733話 新たな儲け方

 一色村代官詰所 一色政孝


 1584年秋


 とある報せが大井川領の政豊から寄せられた。

 急ぎ中を確認して欲しいとのことであったため、他の報告などをとりあえず置いておき、文の中身を確認する。


「ご隠居様、如何されましたか?」

「・・・いや。少々事が動きすぎたと思ってな」

「動きすぎた?いったい何が?」


 側で俺の手伝いをしていた親元が興味津々といった様子で尋ねてくる。ゆえに手にしていた文を、そのまま親元へと手渡してやった。


「ではでは。栄衆からの報せでございますか。ふむ、会津で・・・。なんと!?」

「な?動きすぎているであろう?」

「これは一大事でございます!近く戦があるのでは?」

「その報告に偽りが1つも無いのであれば、戦ではなく残党狩りであろう。すでに蘆名の実権は二階堂の当主へと移行していると言っても過言ではない」

「ならば関東の方々はその助力に動かれることがあるやもしれませぬ」

「うむ。家康や義重殿が動いたか、伊達様が動いたか。どちらにしても蘆名家中や二階堂家が単独で事を起こしたわけは無いだろう」


 二階堂家は早々に蘆名に見切りを付けて、政宗に鞍替えしているのだからな。少なくとも伊達家の関与はあったのであろう。

 それに加えて、蘆名義広の奪還を狙う家康ら常陸勢があることを思えば。この蘆名の政権交代を好機と、殿に出陣の願いを出すことは大いにあり得る話だ。


「しかし蘆名を牛耳っていた者達が悉く殺害されましたか」

「因果応報と言えば良いのではないか?しかもあの男は自身の子に殺されたのであろう?一番近くでその行いを見ていたのであろうからな。そして自身を取り返そうと奮闘する義重殿のことも知っていたわけで」

「なるようになっただけだと?」

「あぁ。だが出来すぎだとも思う」


 蘆名の実権を握っていた金上盛備は、黒川城にて蘆名四天の内の蘆名に残っていた二家の謀によって殺害された。

 黒川城を押さえられたことで、蘆名義広を掲げていた者達は一気に崩れることになったのだ。散り散りにどこかへと逃走した義広派の者達。

 そして会津街道から越後へと落ち延びようとしていた結城義親は、ともに逃げていた義広の手で殺害された、と。


「だがこれで伊達家の南に位置する敵は相馬だけになった。蘆名は先代当主亡きあと、随分と勢力を衰退させたが、それでも反伊達を掲げる重要な駒であったことに違いは無かったはずだ。残された相馬の立場は一気に悪くなった」

「伊達様が一息に潰されますか、もしくは」

「相馬が頭を下げるか、だろうな。だが北の南部家が着々と勢力を整えている様を見ても、詫びる相馬に時間などかけられぬであろうから、はね除けるような真似はせぬはずだ」

「陸奥は新たな勢力図を描いたようでございますな」

「あぁ。おそらく今後は伊達対南部の争いになる。それに周辺諸国が巻き込まれていくのであろう。だが陸奥の南部が伊達派で纏まるのであれば、殿も伊達様へ支援しやすくはなるだろう」


 実質陸続きとなる。そして海路を用いるにしても、相馬が敵でなくなるならば沿岸近くを通ることもできるようになるだろう。

 俺達からすれば良いこと尽くめである。

 再び親元から文を受け取った俺は、その文を細かく破いて側にいた詰所仕えの者に託す。いいように処分するように、と。

 その者は欠片1つ残すこと無く両手をギュッと重ねると、足早に部屋から出て行った。


「そういえば親元は例の異国の者に出会ったか?」

「はい。もう何度もともに港を回っております。拙い言葉ではございますが、日常会話は難なくこなせるようで。あのような者がいてくれれば、頼もしいものでございます。やはり言葉の壁というのは大きなものでございますので」

