちはしとうないで、ここは潔く最も有効な手立てを考えて殿にお伝えする程度にいたそう。
まことに残念なことであるがな。
「持っていないわけがございません。秀吉様の出自を思えば、今や播磨一国の主でございます。これを持っていないとなると、持っていた時は大大名でございましょう」
「それも夢がある話よ。もしかするとそういう世界もあったのやもしれぬな」
あり得ぬかとワシは笑い飛ばした。
今はそんなことを妄想している暇ではない。さっさと港を落とし、そのうえでよき大浦との和睦の機会を模索せねば。
もう兵はクタクタよ。冬までとは言わず、この秋の間にどうにか兵を引ければよいのじゃがな。
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