「聞いたところによるとな、京では異国の言葉を学ぶ場所を作ったとのことだ。通う者の多くは商人の子女であったり、学者であったりするようであるがな」

「日ノ本の人間が異国の言葉を学ぶのでございますか?」

「実際に通う者がいるということは、それだけ需要があると言うことだ。商人らは利を求めるためならなんだってする者達だしな」


 例えば通訳を雇うにも金が掛かる。

 現状はそれも必要経費として、面白く無いと思いながらも雇うしかないという状況にある。

 しかしもし身内に言葉が理解できるものがいればどうか。

 金を払う必要は無くなり、さらにその者が他の者に教えることが出来れば、今払っている授業料も必要無くなるわけだ。

 先々を思えば決して悪い選択ではない。需要があるのも納得できるというものである。

 当然簡単に習得できるわけは無いのであろうがな。


「だが一方で大友領や、旧大友領にあった学舎は全て取り壊されたとのことである。あれは前の司教長によって建てられたものであったらしいが」

「そういえばアルメイダ殿がそのようなことを申しておられましたか」

「それだ。何と言っていたか・・・」

「いん・・・。いん・・・」

「インカルチュレーションでゴザイマス」

「それだ!インカルチュレーション!ん?」


 突如として発音の良い男の声がした。

 部屋の入り口に目を向けると、随分と図体のデカい男が立っている。側には家清の姿もあった。


「おぉ、オムであったか」

「シツレイいたします。おいそがしいとオモイましたが」

「よいよい。堅苦しい挨拶など不要である」

「アリガトゴザイマス」


 オムにとって、この代官詰所はやや小さいようで、鴨居に頭をぶつけないように少し腰をかがめながら俺の前にやって来て腰を下ろした。一緒に家清も腰を下ろす。


「して如何した?何か問題でも生じたか?」

「実は南蛮の者達の中で、一色港に留まって拡張計画の見学をしたいという声がいくつか上がっております。しかしそれはこの港に船を留めることになりますので、余計な混乱を引き起こすと思い最初は断っておりました」

「・・・何故に見学なんぞがしたい?」

「このミナトは、ワタシタチからしてもとてもリッパでございます。フネのかず、ヒトのオオさ、ソモソモのムラのおおきさ。さらにおおきくなるとキイテ、きょうみをいだかずにはいられぬのでゴザイマス」

「それで見学をしたいと?」

「はい。元々彦左と相談した上で断りを入れておったのです。ですがどこかで噂が広まったようで、連日そのような相談を受けるようになりました。そのおかげもあって、南蛮の船の入りは日に日に増えております」

「商いに障害が発生していると言うことは?」

「いえ。来る者は商いが最優先目的でございます。ただその辺りの交渉などが生まれ、円滑な出入港は・・・」


 家清の言葉が最後濁ったのは、やはり早かれ遅かれ悪い影響は出ると予想しているからであろう。

 しかし儲け話に発展しそうな気もしている。上手く希望している者達を領内に留めれば、必ず物が売れる。布教活動に制限をかけているため、港の敷地外に出すことは出来ないが、もっと金を落とさせる方法は絶対にある。

 どうすべきか・・・。


「彦左は何か申していたか?」

「いえ。この問題に関しては頭を悩ましておりました。どちらに舵をきればよいものかと」

「家清も同じ考えか?」

「はい。私も迷っております」


 そこで俺は、ずっと話を聞いていた親元へと視線を向けた。


「如何思う?」

「良いのではありませぬか?港の規模を拡大するからには、陸地も土地を広げねばなりません。まだ何も無い場所には宿を建てて、今後の拡張に備えましょう」

「して南蛮の者達はどうするのだ」

「港拡張の計画はまだ始められる状況ではございません。ですがいずれは始められましょう。大井川の堤防が完成すれば、最悪そこから人を割くことが出来ますので」


 親元の言うとおり、前回の家清らの報告で多くの問題が発生したわけであるが、頓挫するようなことは絶対にあり得ないのだ。

 なんせ最悪人を確保することは出来るからである。それが何年先になるかはわからないが。

 だから拡張工事をある体で話を進めることは決して悪いことではない。


「なので先んじて宿場の区画を作ってしまうのです。そして見学をしたいという者達をそこに住まわせれば良いでしょう。もちろん宿賃は頂きますが」

「それは当然だ。ただで住まわせることなど出来ぬ」


 俺が頷けば、親元もそれは当然と言わんばかりに頷いた。

 しかしそこに疑問を抱えた家清が言葉を挟む。


「ならば船は如何いたしましょうか?留まる者が増えれば、港の動きはどんどん鈍くなります」

「それは簡単な話だ。近くの港に協力を要請すれば良い。特に一色港や吉田港に人を奪われているような港に要請する」

「協力していただけますでしょうか?」

「まぁ管理している者によるであろうが、例えば船停泊賃を日数によって支払わせるとかな」


 そういう金の儲け方もある。現代で言うところの有料の駐車場みたいなことだ。場所を提供し、その場所代を対価として支払わせる。

 港の者達に課せられる役目は、まぁ不届き者がでないことを監視することくらいか。

 それだけやっていれば、何も苦労せずに場所代が支払われるという仕組みだ。

 港の停泊賃という稼ぎ方に不安を抱く方もいるだろうが、何人かが協力してくれればそれで良い。

 特に東海一帯には大小様々な港が出来たからな。水軍強化の一環であったから、全ての港が栄えているわけでは無い。これを逆手に取ってしまえばよいわけだ。


「上手くいくのでございますか?」

「やってみんとわからん。だがその辺りの調整をするのはお前達の役目である。協力を要請する文には俺の名を使えば良いが、それを纏めるのは」

「代官である私の役目と言うことでございますね」

「そういうことだ。出来るか?」

「やってみせます」

「オムも協力してやってくれ。この仕組みをあの者達にも理解させねばならぬゆえな」

「カシコマリマシタ」


 しかし言っておいてなんだが、まことに上手くいくのであろうか。

 まぁ目新しいことが好きな者達も多いし、金にがめつい者もいる。一色港や吉田港が布教活動許可港とされたことを不満に思っていた者も多少はいるだろうから、これで関係が多少良くなればよいがな。

 あとは家清らの腕次第だろうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る